第12話 オッサン少女、慰める

 早朝のギルドは、依頼票を見る冒険者たちでごった返していた。身入りの良い依頼は早い者勝ちなので、目ざとく見つけた者から窓口に並んでいく。

 それに混ざって、俺たちも列に並ぶ。大半は依頼を受けるだけなので、前に並んだ時より列の進みは早い。


「はい、お次の方、どうぞ」


 ブールが討伐証明の魔石を提出し、依頼の報酬五十ミナを受け取る。魔石の方は査定に一日かかるので、買い取り額は夕方にならないと決まらないそうだ。

 それからATM魔法具の前に移動。今回も、報酬は全員に均等割りだ。なので、各自の口座からギルド証へチャージ。

 で、俺もチャージしたんだ。八ミナを。


 その後、朝食代わりにギルドの酒場で軽く飲み食いする事になった。名々がウェイトレスに注文し、ギルド証で支払ったのだが。

 俺のギルド証を触れさせた時、ウェイトレスの差し出したプレートが赤く光った。


「残額がゼロのようです」

「え? なんで?」


 ギルド証の宝珠に触れたが、数字は表示されなかった。


「チャージしそこなったか? 俺が払っとくよ」

「すみません。あの、確認して来ます!」


 ブールに頭を下げて、俺はATM魔導具のところへ小走りで向かった。


「やっぱり、口座からは八ミナ減ってる……なんで?」


 おろおろしていると、胸からチェシャが。


「説明しよう! ギルド証のマナは、ブレスレットに吸収されたんだよ」


 な、何だって~!?


「さっき変身して、ブレスレットのマナを消費したよね? 今はそれの回復中だから、身体からも身に着けた宝珠からも、マナがブレスレットへ取り込まれてるんだ」


 ぐっ……変身するたびに財布が空になるだと?

 そうか、そうなるのか。じゃあ、当分、変身はナシで。


「そうはいかないよ。魔法少女には使命があるからね」


 ……ブレスレットに吸われる前に、口座に移しておこう。って、いつ変身が必要になるかなんて、わかる場合の方が少なそうだな。


 もう一度チャージしても、すぐにブレスレットに吸われてしまうのでは意味がない。確かめたら、宝石は八つ目が点滅していた。あと三時間ほどで満タンとなるわけだ。

 チャージするのは、その後で良いだろう。


 みんなのいるテーブルに戻って事情を話したら、同情してくれた。


「なら、そんなときは俺たちで払ってやるさ」

「そうそう。エミルちゃんには助けてもらってばかりだし」


 ブールもノリスもそう言ってくれるし、アルスもテリーもうなずいている。みんな、良い奴らだなぁ。


 ということで、飲み食いした後は宿に戻って夕方まで爆睡だ。

 なぜかノリスに抱っこされながらだが。


「もう! ノリスさんお酒はいってませんか!?」

「シラフでもエミルちゃんの可愛さには勝てないのよ~ん♡」


 つくづく、女体化したのが惜しい。


* * * *


「え? 何で満タンなの?」


 呆然としてギルド証の数字を見つめる俺。


 夕方、再びギルドへ行って、亡霊たちの魔石の代金を受け取った。数は多かったが小物ばかりなので、数十ミナだったが。

 そして、ATM魔法具で各自の口座に均等割りで入金。この辺もアルスが担当らしい。俺を除くと、メンバーで割り算が出来るのは彼ひとりだからだ。


 で、俺もギルド証にチャージしようと思ったのだが、空っぽのはずなのに、すでに八ミナが入っていた。

 そこへ、胸からチェシャが顔を出す。


「説明しよう。寝てる間にブレスレットのマナが満タンになったから、余った分がギルド証の宝珠に流れ込んだのさ」


 ……て事は、魔法少女に変身すれば、毎日八ミナがもらえるってことか!

 なんだっけ? ベーシックインカムみたいな?


 とか思ってたら、チェシャが。


「一度でも変身すれば、全部ブレスレットに吸われちゃうけどね」


 くそっ……。いやまてよ? もしかして、この八ミナを口座に移せば、すぐに補充される?


「そうはならないよ。ブレスレットに溜める時の速度は早いけど、それ以外の時は一晩一デナしか貯まらないからね」


 そうだった。変身しなけりゃ一般人並みなんだっけ。

 ちなみに、マナが溜まるのは魔力を使わない睡眠中だそうだ。睡眠を削るとマナ切れしやすくなるので、要注意。


 ……しかしなんだな、毎晩一デナが溜まるのなら、使わないと損だな。


「そうそう。手持ちのマナは、魔法や支払い、生産活動などでどんどん使わないとね」


 そんなチェシャの解説に、以前アルスから聞かされていた話をブッ混んでみる。


 ……魔法を使うとマナが瘴気になるから、みだりに使うな、ってのを聞いたぞ?


「誤解だね。全然、そんなことないよ」


 にべもない。


「そもそも、瘴気が生れる切っ掛けは、絶望などの負の感情だから」


 ああ、確かに。右腕を失ったテリーからは瘴気が湧いてたな。


 そんなやり取りの間に、みんなはアルスに計算してもらいながら、ATMからギルド証へチャージを終えた。俺は逆に、半分だけ自分の口座に預け入れた。

 ……まさか、口座のマナもブレスレットに吸われちゃうとか、ないだろうな。怖くて質問できないけど。


 そう思って、みんなの方を見ると、テリーはいつものように陽気に笑っていた。ブールと掛け合い漫才みたいなやり取りをして、ノリスに突っ込まれている。


 ……あれ? アルスが暗いな。


 表情が暗いだけじゃなく、うっすらと瘴気も漂わせている。


* * * *


 いつものギルドの酒場で、みんなと夕食という名の飲み会。俺はノンアルのサワーだけど。

 で、アルスがさえない顔なので、何かあったか聞いてみた。


「……アルスくん、浮かない顔だけど、何かあったの?」


 ふっ、と寂し気に微笑んで、少年は答えた。


「いや……見習いとはいえ僧侶プリーストなのに、テリーの治療でも除霊依頼でも、大して役立たなかったからさ……」


 ああ、なるほど。そりゃ、劣等感を感じるのも無理はないな。

 もっとも、俺の方は全裸ダンスというペナルティもあるし。そのたんびに財布も空っぽになることも、ついさっき知ったし。


「でも、アルスさんが治療しなければ、テリーさんが大変なことになってたはずですよね?」


 腕からの出血はかなり酷かった。俺がマナ切れで倒れていた間に、失血死していたかもしれない。


「夕べだって、もし私がまたマナ切れしたら、アンデッドに包囲されちゃったかも。アルスさんがいたから、私も全力で除霊できたんです」


 すると、少年は顔を上げて「そうだね」と微笑んだ。

 良かった。瘴気はもう漂っていない。


 ……と思ったら、ギルドのドアが開いて瘴気の塊りが入って来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る