第11話 オッサン少女、除霊する

「ジャイアントリザードの魔石、こちら百二十ミナとなります」


 窓口のお姉さんの言葉に、ブールが固まっフリーズしてしまった。なので、指でツンツンして再起動。


「ブールさん、お姉さんが困っちゃいますよ」

「……あ、ああ。ええと、その額でお願いします」


 千二百日分の日当。労務者の三年分の年収だ。五人で分けても、半年以上は遊んで暮らせる。

 ……が、そうもいかないのが冒険者稼業だ。


「この討伐でパーティーのランクが上がりました。パーティーとしては『鋼』ランクに、メンバーの皆さんもひとつずつランクが上がります」


 おお。なんと冒険者になって二日目でランクアップだ。


「では、皆さんのギルド証を更新しますので、こちらに出してください」


 俺は胸元からギルド証の木片を取り出し、窓口のプレートに置いた。で、ブールは相変わらず魂が抜けかけてるので、酒場の方で待機しているみんなに呼びかけた。


「みんな来て! ランクアップだって!」

「「「えっ!?」」」


 文字通り飛び上がって、ぞろぞろと窓口までやって来た。おかげでブールも正気に戻れたようだ。

 そして、全員がギルド証をプレートに置いていく。俺以外は皆、黒い石の札だった。

 そして、受付嬢のお姉さんが新しいまっさらなギルド証を隣に並べていく。

 みんなは鉄かな? いや、鋼と言ってたか。俺だけが黒い石だ。


「それでは、ギルド証を更新します」


 お姉さんがプレートに手を置くと、古い方の札から名前が消えて、新しい方へと彫り込まれていく。良くできてる魔法だな。


「はい、では新しいギルド証を、どうぞお取りください」


 プレートからガラス質の黒い石――多分、黒曜石――の札を取り上げる。

 皆、札の宝珠に触れて残額を確認している。なるほど、さっきのでマナも移ってるのか。

 俺のは……やっぱりゼロだ。まぁ、そうだよな。


 で、売れた魔石の値段をブールから聞いて、分配でちょっともめた。みんな「エミルが倒したんだから全額を!」と言ってくれるんだけど。「仲間になったんだし、全員で戦ったんだし」と説得して、二十四ミナずつ分けることに。

 なのでATM魔法具へ殺到した。ところが、ギルド証にチャージできるミナの最大額が増えて二ケタになったので、計算が苦手な三人がアルスに泣きついてるようだ。

 あー、そうだな。二ケタ以上の加減算って、電卓欲しくなるものね。

 結局、アルスが一人ひとりの額を計算してあげてる。


 ありゃ、ちょっと時間がかかるな。


 そう思った俺は、隣の掲示板を見てみることにした。こっちの数字が読めたから、もしやと思ったら、文字も問題なかった。

 で、目についたのが『鋼』ランク以上の依頼票だった。


 ……アンデッドの討伐?


* * * *


 夜。王都の外壁に近い共同墓地。木立に囲まれたその場所は、墓標が並ぶだけで殺風景だ。

 月もなく、あたりを照らすのは俺の生活魔法「光玉」のみ。

 傍らにはこめかみを押さえてるアルスくん。他のメンバーは後ろからついて来ている。

 もう、この墓地を何周したことか。


「ご……ごめんね、エミルちゃん」

「いえいえ、大丈夫ですよー」


 アルスはさっきまで「光玉」を出してたのだが、なかなかアンデッドが出てこないので、マナ切れしかけてた。

 なので、俺がその代役となって二時間ほど。そろそろ日付が変わるころだ。

 しかし今の所、収穫はゼロだ。アンデッドどころか、人魂ひとつ見つからない。


「……早く出てきてほしいけど、出てきて欲しくない……」


 後ろでノリスがブツブツ言ってる。どうやら幽霊が怖いらしい。

 意外と女性らしいというか。普段の姉御っぷりとのギャップに萌えるなぁ。


 やがて、墓地の隅、ひときわ殺風景な墓標の並ぶところへ来た。花の一本も捧げられていない。

 もう何度めだろう。


「ここって、いわくつきなお墓なんですよね?」


 傍らに立つアルスに聞いてみる。


「うん……先日の謀反騒ぎで粛清された貴族の、一族郎党が埋葬されているって話だったから」


 文章なら「たったの一行」だけど。そこには沢山の人生が詰め込まれている。

 考えても見てほしい。自分の伯父さんとか、親の勤務先の社長などが犯罪を犯したからといって、問答無用に処刑されちゃう。それが、「一族郎党」の意味するところだ。

 無茶苦茶だよね。だからこそ、怨念が渦巻くわけだ。

 で、怨念は瘴気を産みだす。


 ううむ。確かにここは、闇夜より濃い瘴気が渦巻いている。はっきり言って、ゲロ吐きそうなほど。

 だからきっと、後ろの方で真っ青な顔で震えてるノリスは、マトモな神経なんだと思う。


 で、「光玉」でへばっちゃったアルスがある程度何とか復活したころ、それは現れた。


「絵に描いたような怨霊ですね……」


 墓標のそばにたたずむ、半透明の人影が複数。実体がないと丸わかりなそれらは、うつむいたまま強烈な瘴気をまとっている。

 見るからに平民の服装なので、完全にとばっちりで処刑された使用人なのだろう。魔法や精霊が存在する世界なのだから、お祓いとかきちんとすべきなのにな。


「……迷える魂に導きを、除霊!」


 アルスくんの詠唱で人影は消え、後には小さな赤く輝く魔石が残された。除菌……じゃなかった、除霊だ。

 しかし、人影がまとっていた瘴気はまだ残っている。


 もしかして、死者の魂は浄化されても、怨念は残ってる?


 ……そして、その瘴気の中に、別な人影が現れる。


 これじゃ、朝までたっても終わらないな。


 やがて、アルスくんは再びマナ切れ状態になった。

 でも、しっかり手本を見せてもらえたので、この「除霊」という魔法も使えるようになった。


 仕方がない。魔法少女の出番だな。


「変身!」


 死霊たちに見られても煩悩とか沸かないだろうから、気にせず全裸ダンス。

 生きてる方はというと、恐怖を克服したらしいノリスが、ブールとテリーの眼を片手ずつで塞いでくれてた。アルスの方は自主的に両手で目を覆ってるけど……指の間から見てるだろ。オジサンにはわかるんだよ。


 でもって、「明るい魔法で闘う」と誓った通りに、湧き出てくる怨霊を片っ端から、ちぎっては除霊、ちぎっては除霊。


「あら? だんだん、位が高くなってきてます?」


 次第に、現れる怨霊の衣装が上等なものになって来た。

 やがて、瘴気の中にいかにも貴族と言った風格の人影が湧いて出た。

 ……と思ったら、いきなり喋り出した。


「我はエメリウス辺境伯、ラムセス・アトレイア……この恨みはらさでおくものか!」


 うん……恨みは深いんだろうけどさ。その恨みをはらしたところで、もはや誰が幸せになるわけでもないよね。皆殺しになっちゃったんだから。


「魔太郎さんも逝っちゃってください。……除霊!」


 ……うわ。

 後に残った瘴気が、これまた特濃。ここまで濃いと、冥界へでも繋がっちゃいそうだ。

 なので、これも根こそぎ浄化。


 夜明け前にはすべて片付いた。

 東の空が白みだしたころ、後ろで控えていた仲間たちと、墓標の周りに散らばった魔石を回収する。


「なんか、俺たち今回、出番なかったな……」


 とのテリーの言葉通り、アルスくん以外は空気だったよね。

 警戒担当のギズモも、音も臭いも発しない怨霊が相手では役に立てなかったようで、ずっとテリーの首筋にしがみついていただけだ。

 肉体を持つゾンビとかスケルトンなら、察知できたんだろうけどね。


 とりあえず、なんかすごくチョロかったけど、これで討伐依頼は完了した。


 ……はずだった。

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