第37話 オッサン少女、拉致される
俺はメイスと短状を握りしめ、敵陣へ突進した。飛んでくる矢はメイスで叩き落とし、敵に肉薄する。そして、山賊たちにマナ強奪の短状を突き付けていった。
次々とマナ切れで倒れていく山賊ども。途中で逃げようとするヤツは、テリーの矢やビシャルの魔法を喰らって倒れていく。
やがて立っている山賊は一人も居なくなった。マナ切れで失神しているか、矢や魔法を受けて呻いているかどちらかだ。
「一時はどうなるかと思ったが、何とかなったな」
ブールとアンジェがこちらに歩いてきた。他の仲間たちは馬車のそばで警戒をしている。他にも山賊がいたらマズイからね。
俺は収納から縄を取り出し、ブールに渡した。
「縛っちゃいましょう。怪我の酷いのは治癒魔法で」
するとアンジェが。
「この者たちは死刑か、良くても犯罪奴隷です。なにも助けなくても――」
「奴隷になるなら、五体満足でなった方が良く働けるでしょう」
裁くのは俺じゃない。司法に任せるべきだ。
縛り終えた怪我人を治癒魔法で直していく。涙を流すものもいた。唾を吐きかけるものもいた。
最後の一人を治療し終えると、俺はアンジェに言った。
「あっちで変身を解除して来ますね」
藪の中を指さした。山賊どもが出てきたところで、踏み分けられて道になっていた。
するとアンジェが。
「では、私も」
「大丈夫です!」
女同士でも、全裸をガン見されるのはさすがにね。
で、藪の中に入って、あたりに誰もいない事を確認して唱えた。
「解除!」
魔法少女の衣装が光りとなって消えたその瞬間。
いきなり後ろから首を絞められた!
* * * *
「エミル! エミル起きて!」
煩いなぁ、誰だよ。こっちは眠いんだ……。
「エミル! 起きないと後悔するよ!」
凄くイラつく声。誰だっけコイツ。
「今起きないと、犯されちゃうからね!」
え?
パチッと目を開けると、チェシャの顔がドアップ!
うげっとなると、その顔はすぐ、乳房の間に引っ込んだ。ん? 裸の胸?
視線を上げると。
「キャーッ!」
乙女の絶叫! なんでこんな近距離に、ニタニタ笑った汚ねぇ男の顔があるんだ!
「ぎゃははっ! 目ェ覚ましたか。無反応よりずっと良いぜ! 存分に泣きわめけ!」
冗談じゃない! 前世も未体験だったのに、初体験がこんなゲス男だなんて、あってたまるか!
だが、両腕は頭の上で柱か何かに縛られている。これでは手も足も出ない――。
あ。
縄を収納しちゃえば良いじゃん!
そして、ブレスレットに触れて。
「変身!」
俺の周囲に光の渦が巻き起こり、男たちは――他に二、三人ほど、順番待ちだった模様――弾き飛ばされて、周囲の壁に叩きつけられた。
なので。
「魔法少女エミル! 明るい魔法で、ぬっころすわよ♡」
この時には全員、白目を剥いて気絶していた。なので、マナ強奪
さてと。こいつらは要するに、山賊の残党だよな。俺を拉致して人質にして、さっき捕まえた奴らを解放しろとかするつもりだったんだろう。
となると、あとは見張りくらいか? いや、この時点で誰も踏み込んで来てないから、これが全員なのかも。
よし。
念のために軽い方のメイスを取り出して、小屋の扉を開けてみる。すえた様な室内の空気が、外気と入れ替わる。
小屋の周囲は藪が切り開かれていて、空がちゃんと見えた。太陽の位置を確認する。あれから一時間も経っていなさそうだ。
それと、多分こっちが街道のある西だな。そちらに獣道っぽい通り道が見えたので、向かってみる。
……ん? おかしいな。まだ何か臭う。
と、胸からチェシャが生えた。
「気を付けてね。瘴気が出てるよ」
え? 俺が? とにかく明るい魔法少女なのに?
「殺意は悪意に含まれるからね」
そうか……ちょっと殺気だっちゃったか。
何しろ、もし変身できなかったら、あのままリンカーン大統領されちゃうところだったからなぁ。
……今まで何人の女性が、こいつらの餌食になったことやら。
あ。いかんいかん。殺気が増すじゃないか。
その時、斜め前方から藪をかき分ける音が。やけに大きいな。大きな盾でも使ってるような。
……てことは。
「ブールさん?」
「おう、エミル! 無事か!?」
声をかけたら、思った通り、ブールの声が帰って来た。
ガサガサと音が……遠ざかっていく?
「ブールさん、こっちです!」
「おかしい。方角がずれたな」
一旦、こちらに近づいて来るが、また途中から逸れていく。
これはあれか。方向感覚を狂わせる魔法か何かが使われてるんだな。
「ブールさん、一旦停まってください!」
多分、この獣道をきちんと辿らない限り、出入りできなくなってるんだろう。それに多分、認識を阻害する魔法も使ってそうだ。
俺は踏み分けられた後を慎重にたどって行き、しばらく歩いてから声をかける。
「ブールさん、こっちですよ!」
「おう。今度は後ろか。参ったな」
やがて、大盾で藪を払いのけて、ブールが出て来た。
「エミル! 心配したぞ!」
「ごめんなさい! 無事です!」
さっきの山賊のギトギトした毒気に当てられたせいか、ブールの安定した兄ポジのおかげで癒される気分。ほっとして、大盾にちょっともたれかかる。
「変身を解除した瞬間に襲われたんです。多分、アイツは認識阻害の魔法を使えたんでしょう」
背後を振り返る。俺が歩いてきたはずの獣道は、目の前で途絶えていた。これも、同じ魔法の応用に違いない。
「山賊の残党は縛り上げて来たんだけど、放置したら餓死しちゃうわね」
「ほっとけばいい。助ける価値はないだろう」
うーん。それはそれで後味悪いし。
「犯罪奴隷には、魔法も使わせることができるんでしょう?」
「ん? ああ。確かにな」
認識阻害の魔法って、使いようによってはもの凄く役立つ。例えば、非常時に脱出する際とか。この獣道を隠す使い方なんて、王族の脱出経路に使える。
多分、奴隷とされれば隷属の魔法とかかけられるだろうから、悪用して逃げたりは出来ないだろうし。
あ。
「そもそも、マナが回復したら魔法で逃げちゃうかも」
「おう、そうだな。やっぱり捕まえるか。……そうなると、ビシャルの手を借りるしかないな」
認識魔法を解除しないと、あの小屋まで戻れ無さそうだし。それができそうなのはビシャル先生くらいだ。
結局、一度みんなの所に戻って、再びビシャルを伴ってアジトの小屋に戻った。で、マナ切れで気絶している残党三人をブールの大盾に乗せて、それを引きずって街道まで戻った。
ビシャルの魔法とブールの怪力に感謝!
アンジェが
なので、街道の道端に奴らを縛ったまま放置して、駅馬車は次の宿場へと急いだのだった。
万が一、魔物とかに襲われたら……運命だと思って、あきらメロン。
その後、いくつかの宿場を経て、一週間後。
俺たちは辺境伯領へ入る。
この国で最大の瘴気の供給源へ。
うわぁ……見渡す限りが、瘴気で霞んでやがる。いったい何をどうしたら、ここまで絶望が蔓延するんだ?
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