第35話 オッサン少女、ノルム村へ
「魔法をなるべく使わないで欲しい、との宰相閣下からの要請です」
魔法少女に魔法を使うな、と?
アンジェリカの言葉に首をひねる。
「エミル嬢は、魔法を使わずに
いや、それは違うぞ。
「いえ、それは違います。変身することで身体強化と防御結界を張ってますし。オーク……ハイオーク? ですか。あれらの瘴気を浄化してますし」
と、反論してみたんだが。
「それらは、マナの消費は比較的少ないものですよね?」
まぁ……そうだな。変身時の
もっとも、結界はダメージ受けるとさらにマナを消費するけど。
「私が……いえ、宰相閣下が心配しているのは、攻撃魔法の方です。あの炎の矢は、大量にマナを消費してしまうのですよね?」
「ええ……」
威力が調整できないし、そもそも効率が悪いからな。
「魔法でマナを使うと瘴気が発生してしまいます。エミル嬢は大量のマナが使えますから、それが瘴気となってあの産屋に流れ込めば、さらなる魔物が生まれてしまいます」
消費されたマナが瘴気となる。そう言えば、アルスも同じことを言ってたな。
確かにそうだ。魔物を倒して瘴気を発生させてしまった元も子もないからな。
「わかりました」
俺がそう答えると、アンジェリカはうなずいた。
で、もう一度テントを借りて変身を解除しようとしたら。アンジェリカが入って来た。
「元に戻るところも見せていただけますか?」
うぇ~。わざわざ見せるモノじゃないけどなぁ。仲間も後ろを向くなどしてくれるし。
「ええと……その、着替えるようなものなので……」
「その着替えも、魔法で行われるのでしょう?」
「え……そ、そうですけど」
「魔法少女の使う魔法は、全て報告するよう、命ぜられてますので……」
……あの宰相め!
まぁ……見せて減るモノでもないんだけど。
「……わかりました。解除!」
魔法少女の衣装が光りとなって消滅し、裸身がが金縛りとなって変身した時と同じポーズとなる。
そして、収納から出て来た変身前の衣装が身体を覆う。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
全裸をガン見されてしまったことで、俺の内面がゴリゴリ削られた。
呼吸が荒くなったのはそのせいだから!
へ、変な意味はないんだからな!
しかも。なんだかアンジェリカまで赤面してるし。変に意識しちゃうから、やめてくれ!
「……ありがとうございました。それでは、お仲間の後を追って合流しましょう」
そう、紳士的(?)に告げると、アンジェリカはテントの出口の布を押しやって、俺を外にいざなった。
逆に、それが「見られた」事実を突き付けられることになって、辛いんですけど。
外に出ると彼女は自分の馬を呼び寄せ、その鞍に跨った。そして、俺に向かって手を差し出した。
「どうぞ、エミル嬢」
わーお。
これじゃアンジェリカが王子様で、俺がお姫様じゃないか。
まぁ、第三者から見たら、違和感などないだろうけどさ。銀色に輝く甲冑姿のアンジェリカは、充分に王子属性満点だし。
とはいえ、対する俺は普段着のローブに革製の胸当てを付けただけの、さえない格好なんだが……それでも、鞍に横座りして抱きかかえられると、かなり違ってくる。
* * * *
森の中を突っ切る街道を馬で進む。この森は東西に長いひょうたん型で、そのくびれたところをこの街道が貫いている。
途中、大トカゲを倒した所を通ったはずだけど、死骸は跡形もなくなっていた。多分、森の動物やら魔物やらに平らげられたのだろう。
馬上で一時間ほどすごす。
沈黙は辛いので、あれこれアンジェリカに質問する。わかったのは、下級貴族の三女であること。幼いころから騎士に憧れていたこと。
そして、宰相に声をかけられたのは偶然だとのこと。
「うちも貴族とはいえ、宰相閣下とは位階が違いすぎますからね。あの場にいた女性騎士が私だけだった、というのが理由だったそうです」
そうなのか。なら、お声がかかって相当舞い上がっただろうな。
「……なんかあの時、アンジェに随分睨まれてたんですけど」
今は、愛称で呼ぶくらいに打ち解けたのだが。
「……お恥ずかしい限りです。ああも易々と国王陛下の前まで進入されてしまったのですから、近衛の騎士としては脅威を感じずにおれませんでした。それに……」
そこで少し黙り込む。
「……アンジェ?」
「済みません。嫉妬です」
ええっ!? 俺に嫉妬?
「国王陛下を前にして、堂々と主張しておられました。その凛とした姿に、嫉妬したのです……あれは、私の理想でした」
ああ、なんだそっちか。てっきり国王陛下に
「でも、こうして一緒に過ごしてみたら、とても話しやすい方だと分りました」
まぁ、俺は地のままだしな。チェシャの調整とやらで、言葉やしぐさは女の子してるけど。
その後、他愛もない話をしていると森を抜けだ。その先、街道に沿って広がるのが、ブールたちの生まれ故郷、ノルム村だ。
村……だよな?
木造だが、やけに立派な塀に囲まれていて、丈夫そうな門もある。
門番は、アンジェの鎧の胸にある紋章を見て、敬礼して迎え入れてくれた。近衛騎士は伊達じゃないねぇ。
そうして馬から降りると。
「エミルちゃん!」
猛烈ダッシュしてきたアルスに抱きしめられた!
「無事で良かった! ハイオーク三体だなんて聞いたから、もう心配で……」
おいおい、男の子がそんなことで泣くなよな。
仕方がないから、背中に手を回してポンポンしてやる。
「私なら大丈夫よ。魔法少女なんだから。それにね」
アルスの抱擁から何とか抜け出して。
「アンジェも一緒だったから」
と、彼女に微笑みかけた。
「「「「「アンジェ?」」」」」
あ。みんながハモった。
アンジェリカはいつもの硬い表情……いや、ほんのちょっと口角が上がっているな。
「まぁ、何にせよ、だ」
ブールが歩み寄って来て、肩に手を置いた。
「ノルム村へようこそ、エミル」
* * * *
ノルム村は昔、この周囲の畑を耕す小さな村だった。その頃はまだ森を貫く道は作られておらず、街道は大きく東を迂回していたという。
しかし、二、三十年前に森が切り開かれ、この村がちょうど王都から馬車で一日の距離となったので、宿場が設けられた。
あの塀が作られたのも、そして、今俺たちが飲み食いしている、この宿が建てられたのも、その時だそうだ。
「ちょうど俺たちが生れたかどうかの頃だな」
「ブールは覚えてるだろ?」
「よせやい。二つや三つの時だぜ?」
ブールとテリーがエールを飲みながらしゃべっている。ギズモはテリーの肩でパンのかけらをはぐはぐと食べてる。
あ、食べ終わったな? パンをちぎってやると、てててっと近づいてそれを掴み、テリーの肩に戻ると食べ始めた。
「可愛いですね」
アンジェがつぶやいた。
うん。アンジェもね。
最初の頃の硬さが取れたら、アンジェも妙齢の女性だ。年齢は二十代半ば。表情が和らいだせいか、美人度がかなり上がったな。
ブールやテリーと釣りあうな。ガンガレ~。
あ、ビシャルもか。
「あの……エミルちゃん」
隣に座ったアルスが、おずおずと話しかけて来た。
「えっと……さっきの事なんだけど」
何だい何だい。男の子ならしゃきっとせい!
……いや、されても困るな。中身がオッサンの俺としては。
だからって邪険には出来ないし。これはもう、「ずっとお友達」で行こう。
「ありがとうね、アルスくん。ギルド証と財布を預かってくれて」
胸元から取り出して見せる。
まぁ今回は、ハイオークの瘴気を浄化したマナをブレスレットが吸収したから、空っぽにはならなかっただろうけど。
それでも、心配してくれたんだ。それは感謝しないとな。
そこへ、ずっと黙っていたビシャルが口を開いた。
「ハイオーク……それも三体同時にか」
低い声だが、思わずそっちを見た。みんなも黙り込む。
「……次は何が生み出されるのか」
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