第42話 オッサン少女と豚伯爵
注意:投稿の順序が入れ替わってしまったので、第40話から通して読んでいただけると、より楽しめると思います。
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豚がいた。オークじゃなくて豚が。
この世界に来て初めて見たデブだ。
いや……確かに前世の俺も腹は出てたよ。でも、さすがに身長と胴回りが同じ、なんて程じゃない。
しかし、目の前の伯爵……現エメリウス辺境伯、ゲロウメ・ド・フラチナンは、もしかしたら胴回りの方が大きいかもしれん。
いくら南部は豊かだとは言え、食料は無尽蔵ではない。領主と言えど、普通に暮らしていれば、こんなに太るはずがない。
で、明らかに普通ではないのは、ヤツの横に立つ女性と、彼女が手にした皿だ。焼き菓子が山盛りになっている。コイツはそれをひっきりなしに摘み上げては、モシャモシャと食べ続けている。
太った原因はそれだ!
しかも。さっきから俺の方を舐めるように見ている。いかにも「好色」という感じで口角を釣り上げて。
そりゃあ、魔法少女の衣装は刺激的だろうけど、お前に見せるためにまとってるんじゃねぇんだよ。
大体、
そのくせ、頭はフードで隠れてると来たもんだ。
まったく。そのうち、よだれでもたらしそうだ。こっち見るなゲロウメ!
思いが通じたわけではないだろうが、ゲロウメはビシャルに目を向けた。
「して。どのような用向きであるかな? ビシャル・ナレド」
ここへの面会には、元貴族であるビシャルの立場が役立った。彼のギルド証には「出身」の欄が「カエランドラ侯爵家」となっているから、身分を疑われることはなかったのだ。
なにしろ、元貴族を詐称したら死罪だからね。そんな偽情報が銀ランクのギルド証にあるはずがない。
「私は、この領都フェメリで起こっているマナ回復の阻害現象の調査依頼を、冒険者ギルドから受けた。その原因を突き止めたので、ここへ参ったのだ」
さすがビシャル。貴族相手でも臆するところがない。
対するゲロウメは、ゲッとなってた。
「な……何の話だ? そんなこと、儂は知らんぞ!」
いえ、あの。あなたがご存知とは、今のところ言ってませんけど?
なんてことは突っ込む気のないビシャル先生。
「ならば、その目でしかと見よ!」
そう言ってビシャルは俺に目配せした。
えー? あれをここに出すの? まぁ、広さは何とかなるかな。
余りにもおぞましくて、見るのも嫌なのに。
広間の床に、幾何学的に配置された女性たちの遺体を収納から取り出す。
既にひと月以上経っているのに、腐敗は全くない。腐敗菌すら生きられないほどの瘴気だったのだろう。
すると。
周囲にいた使用人や護衛から瘴気がにじみ出て、魔法陣の中心――斬首された女性たちの頭部が積み上げられた山へと、渦を巻いて集まりだした。
「ゲロウメ。これらの遺体が、お前が以前住んでいた館の地下にあった。皆、修道院に送られたはずの、アトレイア家の女性たちだ」
ビシャルに問い詰められ、奴の顔は脂汗でギトギトになった。
ガマの油かよ。切り傷に塗ったら、そこから腐るぞ。
「え、ええい! 者ども出遭え! こ奴らを捕らえろ! いや、殺せ!」
瘴気と共に脂汗を飛び散らせ、ゲロウメは立ち上がると命じた。武器を構える護衛たち。
俺は遺体が踏みにじられないよう、収納にしまう。魔法陣が消えたことで、瘴気の渦は雲散霧消した。
そこで、アンジェが一歩前に出た。
「このように申しておりますが、いかがなされますか、陛下?」
そして、手にしていた遠話の魔法具をゲロウメに突きだした。そこから渋い男性の声が響き渡る。
「アストラエア王国第十七代国王、ローラン・ド・アストラエア八世の名において命ずる。ゲロウメ・ド・フラチナンの爵位を剥奪し、一族郎党を処断せよ」
アンジェが叫んだ。
「国王陛下の命である。領兵よ従え!」
その瞬間、部屋の外に控えていた領兵が雪崩れ込んできて、ゲロウメとその部下を取り囲んだ。
領兵は領主の私兵みたいなものだが、ほぼ全員が前領主のアトレイア家に仕えていたものばかり。
どうやら、ゲロウメはよほど領兵や領民から嫌われていたらしい。まぁ、こんなに増税してたら当然か。
事前にアンジェが近衛騎士団の肩書で彼らに接触したら、ほぼ全員がこちら側についてくれた。
領兵たちによって、ゲロウメはたちまち側近どもと一緒に縛られ、荒々しく連れ去られていく。
広間には、俺たちだけが残った。
はずなのだが。
……あれ? これって……。
死体で描いた魔法陣は収納したのに、瘴気の動きを感知した。
部屋の隅を、出口へとゆっくり動いて行く。だが、そちらには誰もいない……ようにしか見えなかったが。
とっさに瘴気の塊りにとびかかり。
「エミル・チョップ!」
なんとなく、首がありそうなあたりに手刀を叩きこんだ。
「がはっ」
倒れ込んだのは、さっきまでゲロウメの横にいた女だった。
おう。今のでマナがごっそり減った。
仕方なく、アンジェの陰に隠れて変身を解いた。
「認識阻害の魔法か」
忌々し気にビシャルがつぶやいた。近寄って来て倒れた女を見下ろし、足で蹴って仰向けにする。
白目を剥いてる顔の左右、フードで隠れていた頭部の両側に、ねじ曲がった羊のようような角があった。
「こ奴……魔人族ではないか!」
うわ。厄介なことになりそう。
すぐに領兵の一人が彼女を縛りあげた。
俺はマナ強奪
ところで、俺が気になってたものを、彼女は持っていなかった。ということは、どこかに置いたに違いない。
俺はゲロウメが座っていた椅子の後ろを覗きこんだ。
「あった!」
ゲロウメがひっきりなしに食べていた焼き菓子の皿が、椅子の後ろの小卓に載っていた。
俺はそれを一つ摘み上げると、口にした。
モシャモシャ、モグモグ、ゴックン。
「エミルちゃん……」
呆れかえって見てるアルス。
「アルスくんも食べてみる? 美味しいよ」
「いや、僕は……」
「美味しいんだよ? 浄化もしてないのに」
「……あっ!」
この領地のどこかにある、瘴気の湧かない土地。はたして、単なる自分専用の食料生産地なのか。それとも、他に何か、あるいは誰かがいるのか?
後者なら、多分、そこにあのネズミ男のドドメギがいるはず。
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