第39話 オッサン少女、問題発生!
「見知らぬ天井だ……」
気絶したらお約束のセリフだ。
変身して、マナ切れするまで浄化しまくった。そのため、周囲を見回しても瘴気の霞は見られない。
あれは夕刻だった。今は明るい光が窓から差し込んでいるから朝なのだろう。
身体を起こして、部屋を見回す。四つあるベッドの二つに、寝起きした後が見られた。
……変だな。充分休んだはずなのに、まだけだるい。
ここで、自分がまだ全裸だと言うことに気づく。
「そっか。マナ切れで倒れたから……」
変身が強制解除された時、マナがゼロだから、収納から変身前の服を取り出せなかった、というわけだ。
手を掲げて収納から衣服を取り出す。着ていた時のままのローブや胸当てが空中に現れ、毛布の上にバサリと落ちた。
もぞもぞとベッドの上に起き上がり、もそもそと衣服を漁って下着を探す。一度収納すると、汚れが全部落ちるのはありがたい。
下着はいわゆる紐パンで、腰の左右で結ぶようになっている。布の幅があまり広くないので、Tフロント&Tバックだ。ちょっとエロ過ぎるが、まさかノーパンと言うわけにもいかないからねぇ。
ちなみに、この世界にはゴムがないらしいので、前世のようなパンティーは存在しない。少なくとも、王都でノリスと探しても見つからなかった。
ベッドの上で膝立ちになって下着の紐を結ぶ。その上からシュミーズみたいな薄手の肌着を着る。これは上部がブラを兼ねてるのが売ってたが、この胸のサイズのは
そしてローブを頭からかぶる。しばらくモゾモゾしてようやくクビが出たところで、アンジェがドアを開けて入って来た。
「お目覚めでしたか、エミル嬢」
その手には料理の盆があった。
「皆、朝食は済ませました。これをお食べください」
ベッドの横のテーブルに置いてくれた。
「ありがとうございます」
靴下と靴を履き、ベッドの端に腰を下ろす。テーブルの料理からは、瘴気は立ちのぼっていない。どうやら、夕べ浄化した範囲内の宿を選んでくれたようだ。
安心して食べ始める。悪くない味だ。
「食堂では、ちょっとした騒ぎになりましたよ。夕べから急に、食事が美味しくなったと」
なるほど。マナを使い切った甲斐があったな。
美味しくなったのは、こもっている瘴気がマナに替わったからだ。範囲内にある、人も物も空気も浄化されたのだから。
食事を終えて、お腹もくちくなった。
だが、けだるさが抜けない。
もしや、と思ってブレスレットを見る。十時間近く眠ってたのだから、
だが、光ったのはひとつ、二つ目はかすかに。
「やっぱり……」
「どうしましたか?」
アンジェが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「マナが半分しか回復してません」
「そんな……お身体は大丈夫ですか?」
ますます心配そうだ。
「身体は……特に異常ないみたいです」
おかしいのはマナ、そして瘴気だ。
アンジェに聞く。
「みんなはどちらに?」
「みなさん、まだ食堂にいるはずです。あなたが起きて準備できたら、ギルドに向かうとの事です」
そうか。あまり待たせたら悪いな。
俺はベッドを降りると、急いで残りの装備を身に着け、アンジェと共に食堂に向かった。
* * * *
「マナが半分しか回復しない、か。ふぅむ」
魔法に関することならビシャル先生だ。
俺の話に、しばし瞑目してから茶をひと口飲むと、彼は続けた。
「それは、俺が感じている名状しがたい違和感と同じなのかもしれない」
ハスターかよ!?
邪神とかクトゥルフとかとか。
「違和感、ですか?」
「うむ。なんというか、本調子ではない感じがしている」
そこで彼は何度かうなずいた。
「そうか。夕べは久しぶりに自分のマナを使ったからな。お前がマナ切れで倒れた時、とっさに認識阻害の魔法をかけたのだ」
なるほど。戦闘用の魔法は杖の宝珠、それ以外は自然回復する自分のマナと、使い分けているのか。
しかし、俺が全裸で倒れる所をかばってくれたのか。
「それは、ありがとうございました」
礼を言って、本題に戻る。
「じゃあ、やっぱりマナの回復が阻害されているんでしょうか?」
「そうなるな。そしてこれが、領都を満たしているとお前が言う、瘴気の原因であろう」
なるほど。
この世界の誰もが、日々マナを吸収している。しかし、マナを使わないで一杯になると、それ以上は吸収しない。
この領地に入ってからは特に襲撃など無かったから、俺たちは大してマナを消費していなかった。つまり、ある程度消費して大きく回復しないと、気が付かない程度の違和感だ。
だが、俺たち冒険者と違って、一般の人はマナの回復量がもともと少ない。それが半分になったら大きな不快感となるだろう。
それこそ、絶望しかねない。
すると、ブールが。
「マナの件は別途調べるとして、まずはギルドへ行かないか? 護衛依頼の後金を貰わんとな」
「そうだな。なにか情報があるかもしれんし」
ビシャルもうなずいた。俺も異存ないので、お茶を飲み干して立ち上がった。
* * * *
「バカな! 冗談じゃない!」
ブールが叫んだ。
俺もみんなもびっくりしている。
ブールの怒りにでは無く、その原因に。
「ギルドの報酬に所得税がかかるとはな」
ビシャルはむしろ呆れ顔だ。
この国の税は、精霊教会に納める十分の一税と、国王や領主に納める所得税がある。
しかし、前者は町や村に定住する場合だけが義務となり、旅から旅の冒険者は大抵払っていない。俺もそうだ。例外は信心深いアルスくらい。
後者は、そもそも冒険者への課税はギルドにとって不利だ。定住しない冒険者は、税金を取らない所へと出て行ってしまうだけだから。
そう言えば、ここのギルドが閑散としているのはそのせいか。
ブールの剣幕に、ギルドの窓口嬢は平謝りだ。
「申し訳ありません、税に関しては領主の権限ですので……」
「それにしたって、報酬の二割はないだろう!?」
ちなみに、「二割」というのはアルスに聞いたからだ。後金百五十ミナの内の三十ミナが所得税として天引きされたわけだ。
しかし、これでは受付嬢が可愛そうだ。何とかブールをなだめようと、俺は口を挟んだ。
「あの……私、報酬の分配は要りませんから。それなら――」
「「「「それはダメ!!」」」」
なぜかハモられた。
俺が受け取らなければ、みんなの取り分はほぼ満額なのに。
「あ、じゃあ山賊退治の報酬を――」
「それこそダメだ」
「そうよ、エミルちゃん」
「一番活躍したのは君だからね」
「ウキュキュ!」
なぜかギズモにまで。
ん? アルスが黙ってる。
「アルスくん……?」
「ダメだよ……あんな……あんな酷いこと、されかけたんだし……」
ああ。俺が襲われかけたこと、ずっと気にかけてくれてたのか。優しいな。優しすぎるよ。
全く、涙をこらえて震えるほどとはね。
俺は彼の手を取って握りしめた。
「大丈夫。結局、なんとも無かったんだし。……ね?」
そもそも俺は、
何より、魔法少女に変身するたびに、回復の余りで財布など一杯になるのだから……。
「……そうだ! マナの回復!」
これの情報を手に入れるのも、ここに来た目的の一つだったはず。
俺はブーたれるブールたちをなだめすかし、受付嬢にマナの回復が遅いことについて尋ねた。
「……はい。ひと月ほど前から、そういう問い合わせが何度もありました。調査依頼が出ておりますが、今の所、受けてくださる方がおりませんもので……」
なるほど。問題の把握はしていたけど、原因究明はならず、か。
「なら、その依頼、私たちが受けます!」
そう申し出ると、ずっと黙っていたビシャルが。
「そうだな。それこそが瘴気の元。我々がここまで来た、本来の目的だ」
そして、受付嬢に向かって。
「その依頼、指定ランクは?」
「ぎ、銀以上です」
なぜか頬を染めながら、受付嬢は答えた。
「なら、問題ないな」
銀のギルド証を取り出すビシャル。
受け取る受付嬢、お目々がキラキラなんですけど。
ビシャル先生! モテ期が到来してまっせ!!
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