第24話 オッサン少女、ボスと対決

 気色悪さに耐えて、メイスを振るいながら突進することしばし。


 見えた! 前方にひときわ大きな影。瘴気をまとって真っ黒だ。

 周囲を取り巻くゴブリンメイジが、慌てて俺に向けて呪文を唱えだした。


「これでも食らいなさい!」


 メイスを両手に持ってフルスイング。数匹のゴブリンが弾き飛ばされ、ゴブリンメイジに突っ込んだ。

 すると、瘴気の塊りが立ち上がった。


 デカイ。上位種にはホブゴブリンとかいるらしいが、どう見てもコイツは三メートルはある。しかも、体型も普通のゴブリンと違い、筋肉ダルマだ。

 いったい、何を食ったらこうなる? ……いや、瘴気か。こいつら、瘴気から生まれたんだからな。


「あなたが大将ね! 覚悟なさい!」


 そう宣言してメイスを構えると、敵将……おそらくゴブリンキングは戦斧を手にした。


 いや、斧だよな、あれ? 丸太に鉄の扉を括りつけたんじゃないか? サイズだけじゃなくて、扉らしく取手もついてるぞ。

 ……刃もついてるけど。


「ココカラ先ニハ行カセヌ!」


 おっ? 喋りやがった!


 これだけの戦術を駆使してるんだから知性が高いと思ってたが、まさか人語を喋るとはな。


 そして特大戦斧の薙ぎ払いが来る! 俺はバク転でかわし、キックで後方にいた奴らを蹴散らす。

 げっ、マナをごっそり持って行かれた。やっぱり、肉弾戦は避けないと。

 俺はメイスを構えると、身体ごと高速で振り回した。周囲の邪魔なゴブリンどもが弾き飛ばされていく。

 残りは圧倒されて動けないようだ。


「さて、舞台は用意できたわよ」


 一対一の勝負だ。


 ガツン!

 特大戦斧の刃を、メイスの柄で受け止める。


 あう……これでもマナを持っていかれる。どうやらメイスにも、壊れそうなときは防御の結界を張ってるらしい。確かに、そうでなきゃとっくに折れてるよな。


 持久戦では不利だ。何とかして決着をつけないと。

 しかし、ゴブリンキングの攻撃をかわしながらでは、呪文の詠唱は難しい。あの斬撃を一発でもまともに食らえば、即、マナ切れだ。


 そこで、はたと気づいた。


 マナと言えば、魔物の場合は瘴気だよな。で、コイツは特に瘴気に溢れてる。

 な、ら、ば!


 大ぶりの戦斧をかいくぐり、懐に飛び込んで唱える。


「浄化!」


 掲げた手のひらから白い光が発し、ゴブリンキングが纏う黒い霧を浄化していく。


「グワァアアアア!」


 浄化された瘴気はマナとなって、ブレスレットに吸収されていく。

 瘴気を失うにつれ、奴の身体は縮んでしなびて行った。戦斧を取り落とし、その場に倒れ込む。


「ヤラセヌ……ワレラノ……ウブヤ……ウブヤハ……」


 それでも戦斧に向かって這って行き、手に取ろうとしてもがく。その頭にメイスを振り下ろすと、普通のゴブリン同様、グシャリと潰れた。


 ……ウブヤ? もしかして産屋か?


「やっぱり、森の奥に魔物を産みだす魔法具が?」


 周囲がざわつきだした。大将を討ち取られ、統率するものがいなくなったゴブリンたちは、それこそ蜘蛛の子を散らすように逃走していった。


「エミル!」


 背後から仲間たちが駆けよって来た。


「ゴブリンたちが引いて行くが、大将を倒したのか?」


 ブールに向かってうなずき、足元のゴブリンを指さす。


「コイツがか? 大して強そうには……」

「もの凄い瘴気をまとってて、それで巨大化していたようです」

「……ふむ。瘴気か」


 振り向くと、ビシャルが顎に手を当てていた。


「瘴気を浄化したわけだな?」

「はい。浄化してマナに……」


 そうだ、マナだよ。確か、ブレスレットが吸収してなかったか?

 触れてみると、宝石は全部光った。満タンだ!

 メイスを収納に入れ、ギルド証と指輪を取り出し確認。どれも満タン!


 やったぜ!

 なら、やることは決まった。


「こちらの被害は?」

「さすがに皆無とは行かんかったな。銅ランクが十数名、銀も数名が命を落とした。負傷者は数え切れん」


 ビシャルに言われて気が付いた。仲間が一人足りない。


「アルスくんは? ……まさか!」


 武器のメイスを借りてしまった。身を守る手段を。

 身体が冷えていく。足元の地面が不意に消え去り、暗闇の中、どこまでも落ちていくような感覚。


 その時、肩を叩かれた。いつの間にか閉じていた目を開くと、ブールが微笑んでいた。


「無事だよ。向こうで治癒魔法をかけて回ってる」


 ……良かった。


 安堵の余り、その場にくずおれそうになった。けど、気をしっかりと持ち直して。


「じゃあ、私も!」


 今なら、手足の一本や二本、生やしてやれる。


* * * *


 ……腕二本と片目でした。はい。

 レベルが上がったせいで、何とかマナ切れせずに治療を終えることができた。……結局、ギルド証も指輪もマナを使い切ったけど。

 亡くなった方にはどうしようもないけど、冒険者を廃業する人は出さなくて済みそうだ。

 遺体の方も収納した。王都に戻ったら埋葬することになる。


 そして、またみんなに囲んでもらって変身を解く。

 もう魔法少女の姿は全員に見られているので、秘密にしても仕方ない。ただ、説明が面倒だなぁ。

 特に、こっちをガン見して固まってるブキャナンが。


 いや。その前に。


「あの、アルスくん。これ、ありがとう」


 収納魔法で取り出した、アルスのメイスを返す。

 便利なもので、収納するときには汚れなどをきれいに除いた形で行える。だから、ゴブリンどもの血などは付いていない。

 とは言え、強化された腕力でぶちかましまくったから、傷だらけだ。


「あの……戻ったら新しいのを――」

「大丈夫だよ、これで」


 ニッコリ笑って受け取ってくれた。

 ……だけでなく。

 向こうを向いて撫でまわしながらニヤニヤするの、見なかったことにしておこう。


* * * *


 糧食などを出していたテントにて。

 それらは今、収納魔法でしまってあり、代わりに折り畳み式のテーブルと椅子が出してある。

 作戦会議だ。

 参加者はブキャナン達のギルマス連と、ビシャル、そして俺。

 テーブルの上には、ゴブリンキングの戦斧が載っている。これだけでテーブルの脚が潰れそうだ。


「……信じられんな」


 中央区のギルマス、ヘッケラーと名乗った男がつぶやいた。赤錆色の髪の、ちょっと神経質そうな顔つき。


「この、こむす……お嬢さんが、ゴブリンキングを倒したというのか?」


 はい、小娘ですよ。構いませんよ。

 俺はうなずいた。


「瘴気を浄化してしまったので、魔石も証拠となる部位もありませんが」


 マナに変換して吸収しつくしたからなぁ。死体も普通サイズに縮んじまったし。

 残ったのは、このバカでかい戦斧だけだ。

 ……しかし。ホントにこれ、鉄扉だな。どこにあったんだ?


 すると、隣に座ったビシャルが。


「信じる、信じないという状況ではない。ゴブリンどもが退却したのは事実だ」

「それは……そうだが」


 ヘッケラーは釈然としない様子だ。

 そこへ、ブキャナンが話を戻す。


「本題に戻ろう。今後、どうするかだ。このまま予定通り進軍を続けるか。一旦、王都に戻って体勢を整えるか」


 それに西地区のギルマスが答えた。確か、名前はベレッタ。黒髪の四十代に見える女性だ。


「二十名近く死んだが、まだ十分に戦える。何より、本当に大将を討ち取ったのなら、残りは雑魚だろう」


 すると東地区のが反論する。


「今回、敵の奇襲を受けるという致命的なミスがあった。こちらの指揮系統や索敵の体制を見直した方が良い」


 ウェッソン、とか言ったな。麦わら色の髪で、五十代だろう。

 そこに北地区のが噛みつく。


「ふん。なら、お前らだけが引き上げれば良い。これだけ人を出したのだ。ちゃんと成果を上げないとな」

「なんだと!」

「まあ待て、東の。グロックも煽るな」


 ブキャナンが汗を拭きながら抑える。

 北地区のグロック。ダークグリーンの髪。なんかこう、気難しそうだ。


 そこへビシャルが。


「いずれにせよ、あの森を放置することはできん。時間がたてば、今回以上の敵が現れる可能性が高いのだからな」


 さすが、ビシャル先生。そうなんだよ。

 瘴気はこの世界のどこにでもある。誰もが実は、微量の瘴気を発してたりする。現に今も、ウェッソンとグロックの間に渦巻いてるし。

 浄化したくなって、ウズウズする。


 目を閉じて「瘴気感知」を働かせると、はっきりわかる。これはどうやら、収納魔法のように変身しなくても使えるモノらしい。

 脳裏にはこの王都の周囲の大まかな地図が現れ、瘴気の濃淡がその上に重なる。そして、その瘴気の流れも。

 あの魔の森の奥に、確かに国中からの瘴気の流れが集中する場所があった。


 ……ここがきっと、「魔物の産屋」だ。


 オークキングが、命を張って守ろうとした場所。矛盾するけど、魔物の聖地みたいな感じだ。

 邪悪なはずの魔物が、何かを守るために命をかけるなんて……。


 だけど、俺としては答えはひとつだ。

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