第23話 オッサン少女、休まらない

 その日は明るいうちから野営の準備。そして昼食を食べたら仮眠を取る。


 もうね。間違いなく夜襲するでしょ、敵なら。

 こんなところは人間側の方が不利だな。魔物なら手下の命なんて無視するだろうけど、こちらはそうはいかない。


 それに、金ランクの連中も大したことないな。奇襲を受けたってことは、油断し切ってた証拠。銀ランクも、あそこまでうろたえてどうするんだと。

 銅ランクは仕方ない。逃げろと言われたら逃げただけ。むしろ、俺たちこそが命令違反だ。

 まぁ、ブキャナンは既にストレスで抜ける毛もない状況だから、言わないでおくけど。


 で、そんなことをつらつら考えているとですね。普通なら、青空のもとで昼寝するのは気持ちいいんだけど、なかなか寝付けないわけですよ。

 ブレスレットに触れて、マナの残りを確認。宝石はひとつしか灯らなかった。

 さっきの回復魔法で大量に消費してしまったから。


 そこで、あることに気づいて飛び起きる。


 ……いけね! 財布の指輪!


 うっかりしてた。ギルド証もすっからかんだ。全額、ブレスレットに吸い取られちまってる。


 ……まぁ、ブレスレットのマナが満タンになれば、おこぼれが入るんだけど。どう考えても、その前に夜襲を受けるだろうから。

 というか、この調子で連日変身してると、満タンになるときなんてあるんだろうか? いや、一度変身しちまうと、その後は体内のマナしか使えないんだな。

 ううう。そうなると、マナ切れする前に変身か。

 魔石のマナが消えた時のビシャルの気持ちが、なんとなくわかるな。


 ああ、空はこんなに青いのに。野に吹く風は心地よいのに。

 全然、眠れない!


* * * *


「エミル! 起きろ!」


 眠れない、とか思ってたら、いつの間にか眠っていたらしく、ブールに叩き起こされた。満月が真上にかかっている。つまり、真夜中だ。


「敵襲ですか!?」

「おそらくな。ギズモが警戒している」

「おそらく? 警戒?」


 確かに、ギズモはテントの天辺で、そわそわと周囲を見回していた。いつもなら、敵の方を凝視して、警報の声を上げるのに。


「テリーが言うには、敵の気配は感じるが、距離も方角もつかめないほどかすかなのだろう、と」


 それってヤバイじゃん。

 ブレスレットに触れてみる。灯った宝石は五つ。六つ目がかすかに光る。


 あうあう……心もとない。


 ブレスレットには、宝石五つ分のマナしかない。

 変身して「炎の矢」を撃てば、あっという間にマナ切れだ。朝の遭遇戦でもそうだったが、レベルが低いせいか、威力の調整が上手く行かない。

 一方、他のパーティーも既に臨戦態勢に入っていた。


 餅つけ落ち着け!

 敵の夜襲を察知できたのだから、一方的にやられたりはしない。この後は、どう対処するかが重要になる。


「変身するから、囲んでください!」


 みんなにお願いすると、全員で俺を取り囲んでくれた。一応、背中を向けて。

 いや、チラチラこっちを向いてるの、わかりますからね、ノリスさん。まったく……あのアルスくんですら、涙を呑んで目を閉じてるのに。


「変身!」


 囲んでもらっても隙間が空くので、やはり目立ってしまってる。身体は勝手に軽快に踊るけど、内心は野郎どもの視線でゾワゾワだ。

 しかもウィンクの瞬間、そうした男性陣がビクンとなるんだけど、何だあれは? いや、知りたくない!


 とりあえず、ゾワゾワを耐えきって。

「魔法少女エミル! 明るい魔法で闘うわよ♡」

 ここまでたどり着いた。


 周囲をあらためて見回す。ここは百メートル四方に畑を刈り取った野営地。満月に照らされて、見通しは良い。

 奇襲にはならないはずだが、どこから攻めてくるかも分からない。

 俺はつぶやいた。


「敵も、充分に回り込む時間があったでしょうからね」

「そうだな。完全に包囲されてると見た方がいいな」


 ブールも同意見だ。

 で、これは分が悪い。

 こちらの主力は金ランクのパーティー、約三十人。銀ランクが六十人。銅ランクは二百人いるが、予備戦力だ。

 今は銅ランクを内側に、その外を銀、そして金が取り巻いているが……正直、防御が薄すぎる。本来なら金銀を前衛として攻勢に出る作戦だったのに、外周に配置すると数メートルおきに一人が立つ感じだ。

 これでは、あっという間に敵に抜かれてしまう。


 ビシャルがつぶやく。


「金・銀と銅ランクでの戦力差は、レベルはもちろんだが装備の差が大きい。特に魔法に対する防御力がな」


 確かに。ノリスの胸当ては、炎の矢一発で使い物にならなくなった。一方、金ランクはもっと強力な爆炎魔法でも生き延びている。なんでも、ローブの一枚ですら、保護魔法のかけられた魔法具だという。

 つまり、あんなのをまともに喰らったら、銅ランクは壊滅だ。今度こそ、死人が出る。


 俺自身は魔法少女の結界で守られてるから、マナが削られるだけで済む。でも、反撃するには火力がありすぎる。うまく敵の大将にでも当てないと、マナ切れするだけだ。


 ……その大将がどこにいるか、何だよな。


 その時、テントの天辺でギズモが鳴いた。


「キュイ! キュイ! キュイ!」


 しかし、視線は周囲を見回すばかり。


「クソッ! やっぱり包囲されてたか!」


 ブールが吐き捨てるように言うと、盾と剣を構える。ノリスも抜刀し、テリーは弓に矢をつがえる。

 そして、ギズモがテリーに駆け寄り、肩に乗ってしがみついた時。


 野営地の周囲から、一斉に炎の矢が放たれた!


「……防壁!」


 ビシャルの声と共に、俺たちの頭上に特大の光の魔法陣が浮かび、炎の矢を弾いた。カツンカツンと音がするので、通常の矢も混ざっていたようだ。

 しかし、魔法陣の外からは悲鳴が上がった。完全に浮足立ってしまってる。


 そして、野営地の周囲ぐるりから、奴らの「ギャギャ!」というときの声が。


「そこだ!」


 畑をかき分けて出て来たゴブリンへ、テリーが矢を放つ。周囲の銅ランクたちの頭上を弓なりに飛び、ゴブリンの胸を撃ち抜く。

 最前線の金銀ランクは奮闘しているが、やはり何匹もがすり抜け、銅ランクに襲い掛かる。一対一ならゴブリンごときに負けるはずがないが、混乱と炎の矢の痛手と、さらに陣形のまずさで押されている。


「クソッ! 前の奴らが邪魔だ!」


 俺たちを守るために囲んでくれてるんだが、そのせいでブールたちは前に出られない。テリーの矢も、この距離になると味方に当たりかねない。


 そして俺は。

 違和感を感じていた。


 畑の向こうの一方向に。何かザワザワしたものを感じる。

 と、胸からチェシャが生えた。


「それはね、瘴気だよ」


 瘴気?


「魔法少女としてのレベルが上がったから、『瘴気感知』が使えるようになったのさ」


 後付けの解説ありがとう。

 なら、あっちに高濃度の瘴気が集まってるんだな。つまり、敵の大将だ。


 かなり距離がある。ここから俺が大火力の炎の矢を放っても届かない。


 ……なら、こっちから行くのみ!


 だが、マナを浪費するわけにはいかない。魔力以外で何か――。


「アルスくん、その杖を貸してくれる?」

「え? これ? 良いけど……」


 杖というよりメイス。アルス自身、これでゴブリンを一匹倒している。それを受け取り構えると。


「エミル・ジャンプ!」


 何でいつも、勝手に技名を叫ぶんだ!?

 周囲の銅ランクの頭上を飛び越しながら、そんな愚痴を脳内でこぼす。

 着地すると、金銀ランクの最前線をすり抜け、群がるゴブリンどもをメイスで薙ぎ払う。


「「「「グギャッ!」」」」


 ぐぇ! 気色悪い。生肉を潰し、骨を砕く感触。降りかかる、血とか脳漿とかいろんな体液。

 それでも、薙ぎ払いながら駆け抜ける。

 誰だ? 撲殺天使とか呼ぶのは!


 思った通り、手足での打撃に比べて、メイスなら結界にダメージが無いので、マナの消費は少ない。剣と違って刃筋とかないから、素人でも振り回して当てれば敵を倒せる。

 気色悪いけど、今のレベルでは一番合っている戦い方だろう。


 王都に戻ったらメイスを買おう。棘が一杯ついたやつ。名前はエスカリボル――。


 ……いやいや。魔法少女なのに物理の方が得意とか、ないわー。

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