第45話 オッサン少女、ネズミ退治!

あるじ様は体調不良のため、謁見はかないません。どうか、お引き取りを」


 慇懃無礼が服を着たような家令が、俺たちを拒絶した。三十代くらいの金髪碧眼で端正な顔立ち。絵に描いたようなイケメンだ。

 まぁ、中身オッサンだから、憎たらしいだけだけどね。

 さらに言うと、相手は名乗りもしない。いかにも「家令」といった黒を基調とした服をきっちりこなしているから、そう思っただけだ。


「そうですか。でも、ロニアは全て白状しましたけど?」


 もちろん、ロニアはネズミ野郎のことは何も言っていない。カマをかけてみただけだ。


「そのような者、存じませんな」


 おう。瘴気は正直だな。瞬時にその顔を覆いつくす。


「それは変ですね? 何かお困りのようですけど」


 さらに追い打ちをかけながら、屋敷の中を見回す。カーペットもシャンデリアも他の調度類も、やたら派手なデザインで金キラリンだ。なんとも金満な内装。謁見の間で見たメギドスの衣服そのままのイメージだ。

 既に日は落ちていて、シャンデリアに灯された無数の魔法の光玉が室内を照らしている。

 なのに、そこに漂ううっすらとした瘴気の霞。出元は目の前の家令……だけじゃないな。その背後の扉の向こうからも漂ってくる。


「何も困ってなどいない! 大体、なんだその衣装は! 娼婦になど用はない!」


 声を荒げて指差された。

 あー、確かに魔法少女の衣装は露出が多いけどさ。暴力に訴えられた場合に備えて、変身してから乗り込んだから。

 しかし、後ろに立つのは「ノルムの盾」のメンバーにビシャルとアンジェ。


「いったいどこに、冒険者や騎士を引き連れて乗り込んでくる娼婦がおりますか?」


 そう言いながら、俺は華麗なる家令の兄ちゃんに一歩一歩近づく。


「こちらの当主、メギドス子爵とは、国王陛下の謁見の間でお目にかかった事があります。ただ、その時は急いで帰郷しなければならなかったそうで、ほとんどお話しすることもできませんでしたが――」

「陛下の前でだと!? デタラメを言うな!」


 人の話をさえぎってきたよ、コイツ。


「証人もおりますよ? アンジェ」

「はい」


 背後からすっと前に出て、俺に並んだ。


「近衛騎士団のアンジェリカ・オラスタスである」


 胸当てに彫られた近衛騎士団の徽章きしょうが、シャンデリアの明かりに輝く。


「私が陛下の護衛として謁見の間にいた、まさにその時。こちらのエミル嬢が入ってこられ、陛下に直訴をなさった。その場にはメギドス子爵も確かにおられた」


 ぐぬぬとなる家令ニーチャン。

 さすが、近衛騎士団の徽章は黄門様の印籠並みだな。


「直訴……だと?」

「そうです。このエメリウス領が瘴気の発生源になっていて、王都を襲おうとする魔物を生み出している、と」


 そう言って、俺はびしっとニーチャンを指さした。


「そして、この場で瘴気を生み出しているのは、あなたですね」


 おう。瘴気がどんどん増してくる。で、その瘴気のパターンは、あまりにも似すぎてた。

 ……ロニアと。


「あなたもロニアと同じですね」


 だから、さらに一歩踏み込み、肩をつかんだ。


「……百ミナ吸引」


 家令ニーチャンはバッタリと倒れて、白目を剥いてヒクヒクと痙攣した。ロニアに対して何度もマナ強奪の魔法具を使ったため、あの術式は完全に読み取れていた。

 そのそばにしゃがみこんで見ると、ニーチャンの額からねじくれた一対の角が生えていた。認識疎外の魔法が途切れたのだろう。

 その角をつかんで唱える。


「……一デナ注入」


 なんともわかりやすい。エグエグとえずいてるし。

 純粋なマナを注入されて吐き気を催すなんて、魔人族である証拠。まぁ、角が出てきているので間違いないが。


「あなたは魔人族の尖兵ですね。ロニアの同格、ですか?」


 本格的な魔人族の侵攻に先だって、ヒト族の社会に入り込み、破壊工作を行う手合いだ。ニーチャンは息も絶え絶えで、かろうじて目を開けた。


「前エメリウス辺境伯、アトレイア家の謀反疑惑を捏造したの、あなた方ですね?」


 当然のことを詰問するが、帰って来たのは全否定だった。


「知らん――ギャアアアア!」


 あーあ。何もそう、自ら罰を求めなくても。


「アトレイア家に対して、具体的に何をしたんですか?」


 返事がないので、マナ……というか瘴気を奪い取ってみる。

 おう。この魔法、奪う量だけでなく、奪う対象の主観的時間まで指定できるぞ。なら、客観的には数秒だが、相手には数億年に感じるようにしてみる。数億年間、マナ(瘴気)が溜まれば強制的に吸い上げられるのを、繰り返し体験するわけだ。

 あ、折れたな。いきなりくずおれて、死んだ魚の目でこっちを見上げてる。

 お気の毒に。魔人族でなけりゃ、1回目で解放されただろうに。


「既に領都のゲロウメ辺境伯は陛下によって放逐されてます。メギドス子爵も同様になるでしょう」


 ダメ押しでそう宣言したんだけど。

 その本人が奥の扉から現れた。


「やられぬぞ……やられてなるものか!」


 相変わらずド派手な金糸銀糸のガウンを羽織っているが、貧相なネズミ男風の顔は瘴気にまみれてさっぱり見えなかった。

 そして……。

 その額からはねじれた角が生えていた。


「……魔人化しちゃったんですね」


 絶望の果てに、瘴気が体内で結晶化し魔石となってしまったのだろう。こうなるともう、浄化して倒すしかない。だけど、その前にいろいろと聞き出さないとな。

 イケメン家令は魔人から廃人になっちゃったし。


「メギドス子爵。なぜあなたはアトレイア家を陥れたんです?」


 農産物の豊かな南部だ。普通に暮らしていれば貧困に陥ることもない。アトレイア家の統治にも問題はなかったはず。


「ラムセスは……奴は余計なことをしおったのだ!」


 メギドスの吐き出す呪詛は、おぞましいの一言だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る