第15話 オッサン少女、討伐に行く
ルンタルンタ♪
季節は初夏。麦畑を渡る風は爽やかで、晴れ渡る空からの日差しもさほど強くない。まさに気分はハイキング。
若くて健康な身体ってのはありがたい(女だけど)。
王都の門から南へ、麦畑の中を通る街道を歩くこと半日。
うむ。見渡す限り地平線まで真っ平ら。北海道かよ、ここは。
すぐ前を歩くテリーの肩では、ギズモがうつらうつらしてる。眠ってる小動物は可愛い。
この子が寝てるってことは、周囲に敵がいない、ということだ。この辺の麦は背の低いものばかりなので、息をひそめて獲物を待ち伏せ、とはいかないからね。
依頼があった場所は、この街道が森の中を突っ切るところだ。例のジャイアントリザードに襲われた場所の手前あたり。
なんでも、ここ数日でゴブリンによる被害が目立って増えて来たらしい。
「……しかし、変化が急なのは気になるな」
お昼の休憩で、携行食……細かく砕いた干し肉やナッツ、ドライフルーツなどを油脂で固めたもの。見た目は黒っぽい饅頭だ。それをかじりながら、ブールがつぶやいた。
それに答えるテリー。
「そうだな。この街道は護衛の依頼とかで何往復もしてるけど、こんなに王都寄りでゴブリンなんて聞いたこともない」
彼も同じ意見らしい。携行食をちぎってギズモに上げてる。この子がもっきゅもっきゅと食べる様は可愛いんだが。
……脂っこすぎるな、これ。
この身体だと、お口が可愛らしく小さいので、豪快にがぶりとは行かない。どうしても、表面の油脂部分を薄くかじり取るだけだ。饅頭の皮しか食べられない感じ。
ノリスみたいにガツガツ食えないように、どうもチェシャが調整しているみたいだ。くそっ。
この携行食、出発する前にギルド推奨の雑貨屋でみんなと買いそろえたんだけど。自分用の食器などと一緒に。
「貸してごらん、エミルちゃん」
アルスが俺の携行食をひょいと取り上げると、ナイフで薄くスライスしてくれた。
「あ……ありがとうございます」
渡されたのをモグモグしてみると、干し肉の旨味やドライフルーツの酸味もあり、脂っこさばかりではなくなった。
「ふーむ。こむす……エミルの食し方は平民らしくないな」
ビシャルは変なところに興味をもつな。
あと、また小娘と言いかけたな? ビショヌレとか言い間違えてやろうか?
……というか、討伐内容に注意を戻そう。
「森の中で、何か変化があったんでしょうか?」
俺が疑問を口にすると、テリーが答えてくれた。
「そうだね。森の奥深くに強い魔物が現れると、それより弱い奴らが浅い所へ出てくる、とは言われているよ」
なるほどな。いかにもありそうなシチュエーション。俺が最初に倒した大トカゲも、それだったかも。
で、もしかしてその大物の出現が、魔王とか魔神の復活が原因とか言うんじゃないだろうな?
……ん? いつもならここで、チェシャのヤツがドヤ顔で現れるんだが。
ま、いいか。
そこからさらに午後一杯歩いて、街道の彼方に森が見え始めたところで野営となった。
手分けをして食事の準備。
意外だったのはビシャルだ。お貴族様だからふんぞり返ってるだけかと思いきや、俺よりよほど手際が良い。
「ビシャルさんって、色々出来るんですね」
「……当然だ。ソロで討伐依頼をやっているのだからな。お前こそ、どこの貴族令嬢かと思ったぞ」
ぐぬぬ。
前世はインドア派だったからな。魔法で火を起こすのも、アルスにあれこれ教えられてやっとだった。
生活魔法の火力では、薪に着火するのは無理だそうで。まずは枯草に火を着けて、と手順があった。
ビシャルが魔法で鍋に水を張り、それを火にかけ湯を沸かす。沸騰したら携行食を人数分放り込む。じきに油脂が解けていい感じのスープになった。これにガチガチの硬い黒パンを浸すと、結構いける味になる。
食事が終わると、ビシャルがまた水を出して鍋を洗い、その中で各自の器をすすぐ。
……水魔法、便利すぎる!
早速呪文を覚えるが、マナの消費が多すぎる。レベルがもう少し上がらないと、ビシャルのようにホイホイとは使えない。
俺もレベル2になったから、1しか違わないんだがなぁ。
食事の後は就寝。この季節、雨はほとんど降らないというので、たき火を囲んで毛布にくるまりゴロ寝となった。
……俺はノリスにくるまってるが。
ギズモは近くの岩の上で見張りをしている。
「……その従魔のおかげで、不寝番の必要が無いのはありがたいな」
ビシャルのつぶやきが聞こえたので。
「ソロの時はどうしてたんですか?」
「寝る前に探知の結界を張っておく。近くで動きがあればわかる」
寝るだけでも魔法でマナを使うのか。コスパが大変だな。
こうやってパーティー組めば楽なのに。よっぽど人付き合いが苦手なんだな……。
……いや、こうして話してるとそうでもないな。やはりあれは瘴気の悪影響なんだろう。あ、人間嫌いだから瘴気が?
ニワタマだな……。
などと思いを巡らせるうちに、俺は眠りについた。
* * * *
なかなか寝付けない。
ソロでの活動が長かったため、他人がそばで寝ているというのに慣れていないせいだろう。それに、探知結界なしでの野営など、冒険者になって初めてだ。
それに。
ノリスとかいう女剣士に抱きかかえられて眠る、銀髪の少女をちらりと見て思う。
……エミル。不思議な娘だ。
何よりもあの「変身」という魔法。光に包まれて髪型と衣装が変わると、強大な魔力を駆使できるようになる。そのマナは、あの腕輪に仕込まれた宝珠のようだが……。
さらに、天真爛漫なあどけなさの中に、実は計算高いところが見受けられる。特に、一晩で俺のギルド証にマナを満たした時。腕輪のマナが回復するときの余剰だとか。
そのくせ、食事の時などのちょっとしたしぐさには、平民のようながさつさがない。
何と言うか……目が離せない。
* * * *
翌朝、地平線の彼方に見えている森へ向けて出発。
……が、歩いても歩いても、一向に近づいた気がしない。
地平線って、何キロ先だっけ? まぁ、この世界が地球より大きいとか小さいとかだと変わるんだろうけど。
王都へ来るときは馬車だったが、商品を満載してたから歩くほどの速度だったらしい。四頭立ての駅馬車なら倍くらいの速度なので、森を越えたあたりの宿場まで一日で進む。
中途半端な距離なので、徒歩となったわけだ。
ちなみに、その宿場のある村がノルム村で、ブールたちの故郷だとか。
「……意外に遠いんですね」
「まぁ、でかい森だからな」
ブールがぼそりと答えた意味は、その日の午後になるとわかった。
「ほぇ~」
木々の梢を見上げて、美少女らしからぬ声を上げてしまった。都内の超高層ビルみたいな巨木が立ち並んでいる。
セコイアとか言ったっけ? あんな感じだ。
王都に来るときにも通った街道だけど、あの時はマナ切れで倒れてたから、見上げることも無かったし。
で、まだ日が高いが、その森の手前で野営することになった。
「見通しの悪い森の中での野営は、命取りだからな」
ふーむ。ビシャルもこうして普通に話すと、ベテラン冒険者だけのことはあるな。魔法のレベルが低いだけで。
俺の方は、変身しないとどのレベルも低すぎるので、色々教わりながら身に着けないと。
あ、火の起こし方は、ちょっとうまくなったぞ。
で、夕べと同様に飯食って、ノリスに抱っこされて眠った。
翌朝目覚めたら、いよいよゴブリン討伐だ。
……と、思っていた時が俺にもありました。
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