第32話 オッサン少女、旅立つ

わたくしはアンジェリカと申します。国王陛下から、エミル嬢の護衛を命じられました」


 窓口に並ぶ列で声をかけられた後、酒場コーナーでみんなと自己紹介したのだけど。

 女騎士……アンジェリカの言葉に、俺は心底戸惑った。


「え、あの……護衛って?」


 いや、まぁね。あんな突然の直訴で、何もなしとは思わなかったけど。

 まさか直後にお目付け役が押しかけてくるとはな。しかも、こんなに早く。


 というか、辺境伯領に行く事、まだみんなに相談してないってのに。

 話す順番が大幅に狂って、俺はわたわたとみんなに説明する羽目になった。


 で。ようやく、再びアンジェリカの話す番に。


「冒険者ギルドによれば、エミル嬢のランクは鋼で、お仲間もつい先日、銅ランクに上がったばかりだとか」


 いや、銀ランクのビシャル先生を忘れてもらっちゃ困るんだけど。ちらっと彼の方を見たら、腕を組んで瞑目している。

 うーん。考えが読めない。

 しかし、ギルマス連中からの俺に関する報告って、どこまでどんな風に国王まで上がってるのやら。


「私は、冒険者に例えれば金ランクに該当する実力があると、近衛騎士団でも評価を受けています。なので、エミル嬢の護衛にふさわしいと自負しております」


 隣でピクッとブールが身じろぎした。


「それは……俺たちではエミルを守れない、ということか?」


 あー。

 ブールからしたら、ランクが低いからと軽く見られた感じだよな。


「いえ、決してそのような事は……しかし、辺境までの旅では、何が起こるかわかりませんので」


 落ち着いた声でアンジェリカは答える。

 丁寧だけど、やたら硬いな。話し方も、態度も。姿勢なんてびしっと背中が伸びてるし。

 ざっくばらんな冒険者のみんなとは正反対。

 旅の道連れとしては――。


「良いのではないか」


 突然、黙ってたビシャルが声を上げた。金色の眼が光ってる。


「騎士として王都を離れるのなら、通話の魔法具くらい持たされておるであろう。あれはなかなか便利なものだ」


 おう。

 そんなものがあるのか、この世界には。


「はい、ここに」


 アンジェリカが懐から取り出したのは、十五センチほどの湾曲した棒状の魔法具。まさに電話って感じ……いや、銀色のバナナかな?

 とにかく、これがあれば緊急時には辺境からでも王都に連絡できるわけだ。


「上級魔法の遠話テレフォンと同等だが、あれはマナの消費が激しいからな。もっとも、遠話は相手を選べるが、その魔法具は通話相手が固定されているものだろうが」


 テレフォンって、そのままやんけ!


「はい。もう片方は宰相閣下がお持ちです」


 あ、宰相か。なんだか沢山睨まれたっけ。

 つまりアイツが彼女をよこした張本人、ってことか。名目上は国王の命令だけど。


 色々話し合った結果、ブールも渋々ながら彼女の同行を認めた。

 まー、俺としては突っぱねてもらった方が気が楽なんだけど。間違いなく、お目付け役だしさ。

 でも、それやっちゃうと宰相と揉めそうだし……。


 その後、ギルドにあずかってた糧食を返し、教会に寄付した分を口座から支払った。

 ギルマスのブキャナンは「保存が~」と頭を抱えてたが。まぁ、ガンガレ。氷魔法で冷やしておくと、多少はマシだろう。

 そして、辺境へ向かう駅馬車の護衛依頼を探してもらい、引き受ける。ちょうど、明日の朝に出発する便があった。

 その後、借りていたメイスを返し、代わりに武器屋で同等なものを二本、もっと小ぶりなのを一本購入。

 大きなメイスは変身後、軽いのは普段の護身用だ。

 その他、長旅のための細々したものを買いあさる。


 ちなみに、仲間たちだけでなく、アンジェリカも買い物に同行した。本当にお目付け役だな。隠そうともしないのか。

 で、この日は一度ギルドに戻り、彼女とはその前で別れた。ギルドの厩舎に預けてあった馬に載って、中央区へ戻るアンジェリカ。


 なるほどね。馬に乗って来たから、あのタイミングでギルドに現れたのか。俺がトテトテ歩いている間に、王宮で宰相がアレコレ考えて彼女に命じたんだな。

 あまりに早いからびっくりしたぜ。


* * * *


 翌朝。

 俺たちは駅馬車で王都の南門を出た。

 エメリウス辺境伯領へ向かう旅だ。王都とその周辺しか見てない俺にとっては、本格的な旅。

 これで、心が浮き立たないわけがない。


 馬車は四頭立てで、屋根付きの客室と屋根の上の座席に六人ずつ乗る、大型の物だった。王都に来るときに乗った荷車に比べたら、倍近く速い。

 俺たち五人は屋根の上の席に乗り、護衛を兼ねている。テリーの肩にいるギズモの探知能力が頼りだ。

 空は快晴、風も心地よい。見渡す麦畑はそろそろ色づいて来てる。


 そして、護衛はもう一人。馬車に騎馬で並走する女騎士、アンジェリカだ。

 正確には俺個人の護衛なので、駅馬車のオーナーからの報酬は出ない。しかし、俺がこの駅馬車に乗ってる以上は、この馬車の護衛をすることにもなる。


 俺としては、仲間たちとうまくやってくれると気が休まるんだけど……。


* * * *


 当然ながら、馬車は徒歩より早い。荷物満載の荷馬車と違い、四頭立ての駅馬車なら、さらに。

 昼前には、例のレイド戦で野営のために畑を刈り取った場所に着いた。そこでいったん休憩となった。

 俺たちは麦わらの上に車座になると、水や携行食を取り出して、小腹を満たす。その時、馬車の向こうに馬を繋いだアンジェリカが近づいてきた。


「少し、よろしいでしょうか?」


 うーむ。

 ブールだけでなく、ノリスも眉間にしわが。レベルの件が解決してないからなぁ。テリーとアルスも困ってるし。

 ビシャルだけはいつも通りだけど。

 これで、上手くやっていけるかのな?

 気遣いのできる大人として、俺から声をかけないとな。


「えーと……アンジェリカさん、携行食は?」

「いえ、私は」


 騎士ってのは鍛え方が違うのかねぇ。

 いや……文字通りのやせ我慢か?


「とりあえず、座っては?」

「いえ、お構いなく」


 硬い。もう、金剛石かよ、というくらいに態度が硬い。


「えと……どんな御用でしょうか?」

「エミル嬢の変身を、見せていただくことは出来ませんか?」


 え?


「変身は……その、おいそれとは出来ません」

「……そうなのですか」


 ブレスレットの宝石ゲージ一つ分のマナを使っちゃうし。その時、ギルド証や財布を持ってると、変身を解除した途端に空っ穴にされるし。

 なにより、あの恥ずかしい全裸ダンスをしなきゃならないのだ。よほどのことが無ければ願い下げだ。


「えーと、それって宰相閣下の命令で?」

「……はい」


 あんの野郎め。


 まぁ、「変身」とか「魔法少女」とか、この世界には元々なかったようだからな。あの謎生物チェシャが、俺の居たあの世界からパクって来た概念だ。

 気になるのは当然だろう。


 ……あ、そうだ!


「えーと、それなら午後の休憩の時に、一緒に魔物の産屋を確認しに行きますか?」


 ちょうど、産屋を監視する冒険者のベースキャンプがあるあたりを、午後に通過することになるはずだ。それなら、変身して産屋へひとっ走りして、溜まってるはずの瘴気を浄化してしまおう。

 駅馬車の御者にお願いして、休憩を長めに取ってもらえばいい。それにギルド証と財布は、アルスに預けておけばマナを奪われずに済むな。


 産屋の瘴気は気になってたんだ。まだ魔物が生れだすのは先だと思うけどね。


「……よろしいのですか?」

「もちろん」


 割と良い考えだと思ったんだけど。

 まさか、あんなことになるとは……。

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