第46話 オッサン少女、陰謀を暴く!

 悪人には二種類いる。

 黒幕としてしっぽを出さない、悪知恵を働かせるタイプ。そして、なぜか表に出てきて、ベラベラと悪行三昧を語りだすタイプだ。

 メギドスは前者でうまくやっていたのが、ここへきて後者に切り替わったらしい。


「前辺境伯のラムセス・アトレイアは、何をしたというのですか?」


 水を向けてみると、メギドスはしゃべりだした。


「奴は、儂の計画を邪魔しおったのだ! この地に辺境として課せられている重圧から、解放するための!」


 すると、傍らのアンジェがつぶやいた。


「隣国のダムセドア首長国との戦乱か……」

「戦乱?」


 少なくとも、表面上は平和に見えたマグラ郡の光景。それとはあまりに不似合いな言葉に戸惑う。

 メギドスは何かに憑かれたように――魔人だから当然か――つぶやきだした。


「そうだ……この地はダムセドアとの領土争いの矢面に立たされていた……もう何十年もの間!」


 要するに。ダムセドア首長国は、過去何度もこのエメリウス辺境領へ侵略行為を行ってきた。山脈一つを挟んで国境を接する隣国の気候は、こちらとは大きく異なり砂漠に近い乾燥地帯だという。

 なるほど、あちらから見たら温暖で湿潤なこちらは、それこそ「乳と蜜の流れる地」に見えただろう。

 さらに、宗教を含む文化も全く異なるため、ほとんど外交交渉も成立しなかったほどだという。


「ダムセドアの国教は創世神を崇める一神教。我が国の精霊教を邪教として敵視しておるからな」


 背後から、ビシャル先生。

 宗教が絡むと、何もかもこじれるなぁ。


「戦のたびに若者が徴兵され、死んでいく。戦費のために重税を課すしかない。親を亡くした孤児が増えるばかりだった……」


 メギドスのつぶやき。だが、その憎しみの対象は隣国へ向いたものではなかった。


「なのに、国は、王家は何もしなかった! 国軍を送ることもなく! この辺境領がどれだけ疲弊しても、マナ税を搾り取るばかりだった!!」


 そう来たか。

 国境の小競り合いに国軍を出せば、全面戦争になっちまうからなぁ。アンジェに聞いてみる。


「この国と隣国の国力差って、どのくらい?」

「……少なくとも、互角ではあると聞かされています」


 なるほど。全面戦争になれば共倒れになりかねないな。


「もっと悪い」


 そこでビシャル先生が。


「北東にあるセビルア公国は一応中立だが、国民の半数以上は創世教徒だ」


 うわ。ヘタすると二か国を相手にすることになりかねないのか。

 そう気づいた時、メギドスの呪詛は叫びとなった。


「ついには我が息子までも!」


 ああ、それが決定打か。


「だから誓ったのだ。この戦乱を終わらせると。領地を守るためなら、奴らが求めるものを差し出しても良いと!」


 おおっと。雲行きが怪しいことを言い出したぞ。ここからが謀略の本番か。

 ここで、ビシャル先生の解説が入る。


「隣国が求めるもの……奴隷か」


 思わず振り返ってたずねた。


「人身売買? それってこの国では――」

「当然、違法だ」


 ――良かった。いくら異世界だからって、どこもかしこも奴隷だらけじゃないのか。

 しかし、さすがにこれは聞き捨てならない。


「いくら何でも、領民を奴隷にして敵国に売るなんて!」


 すると、メギドスは瘴気にまみれた黒い顔をさらに黒くし、哄笑しながら答えた。


「良いではないか! 親を亡くして行くあてのない孤児ならば!」


 ガタン、と背後で起きた音に振り替えると、アルスが膝をついて真っ青な顔で震えていた。傍らには手にしていた杖が転がっている。


「そんな……じゃあ、教会の孤児院は……」


 顔を上げて、メギドスに向かって問い詰める。


「シスターたちは、ここ数年、里親が決まる事が多くなったと言ってたのに!」


 メギドスはゲラゲラとわらいながら答えた。


「そうだ。里親に扮したダムセドアの奴隷商人だ。おかげで領土紛争もほとんどない」


 ……あんまりだ。新しい家族と暮らせると思ったら、奴隷として売られるだなんて。

 そこで、はっと気づいた。


「……子供を奴隷にしたって、大した労働力にもならないじゃないの!?」


 俺の言葉に、瘴気に隠れたメギドスの顔が「ニタァ」と嗤うのが感じられた。


「労働力? 違うな。提供してもらうのは瘴気だ」


 ガン、と頭を殴られたようなショック。

 幸せな暮らしへの期待から奈落に突き落とされた、その絶望感は深すぎる。王都のスラム街で出会った女の子、フィルナちゃん以上に。


「瘴気を欲しがるとはな」


 ビシャル先生がつぶやく。


「ダムセドアには、それほど魔人族が多いのか」


 メギドスは高笑いで答えた。


「知らぬはこの国のみ。この世の国々の大半は、既に魔人族に支配されているのだ」


 大半……って、つまり?


「わかったかい、エミル?」


 久々の謎生物チェシャが顔を出した。


「魔法少女であるキミの使命は、この世界の瘴気を祓って、魔人族の支配から解放することなんだ!」


 オイ。……なんか使命が増えているぞ!? ゴールポスト動かしやがって!


「だのに」


 メギドスは勝手にしゃべり続ける。


「儂の計画に気づいたラムセスは、領軍を差し向けて儂を捕えようとした。だから、返り討ちにしたまでよ。ついでに、『隣国と内通して謀反を企んでいた』と国王に上奏してな。紛争が収まっていたことが決め手で、国王もコロリと騙されてくれおったわ」


 高笑いするネズミ男。

 コイツをこのまま放置は出来ない。魔人化したならなおさらだ。


「千ミナ吸引!」

「ぐあぁああ!」


 メギドスの身体から瘴気が引きはがされ、浄化されつつ突き出した左手に吸収される。

 だが、メギドスは。


「うそ……なんで倒れないの!?」

「なんだ今のは!?」


 俺もメギドスも、おそらく仲間たちも、呆然となった。

 気を取り直して繰り返す。


「千ミナ吸引!」


 何も起こらない。それもそのはず、ブレスレットの宝石ゲージは満タンだった。

 アッー!

 コイツ、腐っても貴族だ。つまり、大マナ持ち。指輪か何かに、何千ミナとか持っているんだろう。

 で、こっちがマナが満タンでは、これ以上吸収しようがない。


「ふん。マナ強奪ドレインか。甘かったな」


 そううそぶくと、メギドスは足元に倒れてる魔人の家令を踏みつけて唱えた。


「百ミナ注入!」

「かはっ」


 息を吹き返した家令のニーチャンに命じる。


「いつまで寝てる気だイアノス。あ奴らを倒せ!」

「は、はい。仰せのままに!」


 起き上がった家令のニーチャン――イアノスは、こちらに向けて獰猛な笑みを浮かべた。

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