第22話 オッサン少女、奇襲される

 あの……フラグ回収って早すぎません?

 テントなどを畳んで行軍が再開したとたん、隊列の前の方で騒ぎが起こった。


「魔物の軍勢と接触! 銅ランク以下の者は、すぐに撤退!」


 そう、繰り返し叫びながら、伝令が走って来た。

 彼は俺たちが最後尾だと気づくと、そこでUターンして前方へ走って行った。


 さて。

 そう言われたらもう、逃げる選択肢なんて魔法少女には無い。


 俺は小麦畑に飛び込むと、ブレスレットに触れて唱えた。


「変身!」


 ライ麦畑じゃないから捕まえないで!

 仲間たちは律儀に背を向けて道端に並び、逃げ惑う低ランクの冒険者の目隠しになってくれた。でもそれは、逃げ遅れてしまう、ということだ。


「魔法少女エミル! 明るい魔法で戦うわよ♡」


 いつものキメポーズとセリフ。

 そこでみんなにも。


「ここは私に任せて、先に逃げて!」


 なんか、テンプレっぽいセリフだと思ったら。


「そんなことできるか! 仲間じゃないか!」

「エミルちゃんだけ残して行けるわけないじゃないの!」

「助けてもらったんだ、恩返ししないとね」

「ウキュキュ!」

「僕も戦う!」

「当然だ。戦うぞ」


 みんなもテンプレだった!

 ならば。


「行きます!」


 全員で最前線へと走り出す。

 列の先頭の方では、すでに激しい砂埃と爆炎が渦巻いていた。


* * * *


「そんなことできるか! 仲間じゃないか!」


 俺がそう叫ぶと、皆も口々に答えた。

 よし。「ノルムの盾」は一丸で戦うぞ。

 一斉に列の先頭へと走る。逃げ惑う他の銅ランクの奴らを避けながら。

 ふと、後ろからついて来る男のつぶやきが聞こえた。


「……貰ったマナの分は、必ずや!」


 ビシャルだ。最初はいけすかねぇお貴族のボンボンだったが、エミルに瘴気を浄化されてから変わった。

 みんな同じだ。エミルによって救われた。

 その彼女が戦いに身を投じるのなら、一緒に戦うだけの事。


 何度めか逃げる冒険者をやり過ごした時、前方からゴブリンどもの集団が迫って来た。

 背後でビシャルが呪文の詠唱を始めるが、先頭を走るエミルの方が早かった。


「……炎の矢!」


 エミルの手から炎が噴き出し、ゴブリンどもを焼き滅ぼした。

 相変わらずスゲエ威力だ! 矢なんてものじゃない。周囲の畑の麦も、ブスブスと焼け焦げている。


「グギャギャ!」


 その畑の中から、ゴブリンどもが飛び出してくる。

 なんてこった! こいつら全員、武器を持ってやがる。石斧や石槍だが、棍棒だけの時より厄介だ。

 そいつらを盾で弾き、ノリスが剣で仕留める。テリーが背後から矢で射る。


 つまり、こうやって奇襲を受けたわけか。

 クソッ! テリーのギズモみたいな能力持ちを、先頭に配置しておくべきなんだ。常識だろ!


 背後のビシャルが詠唱を始めた。別な呪文か?


「……慈愛の雨!」


 青空が一気に掻き曇り、燃え広がる畑の火の上に雨が降り注いだ。雨によって炎は収まり、同時にゴブリンどもは引いて行った。

 目の前には、矢を受け倒れた冒険者たちが死屍累々。いや、まだ息があるな。

 あんな派手な爆炎魔法を喰らったにしては。

 さすがは、腐っても金銀ランクってことか。俺たちとは装備からして違う。


 だからと言って、油断し過ぎだ!


* * * *


「えーと、結局、敵の主力には逃げられちゃったわけですか?」

「残念ながら、そのようです」


 苦虫を噛み潰してるのは、ギルマスのブキャナン。


 今回は完全な奇襲だった。

 敵は小麦畑の中に潜んで待ち伏せしていたという。小麦の背丈は一メートルほどだから、人が隠れるには低すぎる。だから、警戒が不十分だったようだ。

 しかし、ゴブリンどもが隠れるには十分だった。加えて、あの特徴的な体臭を消すハーブか何かを身体に塗っていたらしい。


 そのため、いきなりゴブリンメイジの攻撃魔法と矢を射かけられ、ブキャナンをはじめ金ランクのパーティーが壊滅状態になってしまったのが痛かった。

 そこから周囲の畑に火が回り、銀ランク以下が動揺する中、乱戦となる。そして、ゴブリンの一団が退却中の銅ランク以下を追撃してこっちへ向かってきたので、俺が「汚物は消毒」砲をぶっ放した。

 で、ゴブリンどもは石斧や石槍で武装していた。明らかに、自分たちで武器を作っていた。

 これは厄介だ。

 アーチャーやメイジだけでなく、ただのゴブリンですらそれだけ頭が回る、て事だからな。


 後は倒れてる重傷者に、アルスたちと治癒魔法をかけまくった。

 もう、必死だったよ。グロ耐性低いんだから、勘弁して欲しい。石斧などで腹かっさばかれて、内臓出てるんだもの。


 そしてビシャルが、水属性の範囲魔法で燃える畑を消火。ごそっと宝珠のマナを使ってしまった。


 そんなわけで、俺の魔法少女姿に気づいたものはほとんどいなかったようだ。


 その一方で、敵方は絶妙なタイミングで撤退し、おそらく戦力の殆どは維持したままだ。

 何しろ、残された死体は、俺が焼いたのも含めてゴブリンが殆どで、上位種のものは見られなかったのだから。


 こちらは、治癒魔法が間に合ったので、人的被害こそ少ないものの、皆相当に疲弊している。今から追撃戦はちょっと無理だろう。

 結果的には色々と都合が悪い。こちらは行軍がほぼ一日分遅れ、敵は今夜にでも奇襲をかけられる距離にいる、というわけだ。


 ギルマス連の結論としては、昨夜の野営地に戻って、厳戒態勢で夜を過ごす、というもの。

 丸一日が無駄になってしまうが、アルスたち回復士がマナ切れ状態なのに、このまま先に進むのは自殺行為でしかない。


 それでつぶやいたんだが。


「みんなのギルド証や財布からマナを分け与えれば――」


 ビシャルにピシャリと言われた。


「それをやると、大抵、体調を崩す」

「え、そうなんですか?」


 知らなかった。チェシャのやつ、また説明を省きやがったな!


「他人のマナを大量かつ直接身体に取り込むと、発熱などの体調不良を引き起こす。宝珠のマナも、身に着けている者の色に染まる、と言われている」

「え……でも、売り買いの時は?」

「普通は宝珠から宝珠であろう。」


 確かにそうだ。

 そう言えば、魔法屋の婆さんが、きちんと浄化した宝珠は瘴気を受け付けない、と言ってたな。てことは、原因は他人の瘴気か?

 誰だって不平不満の一つくらいはあるからなぁ。まっさらのきれいなマナだけ、なんて人がいたら、マジ天使だよな。

 ……俺? いや、俺は見かけだけです。ハイ。


「少量なら大したことがないが、マナ切れ寸前ということは、体内のマナの殆どが他人からのものになるわけだからな」


 手術なんかで大量に輸血した場合みたいなものか。盲腸の手術の時に、副作用がどうとか医者が言ってたな。

 どうやら、他人の瘴気に対して、身体が拒否反応を起こす、というのが真相みたいだ。


 ……しかし確かに、ビシャルのマナを身体に入れるのはヤかも。


 ちなみに、身に着けていない宝珠、店のレジ用とかATM魔法具なら大丈夫らしい。一旦、それらに入れたマナなら、身体に取り込んでも問題ないとか。

 そう言った補給用の宝珠があればいいのだろうけど、要するに金庫を担いで戦場に行くようなものだからな。


「私が上級の回復魔法を使えれば……」


 そうつぶやいて、うつむく。


 初級魔法で大きな効果を得ようとすると、マナを大量に消費してしまう。テリーの腕を復活させたときのように。

 上級魔法ならば、マナの消費率が大幅に改善される上に、一度に複数の相手に効果をもたらすこともできるそうだ。回復魔法なら範囲治癒、攻撃魔法なら炎の雨など。

 尤も、低レベルのまま使ってもマナの消費は改善しないから、やはりレベル上げが必要だ。


 残念ながら、金ランクのパーティーでも、高レベルの回復士はいないらしい。そもそも光魔法の適正者が少なく、ほとんどは教会の聖職者だ。

 そのため、冒険者として活動しているのは、レベルの低い修道者ばかり。

 そして、ある程度レベルが上がると、冒険者を引退して教会の司祭として叙任されるとか。


 ……アルスも将来、そうするのかな。


 ちょっと寂しく思う。

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