第36話 オッサン少女、山賊退治!

「それでは、俺はこれで」


 もの凄く気がかりな事をつぶやいておいて、ビシャルは宿の部屋に引き上げてしまった。それをきっかけにして、宴は解散。


 「ノルムの盾」メンバーは各自の家に行って休むという。故郷だからね。

 俺は全員から泊まって行けと誘われたけれど、アルスについて行った。


 いや……彼への好意とかじゃなくて。

 アルスが教会の孤児院で育った、と聞いたからだ。北地区の孤児院の事を思い出し、居ても立っても居られなくなった。

 で、護衛を自認するアンジェも、当然一緒となるのだが。


 俺の予想は裏切られた。良い方に。

 子供たちはもう寝静まっていたが、シスターが出迎えてくれた。その顔は瘴気で隠れておらず、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 話しを聞くと、元々農村なので作物の奉納が多いらしい。なので食料は豊富にあり、食べるのにも困らない。

 それに、どこの農家も人手不足なので、日ごろから子供たちが手伝いに行っているそうだ。成人すればそのまま、農家の婿や嫁となるのが当たり前。

 どこにも絶望する余地はなかった。

 という話を聞いて、教会の巡礼者用の部屋に泊めてもらった。

 アルスとアンジェも同じ部屋だったけど、横になった途端にストンと眠りに落ちた。


* * * *


「色々と……初めての事ばかりでした」


 朝日の中、背後に小さくなるノルム村を馬上から振り返り、アンジェはつぶやいた。

 護衛だからということで、俺は彼女の後ろに乗せられている。


「平民と飲食をともにし、麦わらのベッドで寝る。騎士団にいる限り、体験することはなかったでしょう」


 平民かぁ……。

 最初、やたら硬い印象だったのは、相手が平民だからと気を張ってたのかな。貴族の対面とか。

 でも、一緒にハイオークを倒し、馬上で色々話したせいか、夜の宴ではかなり打ち解けていた。


「……見聞が広がるのは良かったですね」


 貴族と平民。中央区のギルマス、ヘッケラーも、最初は高圧的だった。城の衛兵も騎士たちも。まぁ、無理やり押し入ったのだか当然だけど。

 そして、あの宰相だ。今はアンジェの直属の上司。護衛と言いつつ、実際は魔法少女の弱点を探らせてるんじゃないかと疑ってるんだが……それはさておき。

 貴族と平民の格差がもの凄い。平民の暮らしがどれくらいギリギリなのか、まったくわかってない。だから「スラム街の貧民など追い出してしまえ」、なんてことが言えるんだ。


 一方、アンジェはこの旅で平民の暮らしに触れて、見方というか価値観が変わってきている。それは素晴らしいことだ。

 そして、そうした思いが貴族の中に広まれば……。

 まぁ、時間がかかるな、それは。


 ふと、視線を感じた。

 見上げると、アルスがこっちを見ていた。残念ながら、逆光で顔が見えなかったが。俺は片手をアンジェの胴から放し、手を振って微笑んだ。

 すると、アルスはぴくっとして顔をそむけてしまった。

 おーおー、恥ずかしがっちゃって。

 すると、隣のノリスがこっちを向いて手を振って来たので、手を振り返す。ブールもテリーも。

 最後にテリーの肩にいるギズモもこっちを向いてきた。耳がピコピコして可愛い。


 と、その耳がピタッと前を向いた。


「キュイイイイー!」


 敵襲だ!

 馬車が停止し、ブールたちが飛び降りる。

 アンジェも俺も、馬から降りた。

 馬車の乗客は車内に留まり、窓を閉めて閉じこもる。

 街道の前方は左右に藪が生い茂り、待ち伏せに適した地形だ。


「これは……山賊だな!」


 テリーが叫んだ。同時に、前方の藪からワラワラと武装した男たちが出て来た。パッと見で三十人くらいいる。


「変身!」


 いつものとおり、全裸ダンス。馬車の陰だし、馬車の窓は閉じてるし、まぁ大丈夫だろう……隙間から覗かれるのはしょうがないか。


「魔法少女エミル! 明るい魔法で戦うわよ♡」


 馬車の陰から出て、そう名乗りを上げる。

 すると、山賊どもは馬車から三、四十メートルの所まで迫っていた。二十人以上が弓矢を構えている。


 これはマズイ。あれだけの矢が一気に射られたら、ビシャルの防護壁だけでは防ぎきれない。下手すれば死者が出るかもしれない。


 先頭の一人が叫んだ。


「命までは取らねぇ。一オル残らず、有りマナ全部よこしな」


 ……あれ? 金品なら集めて袋に入れられるけど、マナはどうするんだ? 財布やギルド証なら渡せるが、体内のマナまで搾り取る気か?

 うん。こういう時はビシャル先生だ。


「ビシャルさん。相手からマナを奪う魔法って、あるんですか?」

「ああ。魔力強奪マナ・ドレインというものがある。多分、あの男が手にしているのが、それを仕込んだ魔法具だろう」


 良く見ると、男が手にしているのは剣でもメイスでもなく、宝珠が付いた短状ワンドのようなものだった。多分、あれがそうなのだろう。

 冗談じゃない。マナ切れで倒れちまう。

 ……いや、まてよ?


「もしかして、私たちみんなをマナ切れにさせて……」


 そうつぶやくと。


「そのまさかだ。昏倒したところで奴隷商にでも売るつもりだろう」


 なるほど。「命までは取らない」ね。


「気を付けろ、エミル。誰よりもお前が狙われている」


 むう。ならば。


「エミル・ジャンプ!」


 俺は跳躍した。

 そして、山賊のボスの目の前に着地。


「私が相手になります。他のみんなには手を出さないで!」


 ボスは呆気に取られていたが、すぐにニタニタと嫌らしい笑いを浮かべた。


「ほう。いい心がけじゃないか!」


 そして、手に持った短状で突きを放ってきたので、それをひらりとかわす。

 突いてはかわす、を何度か繰り返すと。


「くっ! おい、お前ら! やっちまえ!」


 背後の手下に、弓の一斉射撃を命じた。

 やばい!


「ビシャルさん!」


 振り返って叫ぶ。間一髪で特大の防護壁の魔法が完成し、全ての矢が弾かれた。


「あうっ!」


 だが、その一瞬の隙を突かれて、背後からボスの魔法具が突き立てられ、マナを奪い取られていく。

 だめだ、意識が遠のく……。


「……あら?」


 すぐに意識が戻った。

 即座に振り向いて、ボスから短状ワンドを奪い取った。


「うわっ! か、返せこの!」


 掴みかかろうとするボスをバック転で顎を蹴り上げてサマーソルトキック、みんなのところまでダッシュ。そこで再び山賊どもに向かって立つ。

 敵はボスが昏倒したので、混乱しているようだ。

 よし。今のうちに、状況確認。


 ……チェシャ! 短状コイツはどうなってんだ!?


 胸から「にゅん」と謎生物の頭が生えた。


「その魔法具より、ブレスレットの宝珠の方が容量が大きかったのさ」


 ……え? じゃあ、コイツのマナ、満タンなの?


「そうだよ。あとはマナを注ぎたい宝珠に当てて、『何ミナ注入』と唱えればいいさ。逆に、吸い取るときは『吸引』だよ」


 言うだけ言うと、チェシャは引っ込んだ。


 短状の柄を見ると、七百という数字が浮き出ていた。それしか俺からは奪えなかったわけだ。

 ブレスレットに触れる。まだ五つの宝石ゲージが灯る。五千ミナ。充分だな。


「ビシャルさん、杖を」


 俺はビシャルの杖の宝珠に、短状の先端を当てて唱えた。


「七百ミナ注入!」


 短状の数字がゼロになり、ビシャルの杖の宝珠が輝きだした。


「助かる!」


 ビシャルは再び呪文を唱え始めた。

 ブールが叫ぶ。


「来るぞ!」


 ボスはまだ昏倒しているが、手下の何人かは再び弓に矢をつがえていて、五月雨で矢が飛んできた。

 ブールが盾でほとんどを弾くが、何本かは後ろに流れてしまう。ノリスとアンジェが剣を振るい、それらを切り払う。俺も軽い方のメイスを取り出し、それで矢を叩き落とす。

 何としても、後ろのアルスと馬車を守らないと。


「……防護壁!」


 ビシャルの呪文が完成し、再び特大の不可視の防壁が張られる。五月雨の矢ならしばらくは持つ。

 だが、山賊のボスは意識を回復したらしい。


「くそっ! このアマ! 俺のマナを返しやがれ!」


 じゃあ、お返ししますか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る