第25話 オッサン少女、追撃する

「たとえ私一人でも構いません。このまま魔の森の奥を目指します」


 と、威勢よく宣言したものの、実際には厳しい。マナが切れたら手も足も出ないから、魔物が物量で押して来たら一人ではどうしようもない。

 しかし、魔物の産屋なんて、一日でも放置できないから。多分、その分だけ魔物が生み出されてしまう。

 何度もこんな戦いをすることになれば、こっちがジリ貧だ。

 なら、敵に時間を与えちゃいけない。


 すると、ブキャナンたちギルマス連が慌てだした。


「いや、それでは物資の輸送が――」

「全部、外に出しておきます。後はご自由にどうぞ」


 そう言って立ち上がろうとしたら、滝のような汗をかいたブキャナンになだめられた。


「ギルド連の総意としては、まだ引くとも進むとも決まってないのだから――」

「引くのなら物資はお任せします。進むのなら持っていてもいいですが、『私に』同行するのですか? それとも『私を』同行させるんですか?」


 ここは譲れない。あんなズブズブ・ユルユルの警戒態勢で奇襲され、最後尾から救助に向かうなんて、もう真っ平だ。それで助けられない命がでたら、俺の心が折れちまう。

 死者は既に出ているけど、今のところ知ってる顔にはいないから、何とかなってる。


 俺、元は日本人なんだからね。あの世界で一番平和な国に生まれ育ち、一生、血を見ないで済むはずだったんだ。無駄な血を見せるなコノヤロ。


 出発前に絡んで来た下司どもだって、さすがに「汚物は消毒」までは思ってないから。無事に都に戻って、相応の町娘と子孫繁栄してくれたまえよ。


 すると、ブキャナンがいきなり土下座。

 こっちでも、それやるのか!


「申し訳ない。今回集めた物資は、王都で手に入るほぼすべてなんだ。エミル嬢がいなければ、持ち返ることすら怪しい」


 ふーむ。そこまで言うのならね。


「なら、前回みたいなみっともない醜態をさらさないでくださいね」


 でもって。目一杯のドヤ顔で。


「私『に』同行したいというのなら!」


 おい。ビシャル。なに肩をヒクヒクさせてるんだ?


* * * *


 まったく。

 とんでもないお嬢様だな、エミルは。


 傍らの杖の宝珠に目をやり、これが浄化されたときの事を思い起こす。禍々しい魔力を秘めた魔石。どんな敵でも撃ち滅ぼす、絶大な力だった。

 この杖を得たからこそ、俺は冒険者としてやってこれた。魔物を、野盗を打倒し、ランクを上げた。

 しかし、それは魔物を産みだす瘴気の元でもあった。だから浄化された。エミルによって。


 今回も同じだ。

 魔の森。かつては街道の通る普通の森だった。奥地にはそれなりに魔物もいたが、ほとんど外には出てこなかった。

 それが明らかに変化した。原因はやはり、瘴気だ。森の奥に、瘴気の集まる吹き溜まりがある。魔法具なのか何なのかは不明だが。

 たった一人でも、それを浄化しに行く。そう彼女は宣言した。


 私『を』同行させるのか。

 私『に』同行するのか。


 ああ。もちろん後者だとも。君『に』同行するさ。どこまでもな。

 我が聖女よ。


* * * *


 結局のところ。

 レイド戦の討伐隊は魔の森へと前進した。そして、翌日の夕方には、森の入口へとたどり着いた。


「どうでしょうね? また奇襲されますか?」


 俺が疑問を口にすると。


「ないとは言い切れんが、前回や我々が初めて襲われた時とは状況が異なるな」


 と、ビシャル先生。

 そうだよね。ここで前回以上の攻撃を受けたら、俺が倒したゴブリンキングが偽物か、代わりがいたということになるからな。

 いくらなんでも、この短期間にゴブリンどもが普通に子孫繁栄して、次世代を産みだしているとは思えない。おそらく、「魔物の産屋」で発生しているだけだ。

 なら、大きな瘴気の発生源だったエメリウス辺境伯、ラムセス・アトレイアを除霊したのだから、少なくとも魔物の発生率は下がっていて良いはずだ。


 今現在、ブレスレットの宝石は六つが点灯。朝まで持てば満タンだ。

 そう考えると、逆に夜襲を受けるのが当然に思えてくる……これ、フラグだよな。


* * * *


 ……はい。フラグ回収しちゃいました。絶賛、夜襲を受けてます。


 森の奥からめつける目。多分、獣。魔獣だな。

 ゴブリンメイジやキングに感じたような、知性ある悪意は感じられない。ただひたすら、激しい憎悪と、もっと粗削りな悪意を感じる。


「ゴブリンじゃないようですね」


 つぶやくと、ビシャル先生が答えた。


「主体は別種の魔物、ということか」


 狼系などの獣……魔獣だね。

 尤も、魔獣と言えども上位種には高度な知性があるらしい。面倒だな。

 知性があるというだけでは、話が通じない。ゴブリンキングとの会話で、そう感じた。

 先の戦闘で、ゴブリンの大半は逃げ帰ったはずだ。しかし、ここには出てきていない。多分、もっと森の奥、産屋の近くにいるのだろう。


 魔物の産屋。魔物にとっての聖域。

 「魔」なのに「聖」とか、矛盾しまくりな名前だけど。ヒトが聖域に感じるようなものを、ゴブリンキングが「魔物の産屋」に抱いていると、あの時感じた。


 本来、魔物は徒党を組んだりはしない。狼系など、同種なら群を作るが、種族を越えて協力などしない。それが常識だったそうだ。

 しかし、眼前の闇からこちらをめ付ける眼光は、共通の憎悪で彩られている。

 瘴気。

 この世の恨み、憎しみ、嫉みから生じた、全てを焼き滅ぼそうとする思いだ。それこそが魔物を駆り立てている。


 ならば、全て浄化するのみ。


 ……それでも。

 なんでこの世界には、邪悪に染まった存在がいるのだろう。


 ゴブリンキングが守ろうとした、「魔物の産屋」。絶対、滅ぼさないといけない、邪悪の極み。


 ……それでも。


 魔物という、この世界の「正道」から外れた彼らにとっては、「聖地」だ。この世の瘴気、人々の恨みや怨嗟がよどむ場所。


 どう考えても、発生源は「人」だよね? 例え、そこを破壊できたとして、瘴気の元を絶たないと何の解決にもならないのでは?


 あー。ストレス溜まるわ。貯まるのはマナだけにしてください。


 ちょっとだけ、ブキャナンが羨ましいかな。どれだけストレス溜まっても、もう抜ける毛が一本もないんだから。


「「「「グアルルル!」」」」


 そして戦闘開始。森から湧き出る、魔物、魔物、魔物。それを全員でぶちのめしていく。

 俺も変身して、別なパーティーから借りたメイスを振り回しながら。

 撲殺! 撲殺! 撲殺!


 俺、こう見えて動物は好きなんだよ。犬とか猫とか。こいつら、目つき悪いしやたらデカいけど、犬猫じゃんか。

 涙を飲んでぬっ殺しましたよ。頭蓋骨砕いて、はらわたぶちまけて。


 やがて日が昇るころには、魔物の森の前には死体の山が築き上げられていた。襲ってきた魔物はなんとか片付いた。

 魔石の取り出しをやってる暇はないので、サクッと収納。王都に持ち返ってからだな。

 こちらも、重傷者はいたが死者はなし。こっちは俺やアルスたちの治癒魔法で回復できた。


 そして、テントの中で変身を解く。返り血や他の液体でドロドロだったが、魔法少女の衣装と共に全部消えて、普段の装備に戻った。


 テントから出ると、太陽の光に目がくらんでよろけてしまった。


「大丈夫か!?」


 ブールが抱き留めてくれたが、お前の方は血とか汗とか臭いぞ。


「……大丈夫です。マナが切れかけてるだけです」


 実際、マナの殆どは治癒魔法で使った。今回、攻撃魔法は使わず、物理のみ。あの火魔法の威力じゃ、味方を巻き込みかねないからね。

 でもなぁ。物理はグロすぎるんですけど……。


* * * *


 エミルちゃんは凄い。

 手にした傷だらけの杖――というか、メイスを撫でながら。

 これを振るっての大立ち回り。挙句は、なんと敵の対象との一騎打ち。

 見た目はあどけない少女なのに、敵を前にして一歩も引かない。それどころか、今だって果敢に立ち向かって行こうとしている。

 それでいて、戦いで傷ついた者のために涙し、懸命に治癒魔法をかけて回る。マナ切れでフラフラになるまで。


 強さと優しさ。その両面を兼ね備えた彼女。

 僕ら回復士の理想だ。

 そんな彼女に、僕は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る