第43話 オッサン少女、尋問する

 さて。ネズミを逃がさないためには、急いで出発しないといけないわけだが。

 領主館に食材を頻繁に納めてたのなら、かなり近距離にいるはず。多分、駅馬車で一日以内。王都からノルム村くらいの距離だ。

 しかし、領都を出るなら、先にみんなと合流しないとね。


 ただその前に、アンジェを介してあるものを領兵の隊長に預けておいた。多分、今夜にでも必要になるはず。


 俺たちはギルドに戻ると、マナ回復遅延の調査依頼の達成を報告した。

 ゲロウメの旧邸宅で地縛霊になってた女性たちの除霊と、魔法陣にされてた遺体の回収。ゲロウメ自身への、国王陛下直々の裁き。


 これで、窓口嬢のお目々がキラキラにならないわけがない。


「さすがはビシャル様! たった一日で解決してしまうとは!!」


 しかし、そこでうろたえるなよ、ビシャル。


「いや……実際に解決したのは……」


 こっちを見るから、思いっ切りかぶりを振ってやった。依頼を受けたのはビシャルなんだから。ここで俺が前面に出ても、話がややこしくなるだけ。

 それに、犠牲になった女性たちを、誰よりもいたんでいるのもビシャルだ。


「犠牲者の中には、ビシャルさんのお知り合いもいたのでしょう?」


 そう水を向けると、ビシャルはうなずいた。


「……幼少時にこの地で過ごしていた間、伯爵夫人には実の母以上に良くしていただいた」


 なるほどな。幼児にとっては、お嫁さんよりお母さんだよな。

 あれだけの怒りを感じるのは当然だ。

 その無念を晴らせたのは、本当に良かった。


 でも、このままじゃ受付嬢が無念となりそう。せめて名前くらい聞きだしておこう。


「ルリアさん、ですね。私はエミルです。今後もよろしく」


 自己紹介しておいた。ルリア嬢は俺の事をビシャルの弟子だと思ってるみたいだ。あながち間違いでもないので、そうしておこう。


 報酬を受け取って、俺たちは窓口を離れた。


* * * *


 その後、ギルドの酒場コーナーで遅い昼飯を取る。昨日の浄化はまだ効果があったらしく、美味しくいただけた。報酬のおかげで懐も温かいし。


 あ、俺は変身後のマナ回復中だから、ギルド証も財布も空っ穴だ。なので、ビシャルに付けてもらってる。ブレスレットが満タンになったら、まとめて払わないとな。


 ちなみに、税金の方は新しい領主が改めないとそのままだそうだ。

 アンジェによると、新領主は数日以内に王都で決まるそうだ。ただ、こちらへの移動でさらに数日かかるらしい。


 問題は、それまでここに滞在するかどうか、だな。既に、あらゆるものに瘴気が染みこんでいる。自然に抜けるには何週間もかかるはず。

 かと言って、浄化して回ると言うのもなぁ。昨日、マナ切れするまでやって浄化できたのは、領都の四分の一程度だ。あと三日、浄化だけをすると言うのも、どうかと思う。


 そうしていると、やがて脳筋組のブール、ノリス、テリー+ギズモも戻って来た。

 彼らは百匹以上の魔物ネズミを退治したという。何より、ギズモがネズミの探知に大活躍したとか。

 これはこれで素晴らしい。

 ネズミはペストみたいな疫病を媒介したりするからね。疫病まで起こらなかったのは何より。


 で、俺たちの方の成果を伝えると、かなりのショックだったようだ。


「まさか、魔人族が関わってるなんてな……」


 ギズモにエサをあげながら、テリーがつぶやいた。


「魔人は珍しいんですか?」


 俺が尋ねると、ビシャル先生が。


「珍しいどころか、伝説的な存在だ。子供に『早く寝ないと魔人がさらいに来るぞ』と言い聞かせるくらいのな」


 なるほど。おとぎ話レベルってことか。

 確か、ネズミが瘴気の中で育って魔物化するように、人間が瘴気の中で生まれ育つと魔人になるんだよな……。


 そこで、怖い考えにたどり着いた。


「……もしかして、妊娠した女性を魔物の産屋に閉じ込めたら、魔人の子供が産まれるとか……」


 口にして、余りのおぞましさにゾッとする。自分の身体を抱きしめて震えた。


* * * *


 翌朝。

 目覚めてまず、ブレスレットを確認。

 うん。宝石ゲージは五つまで回復している。回復速度は戻ったな。

 というわけで、まずはノリスの呪縛から逃れないと。夕べ、またもや飲みすぎたらしく、まだ酒臭い。

 そして、トイレに行くついでに厨房を覗いて、例の薬草を煎じた激マズ茶を用意してもらった。二日酔いが一気に醒めるやつだ。

 そして食堂へ。ビシャルとアルス、そしてアンジェが待っていた。


「おはようございます。あとは飲兵衛の三人ですね」

「あはは……」


 アルスがちょっと乾いた笑い。

 薬草茶は三人前に増やしてもらった方が良いかな?


「おはようございます、エミル嬢。夕べ宰相閣下から遠話があり、第一騎士団がこちらに向かうとの事です」


 早いな。

 まぁ、辺境伯領はその名のとおり隣国と国境を挟んで対峙している。だから、辺境伯が空位となるのは国防上の大問題だよな。

 次の領主が決まるまでは、第一騎士団長が代行となるわけだ。

 俺は気になっていたことを尋ねた。


「それで、例のものは?」

「はい、所持してこちらに向かっているそうです」


 そうか、アレがあったのか。良かった。


 そんなことを放しているうちに、ブールたち飲兵衛三人衆も降りて来た。


「で、これからどうする? 例の瘴気の湧かない土地ってのに行ってみるか?」


 朝飯のパンを頬張りながら、ブールが言った。横でノリスが「行儀悪すぎ」と肘で脇を小突いてるが、分厚い筋肉で阻まれてるな。


「そっちも気になるんだけど、私はあの魔人族の女性と話してみたいの」

「え!?」


 俺の言葉に、アルスがギョッとしたのか声を上げた。


「変かしら? 何を目的としてヒト族の国にいるのか聞きたいんだけど」

「うーん。それは確かに気になるけど……」


 それでもアルスは心配そうに俺の方を見る。まぁ、相手は伝説級の魔人族だ。警戒するのは当然なんだけど。


「問題ないであろう。その為に例の物を預けてあるのだから」


 と、ビシャルが援護射撃。

 結果として、その後は領兵団の本部へGO! となった。


* * * *


 領兵団の本部は、領都の東側、隣国との国境に近い側にあった。国防を考えれば、当然の配置だろう。

 ゾロゾロとそこへ向かう。途中の市街の瘴気は、目に見えて減って来ていた。

 アンジェの胸当てに輝く近衛騎士団のエンブレムは絶大で、もうそれだけでズイズイと通されていく。

 そして、俺たちは地下牢の最奥の牢屋へと通された。


「さすがに、ちょっと引くかも」


 そうつぶやいた。目の前の、雁字搦めに縛られた、魔人族の女性の有様を見て。

 彼女は全裸で両手両足を拘束され、宙づり状態だった。

 で、その股間に突き刺さっているのは、俺が隊長に渡した、マナ強奪短状ワンドだった。

 あんまりと言えばあんまりな使い方だが、こうして先端の宝珠を肌に密着させると、常にマナを吸収し続けるらしい。多様な魔法が使える魔人族には適している。


 適切だとは思うけど、かつて山賊に襲われかけた時の記憶もよみがえる。

 結果として、警戒と憐憫がないまぜとなって、彼女に対することになった。


「……こんにちは」

「何っ!!?」


 もの凄い圧力で睨まれました。

 お、おう。ここまで純粋な憎悪を向けられるとは……まあ、当然だろうけど。


「あなたの、お名前は?」

「お前らに話すことはない!!」

「そうなんだ……」


 おずおずと股間に刺さってるモノに手を伸ばす。


「……なっ! や、やめろ!」

「え~? だってぇ。一デナ吸引」

「うがぁ!」


 途端に、彼女の身体はがくがくと震え出した。


「質問に答えてくれます? あなたのお名前は?」

「……ロニアだ」

「はいはい、ロニアさん。なんでゲロウメの侍女みたいな事してたの?」

「……知るか!」

「百ミナ吸引」


 声も出せずガクガクと痙攣した挙句、ロニアは泡を吹いて失神した。

 もちろん、百ミナなんてあるはずはないが、吸い出す勢いに関係があるっぽい。マナの残量より多く指定するほど、苦痛が増すようだった。


「えーと、一ミナ注入」

「くはっ……おえっぷ」


 どうも、魔人は純粋のマナを注入されると、人間が瘴気を受けたような不快感があるらしい。


「あの。苦痛を与えるのは本意じゃないので、素直に答えてもらえます?」

「わかった! 言う! ゲロウメのそばにいたのは、誘導するためだ!」

「誘導?」

「そうだ……我々の目的が叶うように……」

「目的って?」


 また沈黙。千ミナ吸って、一デナ注入。

 ロニアは、喚いて失神して吐いた。


「あの……本当に苦痛を与えたくはないんです」

「……にするためだ」

「はい? 聞こえないんですけど」


 短状に手を伸ばす。


「っ! 言う! い、言うから!!」


 ゼイゼイと喘いだ後、彼女は答えた。


「この世界を、魔人だけが住む世界にするためだっ!!」


 なるほどね。すごくよくわかった。


「もう一つ質問。これで最後にするから。ゲロウメが食べてる食料は、どこから仕入れてるの?」


 また沈黙。つまり、そんなに重要な秘密なんだ。

 三千ミナ吸って一デナ注入。

 ロニアは激しくえずいたが、もう何も出ないらしい。

 やがて、ポツリと答えた。


「……メギドス子爵領」


 最後に、一万ミナ吸引。ロニアは声も上げずに失神した。


 そしてみんなの方を振り向くと、みんなドン引きしていた。

 なんで?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る