第16話 オッサン少女、襲われる

「キュイィィー! キュイィィー!」


 悲痛な鳴き声が聞こえる。助けを求める、悲しい鳴き声。

 ギズモの警報だ。


 パチッと目が開いた時には、俺を包み込んでたノリスは既におらず、皆、あわただしく動いていた。

 俺は跳び起きて尋ねた。


「何ですか? いったい何が――」

「襲撃よ、ゴブリン!」


 ノリスが答えてくれた。そして、俺たちの背後の焚火に照らされたのは、森の暗闇で光る目、目、目。

 一体、いくつあるのか。数えきれない。


 西の空には沈みかけの上弦の月。あと少ししたら頼れるのは焚火と星明りくらいだ。


 ブレスレットに手が伸びる。が、代わりに腰に差した短杖を抜く。


「変身しないでレベルを上げなくちゃ……」


 ぽん、と肩に手が置かれた。


「大丈夫さ、エミル。俺たちが奴らを近づけさせないから」

「ウキュ!」


 テリーと、その肩のギズモ。


「来るぞ!」


 前衛についたブールが叫んだ。その隣のノリスが振り向き、俺に向かってうなずいた。

 テリーの反対側に立ったビシャルは、既に結界の呪文をほぼ詠唱し終えていた。


「……我を守れ、結界!」


 いけない、出遅れた!

 俺もすぐに詠唱を始める。

 その間にテリーは弓をつがえ、森から姿を現したゴブリンに矢を放つ。


「グギャ!」


 一匹が悲鳴を上げて倒れると、ワラワラとこちらへ突進してくる。


「来るなら来い!」


 ブールが大声をあげ、更に分厚い刃の両刃剣で盾をガンガンと叩き、タゲを取る。


 ヒュン!


 すぐ脇を何かがすり抜けた。

 テリーが声を上げる。


「敵の矢だ! アーチャーがいるぞ!」


 ようやく、俺の詠唱も完成した。


「……結界!」


 そしてすぐ、次の詠唱に入る。


 ガン!

 前方ではブールが盾で一匹を弾き、ノリスが止めを刺した。

 すかさず、テリーは二射目を放った。高い姿勢で構えていた、おそらくアーチャーが悲鳴を上げて倒れた。


「……鋭き熱き矢にて貫け、炎の矢!」


 ビシャルの杖から細く絞り込まれた炎がほとばしり、ノリスに襲い掛かろうとした一体を撃ち抜いた。


「……炎の矢!」


 俺の炎の矢は、敵の後衛に立つ姿に命中し……弾かれた!?

 そして、逆にこちらへ炎を放ってきた!


 とっさに身を低くしてかわす。


「――メイジもいるなんて!」


 まさかそんな、これも定番か!?

 討伐を依頼された敵が、聞いていたより強大だとか。


「キャアッ!」


 ノリスに敵の炎の矢が当たった! 革鎧のおかげで致命傷ではないようだけど――。


「ノリス、下がって!」


 アルスが叫び、自分も前へ出て行く。


 ああ、そこに敵の矢が!


「……防壁!」


 ビシャルが叫ぶと、アルスの前に光の魔法陣が現れ、矢を弾いた。

 アルスはビシャルにうなずくと、ノリスの治療に当たった。


「……治癒!」


 ノリスの身体を白い光が覆い、彼女は身体を起こした。


「ありがとう! よっしゃ、やるわよ!」


 前に飛び出して二、三匹をまとめて切り伏せる。

 だが、前線が崩れたわずかな隙に、一匹が後衛に向かってきた!


「させるかっ!」


 アルスが背後から杖――いや、メイスだな、ありゃ――を叩きつける。


 グシャッ!


 脳天を潰されて、ゴブ野郎はくずおれた。


 ……おう。そこでウィンクかよ。惚れちまうぞ? いいのか? 中身オッサンだぞ?


 などと思ってる暇はない。ギルド証の宝珠からマナを補給し、次の魔法を放つ。


 ……ダメだ。俺の下級魔法では、ゴブリンメイジの結界を貫けない。テリーの矢も弾かれる。

 あ、今度は別の方向から炎の矢が! メイジが複数!?


「くっ……かくなる上は!」


 ビシャルが唱えだした呪文は、聞いたことがないもの。中級魔法だ。こんな調子で連射したら、すぐにマナ切れしてしまう!


「お願い、一分だけ持ちこたえて!」


 俺はブレスレットに触れて叫んだ。


「変身!」


 こんな緊急時でも謎ダンスはフルバージョンだ。

 しかも。


 ……え? みんなこっち見てる!?


 敵も味方も動きを停め、例のウィンクで全員がズキュンとなってる!

 そして、例の決めポーズ。


「明るい魔法で闘うわよ♡」


 あ。ゴブリンが一気にこっちへ。

 そうか。こいつら、女を見ると犯したがるエロモンスターだった。


「え、エッチなのはいけないと思います!」


 なら、仲間たちから引き離してだな。

 沈む月に向かって猛烈ダッシュ!


「みんな、下がって!」


 そう叫んでから詠唱開始。


「……炎の矢!」」


 突きだした両掌から、「ごんぶと」の火炎が放射される。

 下級魔法だが桁違いの威力。それで群がる敵を薙ぎ払った。


 阿鼻叫喚の中、ゴブリンどもは焼き滅ぼされて行った。

 股間からそそり立つナニカと共に。


 ……汚物は消毒だぁ~!


 焚火のそばに集まったみんなの所に駆け戻る。


「みなさん、大丈夫でしたか?」

「ええ、なんとかねー」


 ノリスがあっけらかんと答えたが、革鎧の胸元が黒こげだ。


「どうやら、残党は撤退したらしいな」


 肩のギズモを撫でながらのテリー。

 その後ろで、どっかりと腰を下ろしてブールも。


「いやぁ、あの数でアーチャーとかメイジとか、話が違いすぎるな」

「そうだな。夜明けを待って、一度出直すべきだろう」


 苦虫を噛み潰したようなビシャルだが、俺の方を見たらプイと横を向いた。

 おい……頬が赤いのは焚火の明かりのせいだよな?


「みんな、怪我は? 治療します」


 そうアルスが告げると、前衛二人とテリーが歩み寄った。

 テリーもわき腹に矢を受けていたようだ。距離があったのと革鎧で傷は浅かったようだが。

 治癒魔法をかけて、アルスがつぶやいた。


「毒矢でなくて良かった」


 ……そうか、毒が塗ってあったら小さな傷でも。


 で、変身を解除しようと思ったのだが。


「あの……元の姿に戻るので、あっちを向いててもらえます?」


 一瞬、全裸になる上に、元の服が出てくるまで金縛りになる。こればっかりは慣れることができない。

 みんな紳士なので後ろを向いてくれたが、淑女のはずのノリスはこっちに来て、俺の両肩に手を置いた。


「私なら女同士なんで大丈夫よね?」


 いや、中身オッサンだから女同士というのは……。

 だが、ブレスレットの宝石は残りの一個が点滅してる。さっきの大火力魔法が効いたらしい。


 いかん。マナ切れしたら全裸で失神だ。そうなる前に……。


「……解除」


 ノリスに凝視されながら変身を解いた。


「うーん、エミルちゃん可愛い! お持ち帰りしちゃおう」


 ……ってオイ! どこへ連れてく気だ!?


* * * *


 翌朝。俺はレズ疑惑が露呈したノリスに絡みつかれて目を覚ました。焼け焦げた胸当てを外したせいで、わがままボディを押し付けられてます。

 女同士でも貞操の危機ってあるのでしょうか?


「……あの、ノリスさん……お願いです、放してください!」

「うふ~ん、エミルちゃんもう食べられないぃ~……」


 た、食べないでください、お願いします!

 なんとかノリスの魔の手足から逃れて(デジャブ)、トイレ――お花を摘みに。


 少し高い草が茂ってるところに駆け込み、ローブの裾をまくってしゃがみ込む。


「あひゃ!」


 お尻を何か尖った草の先端に突っつかれ、変な声を出してしまった。


「……ん? 大丈夫か、エミル」


 ブールが心配そうに身体を起こす。


「あ、大丈夫、大丈夫ですから」


 既に放水開始してるので、動きが取れない。


 ……襲われるのは、夕べのゴブリンで終わりにしてくれ!

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