第20話 オッサン少女、絡まれる

 「ケツを売る」とは新出単語だったが、下卑たニヤつきで意味はわかる。売春婦と言いがかりをかけてきたわけだ。

 これもテンプレってやつか。

 だが、あくまでも言葉通りの意味で言い返す。


「失礼な! 私のお尻は売り物じゃありません!」


 プンスカしてみせるが、肉壁野郎どもはますます下品な顔を近づけて来た。


 ……よるな。臭い!


「ちょ~っと、オレらはこれから仕事の話があるんだけどよ、その後ならイイコトしてやんぜ」


 絶対に「イケナイコト」だろ、それは!

 大体、俺の外見はどう見ても十四かそこらだ。バックベ○ードさまを召喚して「このロリコンどもめ!」と痛罵してもらうぞ!?


 ……いや、しかし困ったな。気が付いたらぐるりと取り巻かれている。押しのけてでも逃げたいが、そもそも触るのもキモい。鳥肌が立っちまう。

 魔法少女に変身すれば、こんな奴らは指先ひとつでダウンなんだが。ここで全裸ダンスなんて披露したら、愛で空が落ちてくるに決まってる!


「失礼。私の仲間に何か用かな?」


 と、そこへ肉壁の向こうから声が。


「ビシャルさん!」


 まさかコイツの存在がこんなにありがたく思えるとは。

 さあ、ビシャル先生! やっちまってくだせぇ!


「おい、今、ビシャルって……」

「まさか、今回のゴブリン百匹を焼き滅ぼしたっていう、あの黒衣の魔法師!?」


 あ。そう言うことになってたんだっけ。まぁ、俺は焼きゴブリンを運んできたことしかギルドに伝えてないしな。

 俺の正体が魔法少女だと宣伝する必要もないから、これでいいや。


「エミル。仲間たちのところへ戻ろう」

「はい!」


 肉壁どもがさっと左右に分かれた。そして現れる、杖を手にしたビシャル。

 モーゼかよ!

 でもって、こちらに手を差し伸べたので、しっかり握りしめた。


 ……ん? なんか汗ばんでる?

 いや……気づかなかったことにしとこう。


* * * *


 ギルドの酒場へ。みんなはそこで待っていてくれた。

 ちなみに、まだビシャルに手を引かれたままだった。うっかりしてた。かなり気まずいぞ。


「そうか、あの流れに飲まれちまったのか」


 ブールはじめ全員、同情してくれた。


「今回、王都の全ての冒険者ギルドに依頼がでていて、参加者が全員、この南支部に集まったんだ」


 ビシャルの説明で理解できた。なるほど、そりゃ混みあうわけだ。


「中央区に加えて東西南北。五つのギルドが王都にはある」


 ふむふむ。

 テーブルの上にこぼれた水で、ビシャルはおおざっぱに王都の地図を描いた。ほぼ円形の防壁が二重になっていて、内側が中央区、放射状に四つに区切られたのが東西南北の区。

 中央区は王侯貴族の住む行政区で、そこを取り巻く部分が平民の住む区画だそうだ。


「それらから集まってきたから、あの大人数なんですか?」

「まあ、そういうことだ」


 俺にはさっぱりだったが、ビシャル先生には自明のことだったらしい。

 しかし、あの全員が今回のレイドに参加すると言うのなら、凄い規模になるな。確かに、俺の収納魔法が必要になるわけだ。


「さて、飯も食ったし、明日は早朝に出撃だ」


 ブールがそう宣言したので、俺たちは宿に戻った。

 でも。

 ノリスに抱っこされて「ビシャルと何があったのよ?」と、遅くまで問い詰められる羽目になった。


 ……誰か助けて。


* * * *


 翌朝。宿にギルドからの使者が訪れ、問答無用で連行された。

 完全装備で。

 せめて、朝食だけでも食わせてほしかった。この宿の料理はそこそこだし、宿泊費にコミなんだよ?


 ……いや、今回のが大事おおごとだとはわかってるし、王都のギルドが総出で対応してるのもわかるよ?

 それでもせめて、飯くらいは食わせてほしい。

 で、その連行先はギルマス……南支部の禿+顎鬚の執務室だった。腹ペコのまま。


「……あの、追加のご要望とか何かあるんですか?」


 俺が口にするしかないほど、沈黙がキツかった。


「も、申し訳ない。要望ではなく、実は今回の輸送に関してだが、表向きは――」


 ああ。レイド戦のかなめとなる補給を、俺みたいな見た目は小娘が担ってたと知れたら、色々面倒だよな。


「構いませんよ。私は裏方ということで。むしろ、表に出たくありません」


 これは正直なところ、本音だ。下卑だろうと賞賛だろうと、野郎どもの視線を浴びたくないので。

 そんなのは、昨日のでもう充分だ。


 が。ギルマス氏は禿頭をハンカチで磨きながら。


「いや、あの。……エミル嬢の自由を奪おうとする輩が出かねないので」


 なるほど。そりゃそうだな。ここは魔法のある世界だ。

 ビシャルに確認する。


「相手を隷属させる魔法とか、あるんですか?」


 自由を奪うってことは、無理やり奴隷にしてこき使おう、ということだ。


「ああ。精神に作用する闇魔法というのがあるらしい。もちろん禁呪で、魔法学院では教えてないがな」


 やはりあるのか、そんなのが。

 まぁ、魔法少女である俺に効くとは思えないが、そんなの使う奴らに眼を付けられたくないのは確かだ。

 一応、ギルマスの忠告どおり、俺も気を付けよう。


* * * *


 それから連れていかれたのは、昨日と同じ訓練場。糧食その他の物資が山のように積み上げられていた。

 ハイハイ、全部丸っと収納。


 と、胸から謎生物チェシャが生えて来た。


「それだと、出すときも全部丸ごとだから、同じくらいの開けた場所が必要だよ?」


 なるほど。焼きゴブリン山盛りもそうだったな。あれを密林の中で一気に出すのは無理だ。

 というわけで、一度、物資を全部出して、あらためて足元に出せるくらいの単位で収納していく。すると、収納したものの名前が脳裏にリストアップされていく。


 へぇ。これってもしかして、鑑定魔法の代わりになったりして。


「そこまで便利じゃないよ。キミの知らないものは『?』となるから」


 世知辛いな。


 ちょっと時間はかかったが、なんとか全部、収納し終えた。

 で、上下逆の顔をしたギルマスが。


「ありがとうございました。では、あちらでお待ちください」


 練習場の片隅を指さす。

 俺たちがそこに立つと、ギルマスは入口の方に向かってうなずいた。ギルド職員が扉を開くと。

 レイド戦の参加者の入場行進だ!


 冒険者たちが続々と入って来て、すぐに練習場を埋め尽くす。満員電車とまではいかないが、かなりの密度だ。

 もうちょっと、ソーシャルディスタンスが欲しいかなぁ。


 で、ギルマスから簡単な訓示があって、そのまま出発となった。


 ちょっ……俺の朝飯!

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