第27話 オッサン少女、産屋へ入る
瘴気を浄化しつつ、産屋の洞窟を奥へと進む。
道は一本で魔物も出てこないから、ダンジョンと言うほどではない。
「……これはおそらく、土属性魔法で作ったのだな」
ビシャルの声に振り返る。
彼は魔法で出した光玉を壁の方に近づけて、表面を撫でまわしていた。洞窟は高さも幅も二メートルほど。
「わかるんですか?」
「うむ。魔法で岩を抉り土を押し固めると、こんな凹凸が生じる」
なるほどな。確かに、浅い球面の窪みが、なんとなく規則的に連なっているようにも見える。
誰かがこの洞窟を掘り、頑丈な鉄の扉で封印した。この中に瘴気を溜めこむために。
そして生まれたのがゴブリンキングで、扉を破壊して外へ出た。
洞窟の奥では次々と魔物が生まれ、それらをゴブリンキングが従えて行った。
と、言うことなのだろう。
数メートルずつ、瘴気を浄化しながら進む。
やがて、洞窟が急に広くなった。
「浄化!」
そこは直径が十数メートルほどの、ほぼ半球形の広間だった。
その中心には、高さ一メートルほどの粗削りな石柱が十数本、環状に建てられていた。小さなストーンヘンジのようにも見える。
俺はその一本に近づいた。
「……これ、魔石ですね」
石柱の上にはめ込まれた丸い石を指さす。
「魔力は、ほぼ切れてますけど」
僅かながら、瘴気が残っているのが感じる。いわば、浄化をし損ねた売れない宝珠だ。
それでも、
その瘴気を浄化してから、試しに魔石の一つを浄化してみる。
「まだ、湧いてきますね……」
今度は、はめ込まれている魔石を外してみた。まだ沸いて来る。石柱をメイスで破壊しても同じ。
そこでビシャルが。
「どうやら、この魔法具は役目を終えているようだ。おそらく、国中の瘴気をここに引き寄せる、『流れ』を創り出すための物だったのだろう」
「……つまり、この石柱を破壊しても、ここに瘴気は湧き出てくるんですね」
厄介なことになった。
いくら瘴気を浄化しても、後から後から湧いて来る。
「もう一度、入口を
「再度、ゴブリンキングのような魔物が生れるだろうな。封印を破れるほどに上位のものが」
ビシャルに言われて、ぐぬぬとなる。
「この広間を埋めてしまえば――」
「土石がゴーレムになりそうだな。ストーンゴーレムは倒しにくい」
ぐぬぬぬぬ。
かと言って、こんな地下に留まって毎日浄化するなんて、真っ平ゴメンだ。
その時、背後から声がかかった。
「それだと、どうなるのかね?」
振り返ると、ブキャナンたちギルマス連が広間の入口に立っていた。
俺はビシャル先生に答えを求めた。
先生、やっちまってくだせぇ!
「しばらくは要監視、だな。銅ランクを何組か外に残して、魔物が出て来たら退治する。もっと高ランクが出たら、金銀ランクに討伐依頼を出す」
それが現実的な案だろうな。
「つまり、今回はそれ以外の者は退却か?」
ヘッケラーの問いに、ビシャルはうなずいた。
「定期的に監視役のパーティーは交代させればいい。最初の組の糧食などだけ残して、我々は王都に戻ろう」
なら、外へ出るかな。
俺は最後に立ち上って来た瘴気を浄化すると、入口へ戻りつつ、つぶやいた。
「……やっぱり、臭いニオイは元から絶たなきゃダメ、ですね」
* * * *
翌朝、俺たちは森を出て、王都への帰路についた。
監視役に銅ランクのパーティー、三組を残して。テント一つに彼らの分の糧食を出しておいた。
ちなみに、三組なのは二十四時間三交代で監視するためだ。森の入り口をベースキャンプとし、一組がそこを警護、一組は産屋を監視に、一組が休憩する。そう、役割分担をするわけだ。
この「魔物の産屋の監視」も、ギルドで常設の依頼となるはずだ。おそらく、五つのギルドでの持ち回りになるだろう。
……そして、帰りの行程は問題なく続き、夕方には王都にたどり着くはずとなった、最後の休憩で。
「やっぱり……一番近いのは王都、ですね」
そうつぶやいたら、アルスが聞いてきた。
「それって、例の瘴気の出所?」
「ええ」
気になったので、「瘴気探知」で産屋に流れ込む瘴気を逆にたどってみたのだ。思った通り、一番太い流れは南東、辺境伯領のある方角からだが、それ以外にもいくつもの流れがあった。
「どうも、王都の北側の瘴気が濃いみたいで――」
すると、ブールがため息をついた。
「……やっぱりな」
「何かご存知なんですか?」
すると、代わりにテリーが答えてくれた。
「あのへんは
この国は、暖かい南部が農業に適しており、今歩いている街道の両脇も、たわわに実った麦畑だ。しかし、北部は山がちで、王都を出てすぐに岩だらけの荒地となってしまうらしい。
そんなわけで、王都の南側は比較的豊かで治安が良い反面、北側は北部で食いつめた流民が多く入り込んでいるそうだ。
俺は北地区ギルドのマスター、グロックを思い出した。作戦会議で、わざわざ煽るような発言をしていた。
……気難しいのも、そんなところに原因があるのかもな。
* * * *
その日の夕方、予定通りに俺たちは王都に帰還した。出発時と違って、帰還時は直接、それぞれの所属するギルドに戻るということで、西地区のナッシュたちとは王都の門で分かれた。
「なぁ、エミルやっぱり――」
「お断りします」
イケメンのお誘いでも、ダメなものはダメ。
荷物運び役兼、リーダーの愛人として囲われるなんて、言語道断だ。
そして、ほぼ十日ぶりのギルドへ。
レイド戦の完遂は既に伝わっていたので、各パーティーはATM魔法具で報酬を受け取り、レベルを確認する。えらい長さの列になってる。
「エミル嬢。ちと、こちらへ来てもらえますか?」
馬鹿丁寧な呼びかけ。ギルマスのブキャナンだ。
余りにも似つかわしくなくて、ちょっと引く。が、今回の事を考えれば当然か。
そう自分に言い聞かせて、彼について行くと、ギルド裏手の練習場だ。てっきり、預かってる物資の返却だと思って出し始めると、違うと言われた。
「査定が必要なので、倒した魔物の死骸をお願いします」
なるほどね。魔石は重要だものね。しかも、今回は五つのギルドで配分しなきゃいけないし。
戦闘があったたびに収納しているので、どんどん出していく。最初の奇襲から、最終決戦まで。
よくもまあ、こんなに倒したものだ。
「あの……それで、まことに言いにくいんですが……」
言いよどむブキャナン。
「何でしょうか?」
「預かってもらっている物資ですが、週一回、必要量ずつお渡ししていただけますか?」
ああ、なるほどね。
いくら保存食とはいえ、二週間近く経てば味も変わる。毎日食べてりゃ、そりゃわかるだろう。俺の収納魔法が時間停止付きだ、という事が。
ならば、残りを産屋の監視組への糧食に使えば、何カ月も先まで持つわけだ。今回、王都中の物資をかき集めたんだから、腐らせるわけにいかないよな。
なので、俺は答えた。
「それは構いませんけど、あそこまで運ぶのは無理ですよ?」
俺には俺のやることがある。魔法少女としての役目が。
「ええ、もちろんです」
ブキャナンがニコニコ顔だ。ストレスが減ったか。
とりあえず、俺が王都にいる間は、必要量を毎週出せばよいことになった。
「それで……冒険者ランクのことなんですが……」
更に言いにくそうだ。
「あー、その辺はみんなと話してみないと……」
今回、レベルがいくつまで上がってるかによる。ランクにレベルが追い付いていないと、依頼を受けても果たせない可能性が高い。
何より、命を落としかねない。
「わかりました。では、そちらは魔石などの査定が終わってからということで」
ブキャナンはそう言うと、深々と頭を下げた。
一応、話はまとまったので、当座必要な分の糧食を収納から出して、俺は仲間たちのいるATM魔法具のところへ。
ブールたちは、銅ランクとして見合ったレベル十五に。ビシャルもレベルが上がったが、まだ銀ランクの二十以上には届かなかった。
俺はというと……レベル七。鋼ランクの基準には三足りない。まだまだ精進、だな。
というわけで、俺たちのランクは当面据え置きとなりそうだ。
その後は、いつものように宴会だ。って、いつも俺が頼んでる炭酸水、本当にノンアルなんだろうな?
ノンアルなら、なんで
「ノリスたん。あちた、付き合ってくらはい」
「え?」
ビックリしながらも、喜んでるな。
「一緒に、スラム街へ行って欲しいれす」
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