第33話 オッサン少女、再び産屋へ
「お疲れ様です~!」
森の手前にある、魔物の産屋監視用ベースキャンプ。俺たちの乗った駅馬車は、その日の昼下がり、ここへたどり着いた。
馬車から降りて、糧食などが置いてあるテントを警護している冒険者にあいさつした。
「あ、ああ……」
「きみ、エミルちゃんだね? また会えてうれしいよ。あの時はありがとう」
レイド戦の時に面識があるかどうかで、反応が分かれた。
面識ないと、胡散臭い目で見られたり。面識ある方は、多分、治癒魔法をかけて上げた一人なんだろう。やたら熱っぽい目で見つめられたり。
で、どちらも共通しているのは、金髪女騎士のアンジェリカをガン見してること。まぁ、これは当然か。相変わらず堅物な印象だが、結構美人だしな。
「あの、少しの間、テントをお借りしてもよろしいですか?」
「何を言って――」
「ああ、もちろんいいとも」
面識ない氏が言いかけた文句に、面識あり氏が被せた。二人はちょっと言い合いになってるが、あり氏に任せておこう。
俺はアンジェリカの手を引くとテントに向かった。
……うん。ノリスの手と同じだな。暖かくて大きくて、剣だこができてる。
テントの中には糧食の包みが積まれていた。この数日で結構消費したはずだが、まだかなりある。
「まず、いったんはしまっちゃいましょう」
さくっと丸ごと収納へ。
「え……これ、今のは?」
目を丸くするアンジェリカ。
まー、これはお約束ってやつだな。
「では、行きますよ。変身!」
衣服が収納され、同時に光の渦が俺を取り巻く。いつもの全裸ダンス。そして、いつもの「明るい魔法」宣言。
「……なんですか、その『明るい魔法』って?」
その疑問はもっともだ。
「えーと、暗い気持ちで魔法を使うと、瘴気が湧いちゃうから?」
俺もよくわからないから疑問形だ。
それよりも、まずは収納した糧食の山をもとどおりに出して。それから外へ出る。
「じゃあ、魔物の産屋へ急ぎましょう!」
言うなり、俺は森の中へと突進する。
あれだけの人数で行軍したので、森の入り口から産屋のある広場までは、獣道より少し広い程度。
最初に来た時は、藪を切り開き、魔物の襲撃を排除しながらだったので足掛け二日かかったけど、道を走り抜けるだけならあっという間だった。
「やっぱり。結構溜まってきてますね」
産屋の入り口からは、既にうっすらと瘴気が立ち上っている。広場への入り口で、俺はその細い筋を見上げていた。
その後ろでは、アンジェリカが喘いでいた。
「わ、
ついて来れて良かった。ヘロヘロだけど。
「何だお前ら……エ、エミルさま!?」
産屋監視組の冒険者が数名、声をかけて来た。
ああ、魔法少女の姿の方が目撃者が多いか。遠目でもよくわかる、露出度の高さだからな。
しかし……エミルさまかぁ~。ここでは衆目の前で魔物の大群相手に無双しちゃったからなぁ。
「ええと、お疲れ様です~。産屋の様子はどうですか?」
「あ、はい! 今の所、何も出てきてません!」
なるほど。ということは、中に入って確認とかはしていないのか。
そりゃそうだな。あんな狭い所で敵に襲われるのはゾッとしない。
だから、外で監視していて、魔物が出て来たら退治する。敵わないなら逃げて、早馬で応援を求める。これがギルマス連の方針なのだろう。
「なら、私たちは中に入って瘴気を浄化して来ます」
そう告げると、俺は産屋の入口を覗きこんだ。ここの瘴気はまだ薄いので、中が見えないほどではない。それでも、奥の方はそもそも暗いし、瘴気も濃くなっているようだ。
となると。
俺はアンジェリカにお願いした。
「魔法で光玉を出してもらえますか?」
「ええ……かまいませんが」
彼女は呪文を唱えると、光玉を出して自分の頭上に浮かせた。
それを確認して、俺は入口へと踏み込んだ。
* * * *
「浄化!」
目の前の少女がそう唱えると、光玉の照らす洞窟内に漂う黒い霞が消え去った。だが、消えたのは光が届く範囲くらいで、しばらく進むとまた霞がかかって来る。
しかし、一本道とは言え随分と深い洞窟だ。光玉は初級魔法だが、地味に
「エミル嬢……申し訳ないんだが、そろそろ
「あ、どうもすみませんでした、アンジェリカさん」
彼女が光玉を出すと、自分の方を消滅させた。ほっと一息をつく。
「浄化!」
しかし、別な呪文を唱えると、光玉は消えてしまった。
「あ……またやっちゃった。てへへ」
再度、彼女は呪文を唱えて光玉を出した。
「ごめんなさいね。どうも、まだ魔法の制御が上手く行かなくて」
意外な事を聞かされた。
「エミル嬢は、『魔法少女』なのでしたな?」
「……え、まぁ、そうなんですけど」
少しうつむいて、胸の前で両手の人差し指をツンツンと突き合わせている。
「
彼女は呪文を唱え始めた。あれは初級魔法の――。
「……炎の矢!」
すると、彼女の手のひらから激しい火炎が噴出し、洞窟の奥の壁を、天井を炙った。
「そんな……まさか!」
「ええ、こんな感じなんです」
炎がおさまると真っ暗になった。そして彼女は再び光玉の呪文を唱える。
「光玉も、最初に唱えたらみんな目が潰れそうになっちゃって。で、ギリギリまで光量を落としたら、今度はすぐ消えちゃうし」
そしてまた、瘴気の霞を浄化しながらの前進。
「それにしても、ほんの数日でこんなに瘴気が濃くなるなんて……」
気になることを聞いてしまった。
「そんなに短期間に、私にも見えるほどの瘴気が?」
「ええ。前回来た時は、最深部まで浄化したんです。なのに……」
ゴクリ、と音が鳴った。自分の喉の音だと気づくまで、しばらくかかった。
エミルはうつむき、顎に指をあててつぶやく。
「悪霊化した元辺境伯は除霊したし、スラム街の瘴気もできるだけ払ったのに。これってもしや……」
そして、しばらく目を閉じていたが。
「やっぱり。南東から、エメリウス辺境伯領からの瘴気の流れが強まってます」
そしてさらに、キッと顔を上げると、洞窟の奥を睨みつけた。
「! いけない! アンジェリカさん、先を急ぎましょう!」
* * * *
……まさかそんな。
もう生まれているなんて!
魔物の産屋の最深部。例の
オークだった。
そいつらは、膝を抱える形で横になっていた。まるで胎児のように。そして、この広間に満ちていた瘴気を吸収して、ここまで大きくなったのだろう。
一体一体が、すでにゴブリンキングくらいのサイズ。オークキング……まで行かなくても、ジェネラルくらいは行ってるはずだ。
ビクン、と奴らの身体が痙攣した。
やべ。取り巻いていた瘴気が無くなったせいで、目を覚ましやがった!
「すぐにここを出ましょう!」
アンジェリカの手を掴んで出口へと走る。
こんな狭い所で、彼女を守りながら戦うなんて無理だ。広い外でなら、脚力を活かして逃げ回ることもできる。
洞窟を駆け上がる俺たちの背後から、耳をつんざく叫びが押し寄せて来た。
思わずバランスを崩したアンジェリカを支えながら、さらに上へ。
出口だ!
光の中に飛び出して、まぶしさに目を眇めながら叫ぶ。
「中でオーク上位種が生まれてました! 三体! 出てきます、急いで避難を!!」
冒険者たちから上がった悲鳴が遠のいていく。決められた通り、ベースキャンプまで行って、早馬を出してくれるはず。
そうなると、仲間たちの駅馬車も出てしまうはず。仕方がない。事が済んだら、アンジェリカの馬に乗せてもらって、後を追おう。
それよりも、今はオークだ。
ブキャアアアア!
もう、産屋から出てきやがった!!
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