第26話 オッサン少女、殲滅する

 食事をとって仮眠し、そのまま森の中へ。

 いや、無謀だってのはわかってる。ブレスレットは宝石一つ分しかマナはない。変身したら即、マナ切れだ。

 もし、森の中で襲われたら、変身せずに何とか身を守るしかない。それでも、魔物に回復の時間を与えるわけにはいかない。


 それでもある意味、魔物の討伐で森に入るというのは、冒険者にとっては日常だ。レイド戦で大人数で行軍、と言う方が珍しい。

 なので、今は金や銀ランクのパーティー1組が、それぞれ銅ランクのパーティーを十組ほど従えて移動している。全体を十数組のグループに分けたわけだ。

 戦力が偏りすぎると、弱い所を狙われる。グループに分けて、個別に前衛・後衛と分けられた方が良い。

 見通しのきかない森の中だ。敵は常にどこからでも奇襲を仕掛けてくるのだから。


 俺たちは先頭のグループで、ブキャナンと金ランクのパーティーに率いられている。

 マナ切れ中の魔法少女は、ただの少女。なので、大事に守られているのが現状。


「キュイィィー!」

「敵襲! 前方より!」


 ギズモとテリーの警告で、緊張が走る。剣士は抜刀し、魔術師は詠唱にかかる。ブキャナンも、現役時代のままの構えだな。

 俺も変身しないまま、万一の自衛のため、炎の矢の詠唱を始めた。


 来た!


 藪の中からゴブリンが数匹飛び出してくる。

 金ランクの剣士が鮮やかな太刀筋で切り捨てる。残りもブールが弾いてノリスが止めをさす、いつものパターン。

 俺は詠唱を中断し、マナを温存した。


 森に入ってからずっと、こうした散発的な襲撃が続いている。小規模なので、前衛を抜けてくることはほとんどないけど、気が休まらない。


「ふぅ……とにかく、マナを使わずに済んでるのは助かりますね」

「もちろんだ。金ランクは伊達じゃないからな」


 ビシャルは落ち着いた声でそう言った。


「まぁ、彼らも思うところはあるのだろうよ。君に助けられているからな」


 最初の奇襲を受けた時。治癒魔法をかけた中に、今の剣士もいた。森に入る前に少し話たが、確かナッシュと名乗ってた。こげ茶でロンゲのイケメンだ。

 正直、奇襲を受けた時のていたらくで、俺の中での評価は最低だった。しかし、こうして目の前で戦ってる姿には安定した強さを感じる。


 やがて日が傾き、野営の準備となった。

 前回の反省から、グループに分かれて野営することとなった。一つにまとまると、内側の者が游兵、つまり戦いに参加できない戦力になってしまう。なので、移動グループごととなったのだが。

 面倒なのが糧食などだ。グループごとに収納から出してやらないといけないので、最後のグループまで往復しなければならない。

 まぁ、移動するのは構わないけど、こまめに取り出すのは結構マナを食うんだよな。ブレスレットのマナが回復しきるまで、体内の分しか使えないし。


「あんたのその収納魔法、すげぇ便利だな」


 護衛としてついてきたナッシュが感心する。


「是非とも、うちのパーティーに来て欲し――」

「お断りします」


 きっぱりと。


「荷物運びだけじゃ、私自身のレベルが上がりません。そんな飼い殺しは真っ平です」

「手厳しいな」


 ナッシュは苦笑する。


「ギルマス連と談判して、レイド戦継続を訴えただけの事はあるな」

「王都の喉元に、魔物の産屋なんてのが突き付けられているんです。一日だって放置できませんよ」


 面と向かってそう言うと、ナッシュの鳶色の瞳がすがめられた。


「突き付けられた、か。誰かが仕組んだとでも?」

「当然でしょう?」


 やれやれだ。未だにみんな、これが自然発生だと思い込んでいるのか?


「証拠があります。ゴブリンキングが持っていた戦斧。あれ、どう見ても元は鉄の扉ですよ。取っ手までついてましたから」


 そう。魔物の棲む森の奥に、なぜか人の手になる扉があった。つまり、何者かが扉で封じ込めたわけだ。

 おそらくは、魔物の産屋を。瘴気が十分に溜まるまで、誰も入れないように。


「……一体、誰がそんなことを」

「わかりません。でも、放置したら多分……」


 これは、ビシャルとも意見が一致した。


「この国どころか、この世界が終わります」


* * * *


 連日の夜襲を撃退しながら数日。なんとか変身せずに戦いながら、森の最深部へとたどり着いた。


「すごく……大きいです……」


 鬱蒼うっそうと生い茂る木立の向こうから感じる、瘴気。もう、物理的な硬さを感じそうなくらいのが、そそり立っている。

 その手前に感じる細かい瘴気の塊りは、無数の魔物たちだろう。


 そして、総力戦が始まった。

 藪を突き破って襲い掛かって来る魔物。ゴブリン、ブラックベア、レッドファング、グレートリザードなどなど。

 それを剣で切り伏せ、魔法で焼き尽くしながら押し返す。


「くそっ! 雑魚のくせに強いぞ、こいつら!」


 ナッシュが吐き捨てるように叫ぶ。


「……瘴気が濃いから、ですね!」


 俺も変身しないまま、後衛から炎の矢で牽制し続ける。

 ギルド証も指輪も、マナは十分溜まった。火力の小さい初級魔法なら、気にせず撃つことができる。


 そして、最後の藪を抜けると。


「! ここは……」


 唐突に木立が途絶え、開けた場所に出た。

 周囲は高さ数十メートルの巨木が並び、正面には大岩が鎮座している。そして、その空き地を埋め尽くす魔物の群。


「おそらく、あの大岩が目指す場所でしょうな」


 ビシャルの言葉に俺もうなずいた。


「なら、殲滅しましょう。私が変身して引き付けますから、その間に大岩に取り付いて陣を築いてください!」


 大岩を取り囲み、魔物を瘴気の元から引きはがす。少しでも距離が開けば、魔物は弱っていくはずだ。


「変身!」


 光の渦に包まれての変身ダンス。味方ばかりか、魔物まで凍り付いたように魅了される。


 ええっ!? ゴブリンだけじゃなくて獣系も?

 やだやだ! 獣姦は勘弁!


 なので、「明るい魔法」宣言の後は空き地の片隅に移動し、収納から借りてたメイス二本を取り出して、二刀流の構え。


「大魔法、メイスの乱舞!」


 たちまち押し寄せる魔物の群。

 それを二本のメイスを振り回して、剣の舞いのようにぶちのめしていく。時には新体操の演技のごとく、投げてジャンプし、上空から殴打。


 ……いや、魔法だよ。魔法なんだよ! 魔法少女なんだから!


 ゴブリンキングみたいに浄化してしまえばいいのだが、あれは接近して一体ずつしかできないし、時間もかかる。こんなに魔物どもの数が多くて動きも激しいと、浄化する暇がない。

 だから、撲殺。

 撲殺、撲殺、さらに撲殺!


 そうして魔物の大掃除をやっている間に。


「エミル! こっちはたどり着いたぞ!」


 ブールの叫ぶ声。

 他の仲間は大岩に取り付いた……らしい。

 だって、大岩の周囲、瘴気で真っ黒だから、まったく見えないんだもの。


「全魔法師で上級魔法を連射する! エミル、そこから脱出しろ!」


 ビシャルの声で、俺は二本のメイスを振り回しながら一旦遠ざかる。そこから反転して魔物の死体を踏み越えて助走すると、大岩の上めがけて跳躍した。


「エミル・ハイジャンプ!」


 お約束の技名を、勝手に叫んで!


 そして俺が岩の上に着地すると、足元からいくつもの詠唱の声が上がって来る。


「「「「……爆炎!」」」」

「「「「……炎の雨!」」」」

「「「「……火炎旋風!」」」」


 魔物たちの中で無数の爆発が起こる。

 上からは炎の雨が降り注ぐ。

 そして、燃え盛る竜巻に巻き上げられながら、悉く焼き尽くされていく。

 それらが消えたときには、空き地には動かなくなった魔物のむくろだけが残った。


「やった……」


 思わず、大岩の上にヘナヘナとペタンコ座りをしてしまう。


「でも、まだ終わりじゃない!」


 自分を奮い立たせて、大岩から飛び降りる。下は瘴気で真っ黒だった。目と鼻の先も見えない。


「浄化!」


 唱えると、周囲数メートルの瘴気が消えた。しかし、その先はまだ、瘴気で真っ黒けだ。

 疲れ果てて座り込んでいる冒険者たちの間を縫って歩きながら、浄化を唱え続けて大岩の周りを一周した。


「エミル」


 背後から呼ばれて振り向くと、ビシャルが手招きしていた。


「多分、ここが入口だ」


 大岩の根元にぽっかりと穴が開いていた。そこから大量の瘴気が噴きだしている。

 折角、浄化したのに。


「中を確かめましょう」


 俺は穴の中に手をかざして浄化を唱えた。

 数メートル先までの瘴気が消え、斜め下へと続く洞窟が見えて来た。

 良く見ると、入口の周りは岩が砕けていて、その断面は新しそうだった。そして、扉の枠だったような鉄材も転がっている。


「やっぱり、ここにはめられていた扉だったのね」


 仲間を治療中のアルスを残して、俺たちは洞窟へと踏み込んで行った。


 ここが魔物どもの産屋に違いない。

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