第14話 オッサン少女、特訓する

 俺、何やってんだろうなぁ。なんでこんな「オッサンがオッサンを慰め励ます」なんて構図が出来上がってんだ?

 元の俺なら、確実に禿が増すぞ?


 ようするに、だ。

 魔法レベルは使う魔法の回数で上がるらしい。レベルが低いうちは、強い魔法で一撃より、レベルに見合った魔法で手数を増やした方が良いわけだ。

 なら、変身せずに一昨日の模擬戦みたいなのをやるのが、コイツにも俺にも適している。


「よろしくお願いします!」

「お、おう……」


 ギルドの裏手にある訓練場で、一昨日と同じように対角線で位置取りし、俺は一礼をした。ビシャルも、戸惑いつつも応じてる。

 これからしばらく、こうして模擬戦を繰り返し、地道にレベル上げをする。そうすれば、レベル的なひずみが治るはず。


「それじゃあまず、結界を張って見せてください」

「良いだろう。……我を守れ、結界!」


 一瞬、彼のヘソのあたりを中心とした球面が薄く光を上げた。


「それじゃ、私も。……結界!」


 ビシャルの呪文を真似て結界を張った。

 おおーっと、体内のマナが半分持ってかれたぞ。なので、ギルド証から五デナほど取り込む。

 この辺はアルスくんに事前に教わっておいた。


 ……レベル上げないと、結界だけでマナ切れしそうだな。


「では行きますよ、ビシャルさん!」


 腰から短杖を引き抜いて、ビシャルに向けて呪文を唱える。


「……炎の矢!」


 か細い炎が杖の先端から飛び出し、ビシャルの結界でパチンと弾けた。


「……本当にレベル1の初級魔法なのだな」


 そんな呆れ顔が見えるほどには、瘴気が薄まって来ていた。


「だから特訓しないと、討伐依頼も受けられないんですよ。さあ、撃ってください!」


 ビシャルも呪文を唱え、炎の矢を撃ってきた。俺の結界に当たった瞬間。バンという音と共に結界が縮んだ。


「熱っ!」


 つま先が結界の外に出てしまい、炎の矢の熱波に晒された。

 あー、これビシャルが食らったのと同じだ。


「エミルちゃん!」

「だ、大丈夫だから、アルスくん」


 一瞬だったので、火傷するほどではなかった。

 結界を張り直し、減った分のマナをギルド証から吸い取る。ギルド証の残高が無くなれば、特訓は終了だ。

 それと、攻撃を受ける時に少しかがめば、つま先が結界の外に出ないことも分った。


 そうして魔法を何度か撃ち合い、俺のギルド証がからっけつになったところで変化が生じた。

 バン、とビシャルの攻撃を弾いたあとで、結界が縮まらなくなったのだ。


「……もしかして、レベルアップした?」

「やったね、エミルちゃん!」


 仲間たちと喜びを分かち合う。


「ビシャルさんも、ありがとうございました!」

「お……おう」


 頭を下げてお辞儀をすると、戸惑いながらも返礼してくれた。

 瘴気がほとんど晴れているのは良いんだが……真っ赤な顔で目を逸らすなよ。こっちも困るじゃないか。


 ごめんなさい。こんな時、どんな顔すればいいか分からないの。

 ……いや、マジで。


「じゃあ、訓練は終了で良いな? 魔法端末ATMでレベルを確認して、マナを入れておこう」


 と、ブールが言ったその時。


「……あ!」


 俺の中にビシャルの状況を改善するアイディアがひらめいた。


「ビシャルさん、ギルド証を一晩、私に預けてくれませんか?」

「は?」


* * * *


 翌朝。

 ギルドに顔を出すと、ATM魔法具の前でビシャルが待ち構えていた。

 もう瘴気など微塵もまとっていない。なんだか、やたらに晴れやかな顔だ。


「おはようございます、ビシャルさん」

「ああ、エミルもな」


 やっぱり瘴気は精神に影響を与えるんだろうな。絶望に囚われると瘴気が生まれ、瘴気に包まれると精神を病んで行く。負のスパイラルと言うやつだ。

 昨夜の模擬戦の後で変身して、その瘴気を浄化してやった。でもって、ビシャルのギルド証も一緒に身に着けて就寝。

 すると、どうなるかというと。


「はい。ギルド証、お返しします」

「ああ。……こ、これは一体!?」


 ビシャルの名前の下には、燦然と輝く百二十五の数字が表れた。そして俺のギルド証にも……8ミナの数字が。


 夕べの変身と瘴気の浄化で、ブレスレットのマナは宝石一個分と少しを消費した。で、寝ている間に宝石二個分が回復したので、余ったマナは俺とビシャルのギルド証に流れ込んだわけだ。

 コイツは手持ちのマナを全部、空になってた杖の宝珠につぎ込んで、無一文になってた。しかも、自慢の強力な魔法で討伐依頼をこなしても、報酬以上にマナを消費してしまうのでジリ貧に陥ってたんだな。

 まぁ、絶望もするわ。


「これでしばらくは、やって行けますね?」

「あ……ああ。しかし、いいのか?」


 まぁ正直言うと、さんざん絡まれたので個人的には間尺ましゃくに合わない気もする。なんたって、俺の十五倍以上もの身入りだ。

 だがしかし、俺は魔法少女だ。愛と希望を振りまいて、この世界の瘴気を祓うのが使命なのだ。

 ……チェシャによると、だが。


「構いませんよ。それで、良い依頼はありましたか?」

「そうだな。このあたりかな」


 代わりに、俺のレベルアップに見合った依頼を、一緒に受けてもらうことになった。

 銀ランクだとそれに見合った依頼しか受けられないので、鋼ランクの「ノルムの盾」が受けた依頼に加われば、レベルに見合った初級魔法を使う機会が増えるわけだ。


 本当は、もうしばらく模擬戦をやるつもりだったのだけど、夕べの一回でレベルが2になったので、今日からは実戦で、となった。

 チェシャの奴に「マナの回復を狙って変身するのはよろしくない」なんて言われたからなぁ。コイツに邪道とか言われると、すごくムカつくんだけど。


 俺は依頼票を手にして、アルスと一緒にじっくりと内容を確認した。


「こっちはゴブリンの討伐ですね。私の火魔法で倒せますか?」

「レベル2に上がってるから大丈夫だと思うよ。あの結界なら何発かは攻撃も弾けるはず。もちろん、うちの前衛が近寄らせないけどね」


 他はブラックウルフとかブラックベアという、ちょっとランクが上の魔物の討伐だった。


「俺の魔法で支援すれば、このくらいでも行けるのではないか?」


 ビシャルにすれば、今更ゴブリンなんて、という気分なのだろう。魔石もショボイし、特に売れるような素材にもならない。

 実際、彼が推してる魔物も、全員で囲んで袋叩きに出来れば倒せなくもない。

 が、狼なら群れで行動するし、熊は今の時期、子育て中の母熊と出くわす可能性が高いらしい。つまり、逆に囲まれたり、やたら狂暴だったりすると、危険度が一気に上がるわけだ。

 しかし、そこでビシャルが高価な魔法を使ってしまうと、マナを浪費してしまうので意味がない。

 かと言って、俺が変身するにはあの謎ダンスで一分ほどかかる。変身が終ったら仲間は全滅してました、なんて願い下げだ。


「……というわけで、ゴブリンにしませんか?」


 俺とアルスの提案で、ブールもうなずいた。


「そうだな。ここは手堅く行こう。アンタはどうだ?」

「ああ……良いだろう」


 ビシャルも渋々うなずいた。


 よし、じゃあ出発だ!

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