第34話 オッサン少女と三匹の豚

 エミルちゃんを置き去りにして、僕らを乗せた駅馬車は出発してしまった。

 手元には、預かったギルド証と指輪。ギュッと握りしめる。

 果たして、これを彼女に返せるのだろうか?


 「魔物の産屋」から現れたのは、ゴブリンキング並みの魔物、オークの上位種三体だとか。

 キリキリと胸が痛む。

 絶対に危険だ!


「あのっ!」


 駅馬車を停めようと声をあげかけたら。


「止めるんだ!」


 低い声で、ビシャルが割り込んだ。


「彼女は『自分で対処できる』と判断したんだ。だから、【警告】だった。【救援要請】ではなかっただろう?」


 そうだ。エミルちゃんは、自分で何とか出来ると思ったからこそ、【警告】にしたんだ。

 なら、僕はこのまま、逃げるのが正しい。だって、彼女が対処できる事態でも、僕なんか簡単に死んでしまうのだから。

 それが何とも情けなくて、うつむいたまま歯を食いしばって、涙をこらえるしかなかった。


 エミルちゃん……ギルド証も指輪も、ちゃんと返したいよ。


* * * *


「アンジェリカさん! 逃げて!」

「いえ、逃げません!」


 え?

 なんで?

 こんな文字通りの化け物相手だよ? 普通なら、逃げる以外にないでしょ?

 あなたは魔法少女じゃないんだよ?


わたくしは、あなたの護衛です! 逃げるわけにはいきません!!」


 いや、まあそうだけど。そうなんだけどさ。

 オークの上位種だよ? 俺だって倒せるかどうかわからんのに!


 すらり、と腰の剣を抜いてアンジェリカは構えた。

 いや、ばかヤメテ! それ、やばいパターンだっての!!


「たあっ!」


 一気に間合いを詰めて手前の一体の足に切りつけるが、やっぱり浅い。オークが無造作に腕を振るうと、アンジェリカは軽々とふっ飛ばされた。


 無理だって! オークどもは、身の丈三メートルはある筋肉ダルマだ。文字通り、歯ではなく刃が立たない。


 転がって倒れた彼女の所に駆け寄る。ああ、腕が変な方向にねじれてる……。

 今すぐ治癒してやりたいが、オークどもが迫って来る。幸い、でかいだけあって、動きはさほど早くないが、呪文を唱える時間がない。

 俺は足元に転がってる剣を収納すると、アンジェリカを抱き上げ、奴らに向かってダッシュする。

 拳を振り上げた一体の足元をかいくぐり、産屋の大岩にジャンプ。更に、その向こう側に飛び降りる。


 何とか距離を稼げたので、アンジェリカを降ろして治癒魔法をかける。


「しっかりして! 立てる?」


 ここは森の入り口までの道とは反対側。逃げるとしても、迫って来るオークと対峙するしかない。


「はい……ああ、剣が」

「ここよ」


 収納から出した剣を渡す。


「とにかく、動き回って奴らを牽制してください。私が動きを止めて、一体ずつ浄化します」

「浄化?」

「あれらは瘴気を吸収して巨大化してるの。だから――」


 その時、咆哮を上げながらオークどもが姿を現した。大岩の左から二体、右から一体。

 良かった、バラけてくれて。三体で連携されて、ジェッ〇ストリーム・アタックとかされると厄介だった。

 これなら各個撃破できる!


「左の二体をお願いします! 捕まらないように!」

「わかりました!」


 二手に分かれ、俺は右の一体めがけてダッシュした。両手に収納から出したメイスを握って。


 ブガャアア!


 咆えつつ掴みかかって来るのをかわし、全力でメイスを向う脛に撃ちすえる。


 ブギャア!!


 苦痛の叫びを挙げうずくまるオーク。

 今だ!

 その背後に回って近づき「浄化」を唱える。


 ブゴォオオオオオ!


 悲鳴と共に巨体が痙攣しだすと、湧きだした瘴気が浄化され、白く輝く霧となってブレスレットに吸収されていく。同時に、その巨体は見る見るうちに縮んで萎んで行った。

 通常サイズまで縮んだオークの脳天に、とどめの一撃を加える。


「アンジェは?」


 あたりを見回す。いた! 二体を相手に、なんとか間合いを取っている。それでも、ジリジリと藪の生い茂る広場の端へと追い込まれてる。


「あっ!」


 落ちていた枝に足を取られ、転倒! そこへオークの片方が、踏みつぶそうと足を上げた。


「だめ!」


 猛烈ダッシュして、軸足をメイスで砕く。

 悲鳴を上げて倒れる巨体から飛び退すさるが、そこでもう一体に掴まれてしまう。


「……エミル!」


 アンジェリカの悲鳴。

 ギリギリと締め付けられる身体。


 ……だけど、これでいい!


「浄化!」


 オークの身体から瘴気が吸い出されていく。痙攣をおこして俺の身体を手放し、奴は萎んで行く。

 そこへメイスの一撃。


「そっちも!」


 足をやられて動けないオークに浄化をかけ、これも脳漿をぶちまけさせる。

 これで、上位種のオーク三体は仕留めた。


「ふぅ。何とかなりましたね」


 アンジェリカの方へ歩み寄ると、彼女は立ち上がった。怪我はないようだ。


「ありがとうございました、エミル嬢」


 そこで、ちょっと言いよどむ。


「あの……エミル嬢は、『魔法少女』、なんですよね?」

「え?」


 彼女の視線を追うと、手にした血まみれのメイスが。そっと、それを収納にしまう。


「え、ええそうですよ。ちゃんと、浄化魔法で倒しましたし」

「浄化……」


 彼女の視線を追うと、脳天をカチ割られた撲殺死体が。そっと、それらを収納にしまう。


「見た目はアレですけど、瘴気は浄化して吸収しましたから!」

「はぁ……浄化吸収ですか」


 なぜか、胡乱な目で見られてしまう。なんだそれは、「お通じも安心」みたいな……。

 ……解せぬ。


* * * *


 森を抜け出し、冒険者たちにオークを退治したことを伝えた。

 もう、早馬は出してしまったそうだが、居残った三組のパーティーは、ほっとした様子だった。

 討伐の証明のため、収納に入れていたオークを外に出す。


「今後は、産屋の中まで毎日入って、魔物が生まれていないか確認した方が良いと思います。今回みたいに中で巨大化してしまうと、危険度が遥かに増してしまいますから」


 想定外だったのは、最初に現れた魔物が巨大化していた点だ。誰もが、弱い小さな魔物から出てくると思い込んでいた。

 実際にはそうじゃなくて、出てこれるギリギリのサイズになるまで内部で瘴気を吸い込み続ける、ということだ。


 当然だが、俺が乗って来た馬車は出発してしまっていた。危険を避けるために、最初からその予定だったからだ。仕方ない。

 アンジェリカの乗って来た馬はそのままだったから、これに乗せてもらって、駅馬車の最初の宿場へ向かえば追い付けるはずだ。

 ……と思ってたら、アンジェリカは何やら話しこんでる。誰もいない所へ向かって。


「……あ、遠話の魔法具でしたか」


 そのまんま、電話してるしぐさだ。

 まぁ、日本人みたいに、その場でペコペコとお辞儀したりはしないけど。多分、相手は宰相なんだろう。言葉はバカ丁寧だった。

 漏れ聞こえる内容から、オークを倒したことを伝えたようだ。なら、討伐隊が無駄足を踏むことも無さそうで、良かった良かった。


 で、遠話を終えたアンジェリカは、こちらを振り返ると。


「エミル嬢。大事なお話があります」


 ほへ?

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