第13話 オッサン少女、はげます

 すわ、悪霊かと思いきや。

 うごめく瘴気の隙間から、大きな杖を持つ手がチラチラと見えた。


 ……なんかアレ、見覚えのある杖だぞ。


 と、瘴気の中の金色の瞳と目が合い、猛烈にガン飛ばされた。


「小娘! 俺の魔石を返せぇぇえ~!」


 さらに掴みかかって来た!


「お、怨霊退散!」


 とか思わず叫んだけど、変身してないから何も起こらない。

 つーかコイツ、生身の人間だ。この声も、金色の眼も見覚えがありすぎる。

 俺は掴まれた腕を振りほどこうとしてもがいた。


「放してください! ビショヌレさん!」


 そう。一昨日、魔法勝負でコテンパンにした、ビショナントカという魔術師だ。


「誰がびしょ濡れだ! 俺はビシャル・ナレドだぁ!」


 そう叫びながらも、ビシャルは号泣していた。フードがはだけて、瘴気の隙間から見える顔は、涙でビショビショ。

 あっけに取られてたうちの男性陣だったが、何とかブールがびしょ濡れビシャルを羽交い絞めにし、引き離してくれた。


「魔石を……魔石を返せ……」


 いや。魔石を取ったりしてないんだけど。浄化しただけで。


「魔石を取ったりしてませんよ? 浄化して宝珠にしただけで――」

「ウソだ!」


 真っ向から全否定されてしまった。


「浄化して宝珠にしたくらいで、1ミナも残さずマナが無くなるはずがない!」


 あー、あの時に使い切っちゃったのか。


「あの場には、あなたが放った瘴気が充満してたから、それを浄化するのに必要だったんです!」

「ウソだ!」


 ――またかよ。


「瘴気なんて、そんな眼に見えないものに意味はない!」


 ……目に見えない?


「見えないって……今のあなた、瘴気まみれで顔も良く見えないくらいなのに」

「ウソだ!」


 俺はみんなの顔を見ると、アルスが顎に手を添えて答えた。


「瘴気って……それ自体は普通、見えるもんじゃないよ? ものすごく濃くなって、周囲が沼地になるくらいじゃないと」


 ビショビショを取り押さえてるブールとテリーもうなずいた。


 ……なんてこった。瘴気が見えるのは魔法少女限定なのか!


「でも、本当なの。あのまま訓練場に瘴気がこもってたら、みんなに悪い影響がでちゃうから」

「ウソだ!」


 えー。


 ビショビショが語り始めた。長いぞ。


「瘴気がどうのなんて、デタラメだ! 悪い影響などあるものか! 魔力は宝珠より魔石の方が遥かに強い。その力を使って魔物を討伐し、ランクを上げることの何が悪い!」


 杖の宝珠……魔石だったものを俺に突き付けて、さらに続ける。


「俺は銀ランクだ! それにふさわしい魔石があったからだ! なのに……」


 くどくどと、自分の貴族としての位階にふさわしいランクがどうとか。


 ……銀ランクか。あ、ならお財布のギルド証にもいっぱい溜まるんじゃね?


「アルスくん、銀ランクのギルド証って、いくらまで入るの?」


 突然話を振られて、アルスはきょとんとした。が、すぐに答えてくれた。


「えーと、たしか百ミナくらいだったはず――」

「百二十五ミナだ!」


 ビショビショが被せて来た。


「口座にはその倍もあった! それを全部つぎ込んだが、元の魔石の1割にも満たない!」


 へー。変身ブレスレットが八千ミナだから、その半分近くもあったのか。

 ……でもなぁ。


「三百七十五ミナって、結構な魔力ですよね?」

「何を言う! そんな量は中級魔法を数十発撃てば終ってしまうではないか!」


 ……え、今、凄いこと聞いちゃったぞ!?

 その計算だと、一発あたり数ミナ以上……ざっくり数十万円相当だ!

 道理で、模擬戦程度では初級魔法しか使わなかったわけだ。短杖ワンドの試し打ちでは、この身体に溜めてた一ミナ分のマナで数発撃てたからなぁ。


 しかし何だな。この世界では魔力が金になるし、魔法には金がかかるんだ。

 そりゃ、魔物から取った魔石を、そのまま使いたくもなるよなぁ。

 で、コイツは今、文無しで、ランクに見合った依頼を受けるとマナの採算が合わない、と。


 ……あれ? ということは、テリーの腕を治した時、マナ切れを起こしたよな? て事は、八億円もかかるのか、あの魔法?


 すると、チェシャが顔を出してきた。


「説明しよう。魔法のレベルが上がれば効率が上がって、マナの消費量が抑えられるよ」


 ……てことは、俺はレベルが低いのか。


「そうだね。まだレベル1で、もうじき2になるよ」


 ……しかし、レベルなんてものがあるなんて、聞いてないぞ?


「そりゃ、聞かれなかったから――」


 はいはい、分りましたよ。

 だが……それなら変身しなくても、普段のままでも地道にレベル上げしていけば、変身後の魔法の効率も上がるんだな。


 ……いや、まてよ?


「あの、びしょ濡れさん」

「ビシャルだ! ビシャル・ナレド!」


 すまん。オッサンなんで記憶力がな。


「えーと、もしかして冒険者になるために、この杖を買ったんですか?」

「そうだ! 相続した全財産のほとんどをつぎ込んだのだ! それをお前は……」


 あー、やっぱり。

 コイツはいわゆる課金チートだ。最初に大枚払って強力なアイテムを手にし、ゲームの序盤から無双していたわけ。それで討伐などの依頼をどんどんこなして、冒険者ランクは上がって行ったんだろうけど。


「では、びしょ……ビシャルさん。あなたのレベルはいくつですか?」

「レベルだと? そんなもの知らん!」


 今度はこっちが目が点になった。自分じゃ見えないけど、見回すとみんなもそうなってるから。


 ブールはビシャルを羽交い絞めから解放すると、頭をガリガリ掻いて問い詰めた。


「……あんた、レベルの確認とかしてないのか?」

「関係ない!」


 プイと横を向いた彼の肩を、ブールはガッチリと掴んだ。


「ちょっとあんた、あっちへ行こうか」

「なんだ! この……放せ!」


 そのまま、ATM魔法具まで強制連行。


「ここへ手を突け。俺が払ってやるから」


 無理やりプレートに手を突かせて、自分のギルド証を隣に置き、つぶやいた。


「レベル確認」


 するとプレートに文字が浮き出て来た。

 ああ、この魔導具、こんな機能もあったのか。


「……レベル3かよ。ぶったまげたな」


 呆れかえったようなブールの仏頂面。

 で、俺は尋ねた。


「それって低いの?」

「めっちゃ低い。あり得ないな。銀ランクなら、最低でも20はあるだろう」


 つまり。最初からチートアイテムに頼って、レベルに見合わない討伐などを行ってたから、本人が成長しないままだったというわけだ。


 アルスもうなずきながら。


「道理で。僕も、中級魔法が数十発で四百ミナ近くは変だと思いました」

「つまり、地道に初級魔法を数多く撃っていた方が、レベルは上がりやすいってこと?」


 俺の質問に、アルスは微笑んで答えた。


「はい。その方がマナの消費量も少なくなりますしね」


 ちなみに、「ノルムの盾」のレベルは、全員10~11だった。『鋼』ランクにふさわしい。

 しかし俺はレベル1のまま。『石』ランクはレベル5以上だそうだから、ランクに見合ってないのは俺もビシャルと同じだ。


 俺はビシャルの手を取った。


「ビシャルさん。一緒に地道にレベル上げしましょう」


 すると、なぜかビシャルの顔を覆い尽くしていた瘴気が一瞬晴れた。


 ……おい、どうした? 頬が赤いぞ。

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