第40話 オッサン少女、調査開始!

 受付嬢とビシャルの恋の花道とか、ひとり浮かれてた俺だけど。


「では、依頼内容を詳しく聞こうか」


 この朴念仁め。

 淡々と依頼受諾のための説明をさせ始めやがった。見ろ! さっきまで瞳の中にあったお星さまたちがすっかり消えちまったじゃないか。

 受付嬢のお姉さんは、やり手のキャリアウーマン風で、多分二十代後半。この国だと行き遅れっぽい。それもあって、なのだろうに。


 まぁ、話が進まないと困るのは確かなんだけどさ。何より、街があんなに瘴気にまみれてたら、俺の精神的ダメージがデカい。

 どうもあの瘴気は、それを生みだした人々の感情が生々しく残っていた気がする。つまり、他人の絶望や憎しみなどが、自分の中に流れ込む感じだ。

 多分、それがあの、恐怖と吐き気につながったのだろう。

 だから、とっさにマナ切れするまで浄化してしまった。


 今、この領都の一部は俺の浄化でマシになっているが、あくまでも一時的なものに過ぎない。やはり問題は、根本的に解決しておかないといけないだろう。

 だから、その原因の一つと思える、この異様なマナ回復量の減少は調べないといけない。


 で、光の消えた目で依頼内容を説明する受付嬢によると。

 マナ回復量の異常は、ひと月ほど前から報告や問い合わせが始まった。

 それらは冒険者の魔法師からのものが多かった。

 加えて、ほぼ同時に増税が行なわれたため、不満が溜まり始めている。


 ……そんでもって、前領主のアトレイア家が反逆罪で一族郎党が処刑され、後釜に現領主のゲロウメが納まったのが、ひと月半前。

 何というか、疑問の余地が無いね。

 無いんだけど、増税はさておき、マナ回復の方は証拠も無い。


 無い無いづくしではあるが、俺たちはマナ回復の調査依頼を受けることになった。


「ありがとうございます!」


 まだ解決するかもわからないのに、受付嬢は満面の笑みだ。

 あ、お目々の星も戻ってるぞ。頑張れビシャル先生!


* * * *


 とりあえずは、ギルドの酒場コーナーで作戦会議。メンバーは、俺、ビシャル、アルス、アンジェの四人。

 ブールたち脳筋組はこの手の調査依頼は出番がないので、討伐などで軽めの依頼を探しに受付に残った。


「まず、仮説を立てよう。マナ回復が阻害される原因の」


 ビシャルの言葉に、俺はうなずいた。


「そうですね……例えば、この地のマナそのものが少なくなってるとか」

「それはおかしいよ」


 アルスが反論してきた。


「マナは精霊様の恵みなんだから、世界のどこでも同じはず」


 うーん。敬虔な精霊教徒としてはそうなんだろうけど。


「何か、精霊の祝福をけがすような行為を領民にさせているとか」


 思いつくことを、どんどん上げていく。


「この街に来てから、特に何かを強制されたりはしてませんが……」


 アンジェに言われて、そうだよな、とうなずく。


「そうなると、精霊をけがす物があるのか。あるいは、何かがマナを奪い取っているのか……」


 と、ビシャル。そうかもしれない。


「……いずれにせよ、それならば瘴気に濃淡が出来そうなものだ」


 確かに。対象が「物」つまり魔法具か何かだとしたら、距離で影響度が変わるはずだ。


「方針だが……エミルの瘴気探知で、瘴気の特に濃い所がないか探すのが良さそうだな」


 オッケー。俺、瘴気レーダーね。

 だけど。


「……変ですね」

「どうしました、エミル嬢?」


 聞いてきたアンジェに向かって、俺は答えた。


「その何かを置いたのが新領主のゲロウメだとして、あんな不味い食事を好んで食べるでしょうか?」


 悪い奴ほど旨い物を食いたがる。

 なぜか、そんな確信があった。


「……人ではないかもしれんな」


 またビシャルが怖いことを言う。


 確かに、瘴気から生まれる魔物は瘴気を好む。そして、人も獣も、あまりに濃い瘴気にまみれると、魔物化してしまう。

 ゲロウメ魔人説か。


 ……あれ?


「ゲロウメの配下に、王宮の謁見の間で出会ったんですけど。名前は確か……」


 ドドメ色でギトギトな感じだった。


「ブラド・ド・メギドス子爵ですね」


 ああ、アンジェもあそこにいたっけ。


「成金趣味なネズミ顔だけど、瘴気にまみれてはいませんでした」


 ビシャルが「くっ」と笑った。


「エミルも意外と口さがないな。……となると、魔人の線は薄そうだな」


 そこでアルス君が。


「じゃあ、その魔法具の効果を打ち消す魔法が?」


 そうかもしれないけど。


「自分たちは魔法具の範囲外に住んでいるだけかもしれません」


 そうして、瘴気の湧かない所で採れた産物を飲み食いしていれば、自分たちだけは良い思いができる、というわけだ。


「何はともあれ、まずは瘴気の濃度差を見てみましょう」


 そう言って俺たちは立ち上がった。


* * * *


 結局、ブールたちは討伐の依頼を受けた。

 なんと、領都の中に魔物化したネズミが出現したらしい。そりゃあ、これだけ瘴気が溢れていたら、ネズミも影響を受ける。


 で、俺たちは領都の東側、俺の浄化が及んでいない場所に踏み込んだ。


「まっくろクロすけ、出てこないで……」


 目を開けてるのも辛い。怖い。

 アンジェにしがみつきながら、なるべく道行く人の顔を見ないように歩く。

 瘴気の一番濃いところを探して。


「あ……そこ、左の方です」


 大通りを逸れて、住宅街へ。……いや、王都の中央区みたいな屋敷町だ。


「うむ……違和感が強まるな」


 ビシャルがつぶやいた。

 俺も、けだるさが増している。


「ということは、多分ここですね」


 作りはとりわけ立派な屋敷だが、瘴気まみれで幽霊屋敷にしか見えない。


「ここは……フラチナン家の別宅か。なるほど」


 門の上に掲げられた紋章を見上げ、ビシャルはそうつぶやいた。


「フラチナン家?」

「ゲロウメの家名だ」


 ああ、そうか。ゲロウメ・ド・フラチナン。さすがは下郎で不埒なだけはあるな。

 つまり、ヤツが謀反をでっち上げてアトレイア家を陥れるまで住んでた家、ということだ。


「今は領主館に居住しているはずだ。見てのとおり、無人らしい」


 確かに、門には衛兵らしき姿はない。庭も手入れこそされているが、花などは咲いておらず殺風景極まりない。

 そのせいで、おどろおどろしい雰囲気だ。


「なら、入りましょう」


 ブレスレットを確認。宝石ゲージは三つが光った。


「変身!」


 そして「明るい魔法で押し入るわよ♡」宣言。

 ビシャルがたずねた。


「……エミルは解錠の魔法が使えるのか?」

「はい、こうして」


 収納からメイスを取り出し、門をぶち壊す。


「……エミル嬢」


 呆れた声のアンジェ。

 いや、俺もですね。この瘴気にウンザリしてるんですよ。

 なので、邸宅の玄関もクラッシュ。


 そして中に踏み込むと、無人のはずの薄暗い屋内に、気配があった。


「……エミルちゃん……あそこ」


 アルスの震える指が指し示すのは、ホールの中空。何もないはずのそこには――。


 女性の首が浮かんでた!

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