第21話 オッサン少女、魔の森へ
おいでよ
いろんな
あーもう。そんなバカな事を考えながらでないと、やってられない。腹が減りすぎて、さっきからグーグー鳴っている。
「はい、エミルちゃん」
こんな時に気が利くのはアルス。自分の分の携行食をナイフで切り分けてくれた。
「ありがとう……もしかして、聞こえた?」
外見は女の子だから、腹が鳴るのは恥ずかしい。オッサンのままなら気にならないのにな。
「仕方ないよ。予定より早くギルドに連れてかれたから、朝御飯食べ損ねちゃったからね」
見回すと、みんな齧りながら歩いていた。俺も切り分けてもらった分にかぶりつく。
ちょっとだらけてるように見えるかもしれないが、俺たちは行軍の
もしもに魔の森からゴブリン軍団が撃って出てきたら、真っ先に逃げるよう、ギルマスのブキャナンにも言われている。物資こそが命綱だ。糧食や薬が無ければ戦えない。
人間、一日食事を抜いただけでも、確実に体力は落ちるからね。
そのブキャナンはというと、他の4人のギルマスと共に先頭グループにいる。金ランクのパーティーで構成されていて、このレイド戦の主戦力だ。
その後ろに銀ランクのグループが続き、銅ランクが殿。俺たちはその中でも最後尾だ。
まぁ、それだけ大事にされてる、ということだな。
一日歩き通して、前回の討伐と大体同じあたりに野営となった。人数が多いので、街道の傍の小麦畑を刈り取って場所を作るという。もったいない気がするが、刈り取った分は国が買い上げるので、農民が損をするわけではないらしい。
「……凄いですね」
金ランクの魔法師が地面すれすれに風の刃を放ち、百メートル四方ほどが一気に刈り取られた。その麦を総出で拾い集め、片隅に積み上げる。これから火を起こすので、放置したら火事になりかねないからだとか。
次に、各パーティーごとにテントを張るなど野営の準備となる。
俺たちは一番ランクが低いので、守りやすい真ん中の場所を与えられた。
俺は刈り取った麦を一束もらい、ブールたちが石で組んだ
この間の討伐の行き返りで、結構慣れて来たつもりだ。
「エミル嬢、こっちへ来てくれるか?」
声がかかったので振り返ると、ブキャナンが手招きしていた。
「なんでしょう?」
「あのテントの中に、糧食を出してもらいたいんだ」
あ、そうだね。手持ちの携行食は非常時用だから、俺の収納の奴を食べないとな。
で、人目につくところで出したら、俺が収納魔法持ちだと宣伝するようなものだ。
「わかりました」
テントに入って眼を閉じ、リストの中から「糧食一日分×三十」を選んで一つ分を出す。「×三十」が二十九になり、目を開くと小袋の山積みがあった。
その小袋を六つ抱えて、俺は仲間の所に戻った。
「皆さん、糧食ですよー」
一袋で一食分。中身は干し肉、チーズ、乾パン、ドライフルーツ、干し芋などなど。携行食よりは普通の食事に近い。
携行食はちょっと油脂が多すぎるので、何日もあればかりはちょっとキツイからなぁ。
水はビシャルが出してくれたので、既に鍋でお湯が沸いていた。そこに干し肉と干し芋、乾パンを半分砕いて入れ、シチューっぽいのを作る。
「旨い……」
ブールがシチューを一口食べてつぶやいた。
乾パンは小麦で作ったものなので、黒パンのクセのある風味が無く、干し肉の旨味がよくわかる。
ドライフルーツとチーズを添えて乾パンの残りを齧る。日本で食べた乾パンと大差ない。
自分で背負う携行食と違い、こうした行軍の糧食は通常は輜重兵が荷車で運ぶので、重量や体積の制限が少ない。保存が利けば良いだけだ。
……あ、もしかして収納魔法では時間経過が止まってたりするかな?
後で試してみよう。上手く行けば、旅の最中でも手の込んだ料理がいつでも出せる。
今朝、食い損ねた宿の朝メシ。結構、根に持ってるのだよ俺は。
「あ、そうだ」
自分のリュックを開け、携行食の包みを取り出す。
「はい、アルスくん。朝はありがとう」
欠食児童みたいに腹を空かせてた俺に分けてくれた分だ。
「あ、いや、良いのに」
手渡すと、ポッと効果音が鳴りそうな感じで頬を染めやがった。
で、そのあとはいつも通り、ノリスに包まれて就寝。なんだけど。
アルスとビシャル、どっちが本命なのかと、小一時間、問い詰められたので、どっと疲れた。
お願いだから、ゆっくり寝かせて……。
* * * *
翌朝。いつものようにノリスの手足から抜け出し、
そして、火が消えてる竈の前で目を閉じ、リストから夕べ寝る前に収納してみたものを取り出す。
「思った通り。まだ燃えてる」
半分まで燃えた薪が、そのまま出て来た。燃えた長さも全く同じ。
やはり、収納魔法で収納したものは、時間が止まるらしい。
新しい薪を足して火を起こし、朝食の準備をする。鍋の中には夕べのシチューぽいのが少し残っていた。
「早いな。どれ、水を足そう」
ビシャルが起きて来て、水魔法で鍋を満たしてくれた。それが沸くのを待つ間に、例のテントへ行って朝の分の糧食を取って来る。
そして、皆が起き出してくるころには朝食ができていた。
「ゴブリンの群、どうなってるでしょうね?」
食べながら、気になっていることをみんなに聞いてみると、しばらく考え込んでビシャルが答えた。
「ふむ。もしも先日の想像通り、森の中に集まる瘴気が魔物を産みだしているのなら、エメリウス辺境伯が処刑された日が起点の可能性が高いな」
「それって、いつ頃ですか?」
「ついひと月ほど前だ……」
そこでビシャルはうつむいた。
「絶対に冤罪だと、俺は何度も父上に訴えた。父上も同意見だったが、判決を覆すことはできなかった。それで俺は、貴族社会に背を向け、冒険者になったのだ……」
なるほど。それで生前贈与してもらった全財産をつぎ込んで、その杖を買ったと。
「この想像が当たっていれば、あれから数日たっているから、前回倒した分くらいは回復しているかも知れんな」
「つまり、もたもたしてたら森からあふれ出して、こっちへ進軍してきたかもしれない、ということですか」
そこでつい、余計な事を考えてしまった。
「もしかして、既に出てきていて、途中で鉢合わせしたりして……」
なーんて事を言っちゃうと、大抵それがフラグになるんだよな。
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