第41話 オッサン少女と怨霊

すみません、投稿順序が間違ってました。下記から読んでいただけると、つながりが八斬るすると思います。

https://kakuyomu.jp/my/works/16816700428319988772/episodes/16816700429518594039

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 その顔は瘴気に覆われていた。

 いや、顔そのものが凝縮した瘴気からなっていた。


 瘴気の濃淡で目鼻が描かれている。かっと見開いた両眼は、漆黒の穴が開いているかのよう。大きく開かれた口も同じで、憎悪と憤怒の形相だ。

 首から下は存在しない。黒い髪を振り乱した首だけが、高いホールの天井近くに浮いている。

 三度見たら死ぬ、と言われたベクシンスキーの絵画にあったな、こんなの。


 と、アルスが一歩踏み出し、呪文を唱え始めた。


「……迷える魂に導きを、除霊!」


 一瞬、浮かぶ女性の顔が揺らいだようだが、消えることはなかった。

 そして、黒いカーペットの上に落ちてくる小さな魔石。


「……そんな。なぜ?」


 呆然とするアルスに、ビシャルが。


「あれは、ただの怨霊ではないようだ」


 タダじゃないって事は、金のかかる怨霊か?

 いや、冗談ではなく。ここでの通貨はマナだからね。現ナマじゃなくて現マナだ。


「おそらく、ここで何人もの女性が殺され、その怨念が凝集しているのだろう」


 そのビシャルの予想は間違っていなさそうだ。

 アルスがマナ切れするまで除霊を続けた結果、首だけの怨霊の瘴気がわずかに薄くなってきていた。

 そして、床に散らばる魔石。


「すみません……限界です」


 汗を拭き、息を切らせてアルスは下がった。


「お疲れ様。これ、飲んで」


 収納から取り出したのは果実水。ノルム村を出る時に朝市で買ったものだ。


「あ……ありがとう」


 思いがけぬ故郷の味に、アルスは言葉に詰まったようだ。


 さて。

 ブレスレットの宝石ゲージは二つ。マナが持てばいいんだけど。


「あ、そうか」


 瘴気の塊りなら、浄化してしまえばマナになるはず。


「エミル・ジャンプ!」


 相変わらず、勝手にオートで叫ぶ技名。そして。


「浄化!」


 すると、首だけの怨霊は苦悶の表情を浮かべて悲鳴を上げた。


「「「「「「「「「「ぎゃあああああああ!」」」」」」」」」」


 慌てて中断し、着地する。

 うーむ。死んでからも苦痛を与えられるなんて、さすがに可哀想だ。

 直接魔物を浄化しないと、マナとして吸収できないけど、やっぱり除霊→浄化の流れだな。


 というわけで、ひたすら除霊を繰り返す。

 すると、かなり希薄になったところで、首だけの怨霊がしゃべりだした。


「私たちは皆、アトレイア家に連なる者です……」


 やっぱりそうか。


「皆、この場で首をねられ、事切れるまでの間、自分たちの身体が凌辱されるさまを見せられました」


 ひぃぃ! 何ておぞましい事を……。


「どうかこの惨劇の首謀者に裁きが下されますように……」


 俺はうなずくと、呪文を唱えた。


「……除霊」


 消滅する寸前、その顔は微笑んだように見えた。

 ふう。なんとかマナは持ったな。

 と、思ったとたん。


 ドン! と大きな音がして飛びあがった。


 振り返ったら、両手で杖を床に突き立てたビシャルが、顔を瘴気で曇らせていた。


「やはりそうだったか! おのれゲロウメ。女性たちは修道院に送ったなどと、良くもぬけぬけとウソを!!」


 ああ……そうか。今除霊した中には、彼のお嫁さん候補もいたのか。

 幼いころは反りが合わなかったとしても、大人になって再開したら違ったかもしれないのに。


「待って! 待ってくださいビシャルさん!」


 屋敷を飛び出そうとするビシャルにしがみついて止める。


「放してくれエミル! 俺は――」

「そんな瘴気まみれで魔法を使っちゃダメです!!」


 それに、だ。


「それに、殺してしまったら黒幕を暴けなくなってしまいます!」


* * * *


「今、残った瘴気がゆっくりと移動しています」


 ビシャルを落ち着かせた後、俺は瘴気の流れを実況中継した。

 首だけ怨霊の居た空間には、まだ高濃度の瘴気が残っていた。それが今、床に向かって流れている。

 黒いカーペットの床に。


 だが、ホールの隅の方は、普通に赤いカーペットなんだ。つまり、この場で流されたおびただしい血が、変色して黒く染めたわけだ。

 やだもう。お布団被って震えて寝てしまいたい。


 が、そうはいかない。復讐の激情にかられたビシャルをとどめたのだから、ふさわしい成果が必要だ。

 で、わかったことは。

 瘴気が部屋の片隅に吸い込まれている、ということ。

 ビシャルの土魔法によれば、その先に何らかの空洞がありそうだ、ということ。


 それならば、、行くしかないじゃんか!


 手分けをして館の中を探索。

 結局、地下に続く通路などは見つからなかった。

 なので。


「……大地を穿て、掘削!」


 ビシャルの土魔法で掘ります、掘ります。

 途中から、呪文を学んだ俺が代行。あー、うっかり掘りすぎた。相変わらず魔力の調整がな。

 で、深さ百メートルほどの穴ができてしまったので、ビシャル先生の土魔法で螺旋階段を作り、二十メートルほど下ったところで、問題の空洞にたどり着いた。


「……これがその『魔法陣』ですか……」

「ああ」


 おぞましい。そう形容するしかない。

 おそらく、怨霊となっていた女性たちの物だろう。中央には頭部が積み上げられ、周囲には幾何学的に遺体の一部が組み上げられている。

 その中央を通って、瘴気がさらに地下へと潜っている。瘴気探知で追ってみると、魔物の産屋へとバッチリつながった。


 もう充分だ。俺は遺体を収納する。

 それで、瘴気の流れ込みは止まった。遺体の方は、後で丁重に葬ろう。王都の共同墓地が良いかもしれない。男性陣が永眠しているからな。


 さて。これで外堀は埋まったな。

 そろそろ領主であるゲロウメ伯爵の顔を拝むとするか。

 あー。今から胸がムカムカするんだけど……。

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