第30話 オッサン少女、直訴する
「ちょっと! ちょっとエミルちゃん! いったい何を――」
「ノリスさんは先に、みんなの所に戻っていてください」
追いすがるノリスを振り切って、俺は門に向かって大地を蹴る。
「エミル・ジャンプ!」
相変わらず、勝手に出てくる技の名前。
高く舞い上がり、そのまま空中で一回転して門を飛び越す。
背後から門番の怒声が上がるが、それを無視して大通りを疾走する。
周囲は閑静な住宅街、というよりお屋敷街だ。高い塀で囲われた屋敷が連なってる。人通りはあまりなく、馬車が行きかうのみ。
……なるほど、お金持ちやお貴族様は徒歩で移動しないのか。
そんなことをチラリと思いながら走ることしばし。俺は中央地区のさらに中央、王宮の城壁をぐるりと回って、南側の正門前まで来た。
「何者だ!?」
当然、衛兵に
「私は魔法少女エミル。魔物の産屋の件で、国王陛下にお話しがあってまいりました」
……いや、分かってるよ。自分でも、とんでもない事言ってると。アポなしで国家元首に直訴するなんてね。
でも、事は急を要するんだ。今この時も、スラム街で苦しむ人々から生じた瘴気が、産屋に流れ込んでいるんだから。
「怪しい奴! 全員で確保!」
槍を構えた衛兵たちがわらわらと出て来て、取り囲まれた。
ううう。俺、ちょっと先端恐怖症なんだよな。そんなに尖ったものをこっちに向けないで欲しい。眼の奥がウズウズする。
「手荒なことはしたくありません。通してください」
俺としては、平和的に話し合いたいだけなんだけどな。
槍の穂先に取り囲まれて、全身がムズムズする。堪まりかねて、目の前の一本を掴むとグイッと引っ張った。
「うわっ!」
持ってた衛兵さんがズベッと転ぶ。それで人垣に空いた隙間をすり抜け、衛兵たちが出て来た通用門に飛び込んだ。
「侵入者だ! 出合え出合え!」
うわぁ。これまたベタな展開!
王宮の扉が開いて、衛兵や鎧を着た騎士がダダッと走り出てくる。その頭上をジャンプで飛び越し、建物の中へ。
ホール正面の広い廊下に入り、さらに走る。
すると、前方に煌びやかな甲冑を装備した大男が立ちふさがった。
「停まれ! 我こそは第一近衛騎士団団長、グラガス・ド・ゴライア――」
「失礼します!」
名乗りを上げる団長さんの足元を、超高速スライディングですり抜けた。背後で「待て!」とか喚く声を置き去りにして突進する。
前方に大きな扉が迫る。左右に立つ衛兵が、慌てて手にした
その手前で、俺は急ブレーキで停止。
あー、カーペットが。
「誰だお前は!」
仕方ない。本日二度目だが名乗るか。
「私は魔法少女エミル。魔物の産屋の件で、国王陛下にお話しがあってまいりました」
無茶を言ってるのはわかるが、ちゃんとアポ取って手順を踏んでたら、何週間かかるか分からない。その間にゴブリンキングか、それより厄介な魔物が生れるかもしれない。
「ならぬ! 陛下は謁見中である!」
あ、それは良かった。王宮内を探し回る手間が省ける。
「ごめんなさいね」
目の前でクロスされている
おう。さすがにマナがゴリッと減ったぞ。
「え……? あ……!」
うろたえてる衛兵を尻目に、扉の取っ手を掴む。
「失礼しまーす!」
そう言って扉を開き、中へ踏み込んだ。
中は確かに謁見の広間だった。何十畳かわからない広さで、左右には甲冑を着た騎士が列をなしている。奥には一段高い玉座があり、そこに座するのは髭を蓄えた五十絡みの男。
宝石がいくつもはまった王冠を被っている彼こそが、国王なのだろう。眼光が鋭い。
俺がズカズカとそちらに向かうと、左右の騎士たちが武器を構えて立ちふさがった。背後からも兵士たちが、団体さんでお出ましだぁ!
「何者だ!」
騎士の中で偉そうなのが誰何してくる。本日三回目か。もう、コピペで済ませたくなるな。
「私は魔法少女エミル。魔物の産屋の件で、国王陛下にお話しがあってまいりました」
国王の隣に立つ初老の男が喚きだした。
「不敬であるぞ! 者ども、この無礼者を――」
「よい」
片手を上げて、国王は男を制した。
「エミルと申したな。ゴブリンキングを討ち取り、魔物の群を殲滅したと聞く」
おう。国王にまでバレ……いや、伝わってたか。
「急を要するため、礼を欠いたことはお詫びします」
国王は眉をひそめた。
「急を要する? 危機は去ったと聞いたが」
「去ってはおりません。一時的に
俺は魔物の産屋の事を話した。どうも、こうした詳しい報告は上まで上がっていないようだ。
「……つまり、この国で瘴気が生じる限り、そこから魔物が湧きだす、ということだな?」
「はい。陛下のお膝元である北地区のスラムが直近の瘴気の源になっています」
ここで、さっきの初老の男が割り込んだ。
「陛下! やはりあの貧民どもは王都から追い出すべきです!」
国王に直接具申するってことは、コイツが宰相か。
「宰相閣下。追い出してどうするのですか? かえって絶望は深まり、より多くの瘴気が生じます」
宰相はギロリと俺をにらんだ。
「貧民など、どうなろうと知るか!」
「もしそれで命を落とせば、この国を、王家を呪うことでしょう。そうなれば怨霊となって永遠に瘴気を放ち続けることになります」
なにしろ、ここはファンタジーな世界だ。
国王は落ち着いた声で問う。
「では、どうしたらよいと?」
俺は自分の考えを伝えた。
教会や国はマナ税を集めているが、それが一番貧しい人々を助けるために使われていないこと。一旦、極貧に陥ると、そこから抜け出す事が不可能になってしまっていること。その絶望感こそが、瘴気の源になっていること。
「ですから、まず売マナ行為を禁止して、代わりに当座の生活費を一時給付し、仕事を彼らに与えるべきです」
すると、宰相がまた割り込んだ。
「貧民どもにまともな仕事など出来るわけがない!」
「そのための一時給付です。十日かそこら、全員が暮らせるほどの」
顔を真っ赤にする宰相。
「そんな
俺は宰相を指さした。
「あなたの中にあるじゃないですか」
そして、国王に向かっても。
「陛下の中にも。王侯貴族となれば、それなりにレベルも高いはずですよね?」
ビシャルが以前、「無駄にレベルを上げている」と他の貴族を批判していた。
なら、無駄にしなければいい。
「体に溜まったマナは、使えばそのうちまた溜まります。使わずにいればレベルが下がるだけです。マナは貯めるためではなく、使うためにこそ与えられているのです」
それでも、宰相は納得しない。
「何を言うか! 収められた
宰相が言うには、治水など自然災害の対策や農地の改良など、要するに公共事業をマナを使った大規模な魔法で行ってきているそうだ。
で、その公共事業を出来るだけ切り詰めて、集めたマナで賄ってきたと。
でも、それはおかしい。
「レベルの低い者は、一日に一デナしか、つまり一日暮らすのにやっとのマナしか得られません。そこから十分の一を収めるのは大変でしょう。でも、レベル五十なら、毎日その十倍が得られます。そこからの十分の一なら、負担は軽いですよね?」
税制そのものが、貧しいものに厳しく、富めるものには軽くできている。そのせいで、マナが足りなくて働きたくても働けず、貧しさが固定してしまっている。
それこそが瘴気の源だ。
「このまま国中の貧困を放置し、瘴気を発生させ続けますか? それで再び魔物の軍勢が発生したら?」
ぐぬぬ、となる宰相。
「また冒険者を募って討伐依頼を出しますか? あれの報酬もかなりの額になったはずです。なら、その分のマナを仕事を創り出す方に使ったほうが良いのでは?」
公共事業をマナを使って――ようするに大規模魔法で行う代わりに、人の手を使って、マナを報酬として与えて行う。そうすれば困窮者は減り、瘴気も減る。
また、貴族など高レベルの者には別途課税をする。
……というか、あれだな。累進課税ってやつだ。
レベルに応じた所得税みたいなものを設ければいい。
などなど、思いのたけを国王にぶつけた後。
今度は国王が問いただしてきた。
「して、エミルよ。先ほど、瘴気の源は他にもあると申しておったな?」
「はい。なので私は、この件に目途が付いたら、エメリウス辺境伯領に行こうと思います」
すると、背後で「げぇ!?」という声が漏れ聞こえて来た。
振り返ると、取り巻きを従えた男の姿があった。どうやら、本来の国王陛下との謁見相手だったらしい。
ど派手な成金趣味の衣装だが、顔は某国民的妖怪漫画のメインキャラ、ネズミ男とでも言いたいほど貧相だ。その衣装と顔のギャップがすごい男が、高難易度の極端な海老ぞりを成し遂げていた。
ウルトラCか?
「エメリウス……だと?」
絞り出すような声に、国王が冷ややかに被せる。
「ふむ……奇遇だな、メギドス子爵。そちの寄親ではないか? エメリウス辺境伯は」
ネズミ男の顔が、一瞬で瘴気にまみれて見えなくなった。
おや~? これは面白くなってきたぞ?
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