第18話 オッサン少女、推理する
朝食の時、マナがゼロになった宝珠を掌でジャラジャラともてあそびながら、ふとつぶやいた。
「そもそも、なんであんな所にゴブリンの群が湧いたんでしょうね?」
「わからん」
ブールがそう答えると、他のメンバーもビショルもうなずいた。
そうだよねー。俺もさっぱりだし。
でもまぁ、俺にはチェシャ情報があるし。
「どこかで凄く酷い――むごたらしい事が起きてたら、それが原因か遠因なのかも」
すると、ビシャルが「ああ」と声を上げた。
「エメリウス辺境伯。これだな」
たしか……先日、除霊した悪霊がそう名乗ってたな。
「えーと、反逆罪でお家お取り潰しになったんでしたっけ?」
「そうだ。それが冤罪だったとか、謀反の計画を国王に通報した子爵が、今は後任として辺境伯におさまってるとか、黒い噂は尽きないな」
さすがは元貴族。この手の情報は事欠かない。
辺境伯とは国境に接した領地を治める伯爵だ。外敵の侵略などに備える責務があることから、貴族としての位階に比べて強い権限を与えられているという。当然、内地の伯爵・侯爵には煙たがられる。
「通報の内容は『エメリウス辺境伯のラムセス・アトレイアが外敵と通じて謀反を企てている』というものだった。彼の人となりを知れば、あり得ないと分るはずだが」
なんでも、ビシャルは幼少のころ、エメリウス辺境伯に預けられてひと夏を過ごしたらしい。侯爵家の三男坊だから、養子か婿に出される可能性もあったようだ。
もっとも、その頃から人嫌いだったようで、辺境伯の娘たちと反りが合わなかったとか。
「それでも、ラムセス殿は俺を遠乗りなどに連れ出してくれた」
そんな人物が謀反など、それも外敵と内通してなんてあり得ない、と彼は語った。
……そうか。あの死霊たちの中には、その娘さんたちもいたんだな。
本当に、貴族社会はえげつない。
……あれ?
「でも、辺境と言うからには、国の端っこですよね? あの森は王都のすぐそばだし」
俺の疑問に、ビシャルはうなずいた。
「家族も使用人も、王都に連行されてから処刑されたからな」
なるほど……だけど。
「……でも、全員除霊して、瘴気も浄化したのに」
ビシャルは俺の左手首……袖口に隠しているブレスレットを指さした。
「その腕輪は、一晩で大量のマナを集めて吸収するのだったな。ならば、周囲の瘴気を集めて蓄積していく魔法具もあり得る」
おう。その発想は無かった。
やはり、魔法に関する知識はビシャルが頼りだな。
そこへ、アルスも話に加わって来た。
「死霊となったアトレイア家の人たちは、墓地から外までは出ていなかったようだしね。あそこまで強い怨念があったら、陥れた子爵や裁いた王家に呪いが行きそうなものだけど」
なるほどな。
「瘴気をその魔法具が吸い取っていたから、被害は出てなかったのか」
ギルドに上がっていた依頼も、不気味だから何とかしてくれ、というものだった。
「なら、その魔導具って、瘴気による被害を抑えていたのかしら?」
「かもしれんが、溜めこめる限度を越えたのだとしたら?」
ビシャルの言うとおりだ。
「もしかして、あの森の奥に瘴気の沼ができてたり?」
「可能性は高いな」
……てぇことは、魔法少女の出番だな。姐さん! 事件です!
……いや、俺がその「姐さん」なのか。この場合は。
* * * *
冒険者ギルドに顔を出すと、特例依頼が張り出されていた。
文字が読めないメンバーのために、アルスが読み上げる。要するに、俺たちが遭遇した森のゴブリン軍団を討伐するものだ。
依頼主は王家。報酬額も桁違いに高額だ。しかも、複数パーティーを集めてレイド戦を挑むらしい。
ただ、対象は銀ランク以上。ブールたちは二つ下の鋼だから、引き受けるにはランクが足りない。
「……この手のって、まずは騎士団とかが出るんじゃないの?」
ふと漏らした疑問に、ブールが顔をしかめながら答えた。
「騎士団は王家の盾、という建前だからな。王都周辺で防衛するのと、治安維持が任務だ」
魔物の討伐なんて管轄外だ、ということ?
やだなぁ、どこかの世界の縦割り行政みたいじゃんか。
その時、受付のお姉さんが駆けよって来た。
「あの……『ノルムの盾』の皆さんですよね?」
「ああ、そうだが……」
ブールが答えると、お姉さんはカウンター横の扉を指示した。
「お話しがありますので、奥へどうぞ」
……厄介ごとの予感しかしないな。
* * * *
応接室というか商談スペースなのか。
通された部屋は、飾り気はないが向かい合ったソファと低いテーブルが置かれていた。
片方のソファには禿頭で顎髭の男が腰かけていたが、俺たちを見て立ち上がった。年齢は五十台前後、ブール以上に体格のいい偉丈夫だ。
「掛けてくれたまえ。俺はギルドマスターのブキャナンだ」
俺たちも座ったが、俺は一番端で、隣はノリス。「男たちには指一本触れさせないからね」なんてささやいて来た。
けどな、俺はノリスが一番危険だと感じてる。やたら密着するし。
「呼び出したのは、例の特別依頼のことなんだが……」
そう切り出したギルマスに、ブールが答えた。
「俺たちのランクでは、あのレイド戦には参加できないはずだが」
そこで隣に座るビシャルをチラリと見て。
「あんたが呼ばれるのならまだしもな」
「まぁ、ランクだけの話ではない、ということであろう」
ビシャルには思うところがあるようだった。
「さすがは銀ランク。ナレド殿なら話が早い」
そんなギルマスの言葉に、ちょっとカチンと来た。それだと、鋼ランクのみんなじゃ話にならないみたいじゃないか。
俺なんてまだ石ランクだし。
……まぁ、ブールが脳筋なのは事実だけど。
プンスカして思わずギルマスを睨みつけたら、急に慌てだした。禿頭に玉の汗だ。
顎鬚のせいで、どうも頭の上下が逆に見えてくる。
「い、いや別にエミル嬢を悪く言うつもりは毛頭なくて――」
「いいから続けたまえ。彼女の収納魔法なのだろう?」
ビシャル有能だな。瘴気まみれだったのが嘘みたいだ。
しかし、収納魔法か。なら、わかる気もする。
「えっと、荷物運びの役目ですか?」
確かに、レイド戦なら複数パーティーがかなりの長期間活動することになる。その間の食料などの消耗品は相当な量だ。
しかし、俺がギルドの訓練場に出した焼きゴブリンの山に比べたら、大した量ではない。
「その通りです。それで、ナレド殿と『ノルムの盾』は、エミル嬢の護衛と言う形で参加していただければ」
「ふむ。だが、鋼ランクは対象外なのではないか?」
そうだな。筋は通さないとな。
「その点はですね」
ギルマスは禿げ頭の汗をハンカチで拭いながら。
「今回のゴブリン討伐の依頼は、依頼内容が実態とかけ離れていたので、まずは討伐完了と
なるほど。それならブールたちは銅、俺もようやく鋼か。銅なら一つ上の銀の案件も受けられるから、制度的にはセーフなんだろ。
でもなぁ。良いように使われてる気もする。何かあって俺がマナ切れした時、仲間含めて助け出してくれるのか?
そうだな。ここはストレートに確認しておこう。
「万一、私がやられちゃったら、私の仲間は見捨てるんですか?」
ギルマスは、禿頭に脂汗をかきだした。なんか、拭いたら糸を引きそう。
「いや……見捨てるなどありえんが……そんな事態になったら、被害を最小限度に抑えるためにも……」
うん。結局のところ、見捨てて迅速な撤退をやるわけね。
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