第29話 オッサン少女、教会へ
お母さんの病気。それだけなら、俺が変身して治癒魔法一発で治せるはず。何しろ、薬草が効くかどうかは、確証がないからな。
でも本来なら、病気の治療って、まずは病院に行くべきだよな。この世界にも、教会に治療院が併設されてる、と聞いてる。薬草にしても、ちゃんと知識のある医師に相談した方が良いし。
なんでそうならないのか。この辺がきっと、この一角が瘴気の発生源となる原因だろう。
そこで。
「その前に、教会の治療院にお願いしてみましょう」
すると、フィルナの身体がビクンと震えた。
「……ダメ。殴られちゃう」
瘴気がますます濃くなった。
殴られるなんて物騒すぎる。これは、きちんと聞いておかないと。
もう片方の手でフィルナの手を握る。こんな小さな女の子なのに、指はガサガサだ。なんだか、それだけで泣きそうになる。
「私があなたを守ります。絶対に殴らせませんから」
フィルナの表情は見えないけど、うなずいてくれたようだ。
そして、ノリスにお願いする。
「教会へ行って、話を聞きたいのですが」
* * * *
「あたしもさ、
ノリスに連れられて、フィルナの手を引いて北地区の南側、中央区の城門の前に広がる広場へ戻って来た。教会などの主要な建物は、こうした場所にあるのが決まりらしい。
さっきも通ったけど、あの時は瘴気の出所に注意が剥いていたから、ちっとも意識に上らなかった。
それはさておき、瘴気が薄まって、ちょっとほっとする。
ただ、フィルナからの瘴気は、純粋に痛々しいと感じるだけだ。この辺、気持ち的にきっと違うんだろうな。
広場は城門を中心とした半円形で、大きな建物が並んでいた。その一つが精霊教会。尖塔があって、そのてっぺんから六芒星がある。中心と六つの先端に玉があるので、あれが七精霊のシンボルなんだろう。
女の子の手を引いて、教会の扉をくぐった。中は、いかにも礼拝堂という感じの空間。ベンチが並んでいて、正面には六芒星を掲げた祭壇がある。
「当教会に、何か御用ですか?」
いかにも
うーむ。この辺のデザインというか雰囲気、どの世界も共通なんだろうか。
俺はギルド証を取り出した。
「十分の一税を収めに来ました」
「それは良い事です。精霊のお恵みがあらんことを」
定型句なんだろう。流れるようにそう祈られた。
指で十字ではなく、正三角形を上下に重ねた印を切られた。
「えーと、あたしも?」
ノリスが固まってる。
「いえ、これは私がやりたいからやることですから。ちょっとここで待っててくれます?」
俺がそう言うと、よほどおいて行かれたくなかったのだろう。ノリスもギルド証を取り出した。
「も、もちろん一緒に納めるわよ!」
無理しなくていいのに……。
捧げる時には「直近の収入」を頭に思い浮かべれば良いらしい。ということで、祭壇のATM魔法具にギルドカードを掲げて、そう念じる。
俺たちは皆、魔物の産屋を討伐したレイド戦の報酬で、かなりのミナを受け取っていた。その十分の一となれば、そこそこの額だ。
「……これは! 誠にありがとうございます!!」
ちょっ! そこまで露骨な反応していいの? なんつーか、即物的すぎない?
それはともかく。
俺は後ろに隠れてるフィルナの肩に手を置き、優しく前へ出した。
「この子の母親が病気だそうです。治療をお願いできますか?」
すると、修道女さんの顔が曇った。文字通り、うっすらと瘴気で。
「……
なるほど。確かに治癒魔法はマナの消費が多いからな。
……でもさ。
「今、納めた十分の一税では足りませんか?」
すると、修道女さんは深々と頭を下げた。
「それを必要とする者たちがおりますので」
そして、「ご覧に入れましょう」と言うので、彼女の後について行った。
* * * *
目の前にいるのは、数十人の子供たち。
でも、どの子も瘴気で顔が見えない。おとなしくじっとしていて、子供らしい活発さが見られない。
「当教会に捧げられたマナは、王家に奉納した分を除いて、大半がこの子たちを養うために使われています」
王家に奉納? 王家が教会に納めるんじゃなくて?
この国では、教会より王家の方が上なのか。
で、使い道はそうなんだろうよ。だけどさ。
「……なぜこの子たち、こんなに辛そうなのでしょうか?」
すると、ノリスが。
「聞くまでもないさ。この子たちは成人したらここを追い出される。そうなったら、行き場がないんだろ?」
修道女さんの顔が、一気に瘴気で見えなくなった。
「おっしゃる通りです。私たちも、読み書きを教えたり、色々手を尽くしているのですが……なかなか、雇ってくれるところが無くて」
これも負のスパイラルってやつか。
俺が雇い主なら、確かに瘴気まみれの青年を雇うのは無理だ。客商売でなくても、そんなメンタルでは大事な作業を任せられない。でも、仕事を与えて成し遂げる成功体験が無ければ、そんなの覆えせない。
結果として、ここを出たらろくな人生を歩めない。良くて貧民、最悪は犯罪者だ。
きゅっと手を握られた。フィルナを見ると、こちらを見上げている。相変わらず瘴気で顔は見えないが、その頬を滴り落ちる涙は見えた。
「変身!」
両手を放してブレスレットに触れ、唱えた。
まばゆい光の渦の中での変身ダンス。そして「明るい魔法」宣言。
そうだ。明るい魔法だ。それこそが俺の必殺技。
絶望を駆逐する、必殺技だ。
「浄化!」
フィルナの、子供たちの、修道女さんの……そして、ノリスの顔にすら浮かんでいた瘴気が、一斉に消滅する。
でも、こんなのは一時しのぎだ。根本的なものを変えていかなけりゃ。
俺は収納から指輪とギルド証を取り出す。
「全額、寄付します。この子たちのために使ってください」
「え? そんな……」
「いいから! 私が持っていても意味ありません」
実際、変身を解いたらブレスレットに吸われちゃうしな。
そして、フィルナに向かって。
……お、おう。可愛い顔立ちじゃないか。金髪碧眼、将来はきっと美人さんだぞ。
「じゃあ、お母さんの所に行きましょう」
「えっ?」
戸惑う彼女とノリスの手を引いて、何度も頭を下げる修道女さんと子供らに見送られながら、俺は再びスラム街の奥を目指す。
うう。すれ違う男どもの視線が……。
* * * *
フィルナの母親は、治癒魔法で全快した。
あとは体力を付けるだけだが、母子が住む屋上違法増築のバラックには、食料もろくになかった。なので、ギルドから預かっている糧食の一部を与えた。後でギルドに行って、買い取ろう。口座には無駄に
元気になった母親と共に食事をするフィルナ。「美味しい、嬉しい」と泣きながら。
もうそこに、瘴気の影すらない。
でも。
俺は自分に言い聞かせた。
これだって一時しのぎに過ぎないと。魔物の産屋を放置しているのと同じ。
「しばらくしたら、様子を見に来ますね」
そう言いおいて、俺はノリスを連れて、フィルナの家を後にした。
目立ちたくないから変身は解除したいんだが、マナがもったいなさすぎる。
「ノリスさん、ちょっと走りますよ」
「え、あ、何で急に?」
確かめたいことがある。
* * * *
勢いよく西地区のギルドの扉を開き、中に飛び込み声を上げる。
「ナッシュはいますか!?」
うぉう、目立ってる。視線が痛いぜ。
見回すと酒場の片隅に、仲間と一緒にダベってたロンゲで茶髪の彼がいた。
「お! ついにうちのパーティーに――」
「お断りしてます」
違う、そうじゃない。俺が話したいのは。
「北地区のスラム街の状況、知ってた? あそこ、魔物の産屋への瘴気の元の一つなの」
驚いた顔のナッシュだったが、やがてうなずく。
「知ってるも何も。俺もそこの生まれだ」
聞けば、彼はスラム街で生まれ育ち、十才の時、母を病気で亡くしたという。フィルナとそっくりな境遇だ。
一つ違うのは、母が必死に
「だから、十分の一税はきちんと納めてるぜ」
「
「両方さ。それ以外にも寄付をしてる。毎日、結構溜まるからな」
なんと、レベル五十の彼は毎日1ミナも溜まるそうだ。こうなると、ほとんど依頼を受ける必要もない。
それでも、長いことマナを使わないとレベルは下がってしまうと言うので、討伐依頼があれば受けているという。
なるほど。やることはやってるわけだ。ちょっと見直したぞ、ナッシュ。
それでも、個人レベルじゃ状況はちっとも改善しない。何より、金ランクの冒険者が全員、ナッシュと同じというわけでもない。
なら、もっと上に掛け合うしかないね。
俺は西地区のギルドを飛び出すと、中央区の門へとひた走った。
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