第9話 オッサン少女、買い物する(1)

「魔石を魔法具にするなんて、邪道らと思うんれす!」


 なぜか、ろれつが回らないまま俺は力説した。

 ……おかしい。飲んでるのは、柑橘系サイダー。ノンアルのはずなのに。


 ギルド訓練場での決闘……もとい、模擬戦のあと。「酔いがさめちまった」というブールの一声で、「ノルムの盾」が懇意にしている宿屋で二次会となったのだが。

 あ、宿屋の一階が食堂になってるのも定番だな。


「うーん。でも、どの道、魔法を使えば瘴気は発生しちゃうんだし」


 そんなアルスくんの言葉が気になって、俺はさらに質問する。


「どーしてなんですかぁ?」

「だって、過去、大規模な魔力戦闘が起こった古戦場は、どこも酷い瘴気の沼になってるんだもの」


 そして彼は、いくつかの例を挙げてくれたのだが。


「うっく……ひっく」


 いきなり俺は泣き出した。みんなびっくりしてるが、一番は俺自身だよ。

 なんつーか、身体と魂が分離してる?


「じゃあ、じゃあ、私がテリーさんの腕を治したところは、瘴気の沼になっちゃったんですかぁ!」


 うわーんと泣きだす俺……もしかして泣き上戸? これ、本当にノンアルの果汁だよね?


「そ、そんなことないよ」

「そうよ、エミルちゃんに限って、あり得ないわ」

「そうだよ、俺なんて感謝しかないって!」

「ああ。エミルは絶対に悪くない!」


 口々に慰めてくれるみんな。とてもうれしい。

 ……だけど、本質からはかなり外れている。


 まずもって、瘴気とは何か。


 俺が初めて観た瘴気は、他ならなぬテリーから立ちのぼったものだ。チェシャが言うには、それは右腕を失った事による絶望が生み出したものだと。

 しかし、アルスによれば「魔法を使うと、消費されたマナが瘴気に変わる」ということらしい。エンジンを回すとガソリンが排気ガスに変わる、みたいな。

 もしそうなら、俺が大量にマナを消費してテリーの腕を治した時に、大量の瘴気が発生したはずだ。

 しかし、そうはならなかった。


 いや、治した直後にマナ切れで倒れたから、実際にどうかは確認してない。みんなの話を聞いた限りでは、その場では変化など感じられなかったようだが、もしかしたら時間がかかるのかもしれない……。


 ――と、柔らかい感触に包まれた。暖かい。

 どうやら俺は泣き疲れて眠ってしまい、ノリスに抱きかかえられたらしい。


「部屋に行って寝かせてくるわね」


 そんなノリスの声を最後に、俺は眠りに落ちた。

 ……のだが。


 夜中に、そのノリスに襲われた!


「むふーん。エミルちゃん、きゃわいい」

「ちょっ! ノリスさん、自分のベッドで寝てください!」


 酒臭い。あの後、相当飲んだに違いない!


「エミルちゃんのは、まだ発達途上ねぇ」

「……どこ触ってるんですか!」

「揉むと大きくなるのよぉ~」


 自分のが大きくなっても嬉しくない! むしろ、背中に当たるノリスの方が……いやいや。


「ぐー」


 寝たか。俺も寝よう。すぐ寝よう。


* * * *


 翌朝。

 ぱちりと目が覚めた。

 しかし、起き上がれない。体に絡みつく、ノリスの手足のせいで。


「あの……ノリスさん、起きてください」

「うーん……頭痛い」

「なら、寝ててもいいから放してください! 起きなくちゃ……」


 魔法少女でも、生理的欲求にはかなわない。なんとかノリスの魔の手足から逃れると、俺はトイレに駆け込んだ。


 ……ああ、間に合って良かった。


 手のついでに顔も洗ってから部屋に戻ると、頭を押さえながらもノリスは起きてた。


「ううう……ぎぼぢわるい゛……」

「飲みすぎなんですよ、控えなきゃ」

「エミルちゃん、お願い癒して」


 無理だ。マナは宝石三つ分しか回復してない。変身だけで一つ使っちゃうわけにはいかない。


「病気じゃないんですから。朝御飯に行きましょ」


 前世の俺も飲兵衛だったが、翌朝に残るほどは飲まなかったぞ!


* * * *


 宿屋で二日酔いは日常茶飯事らしく、ちゃんと薬が常備してあった。魔法薬とかではなく、薬草を煎じる奴だ。


「うぇ~、まずい……もう一杯!」


 カップで二杯飲むと、ようやくノリスの顔に生気が戻って来た。


 朝食の話題は当然、夕べの決闘……じゃない、模擬戦だ。

 どうやら、あのいけ好かない「お貴族の三男坊」は、真っ白に燃え尽きてしまったらしい。プライドも、自慢の魔法の杖もへし折られて。

 あ、実際には杖は折ってないけどね。嵌ってた立派な魔石が、マナが切れた宝珠になっただけで。宝珠に自然にマナが溜まるか、口座からマナを移さない限り、今までみたいに魔法で無双は出来ないだろう。


 この世界だと「マナ切れの沙汰も金次第」なんだな。


「それじゃあ、お買い物に行くわよ!」


 復活のノリスに意気揚々と引きずられて、俺たちは街へ繰り出したのだった。


 この世界でも、買い物の主導権は女性にあるらしい。いくら外見が美少女でも、中身がオッサンな俺は、ノリスに引き回されることになる。


「どう、これ? エミルちゃんに似合うはず!」

「あの……私はもっと、シンプルな方が……」


 どうも、ノリスは俺をドレスアップさせたいらしい。今着てるのはアルスに借りたローブだから、神官っぽい男女兼用の地味な奴だ。

 なので、ノリスが衣類の店で薦めてくるのは、やたらヒラヒラのフリルがたくさんついたものばかり。


「カワイイ娘は、可愛くする義務があるの!」


 だが、しかし。中身は俺なのだから、そんなの恥ずかしいだけだ。

 そうした服の趣味で攻防を繰り返した挙句、三着(シンプルな普段着×2、オシャレ×1)を購入。俺は無一文なので、支払いはノリスだ。


「どうもすみません、こんなに……」

「気にしないで。エミルちゃんがいなかったら、買い物すらできなかったはずなんだから」


 シンプルその1を着て宿に戻ると、男性陣三人も戻って来た所だった。

 修理に出したのだろう、ブールの背中には大盾が無かった。逆に、テリーの背中には大きな弓が背負われていた。


「ウキュ!」


 テリーの肩で、ギズモがこっちを見て鳴いた。可愛い奴め。


「アルスは何か買ったの?」


 ノリスが尋ねると、アルスはかぶりを振った。


「教会で十分の一税を納めて来たんだ」

「へぇ。相変わらず真面目なこって」


 テリーがまぜっかえす。

 アルス曰く、敬虔なる精霊教徒としての義務だとか。週に一度、手に入れたマナの十分の一に当たる額を捧げる。

 もっとも、教会のある町などに滞在する期間のみで、旅の間は免除されるらしい。


「あの、アルスさん。ローブを貸していただいて、ありがとうございました。ちゃんとお洗濯してから、お返ししますね」


 と言ったそばから、畳んで持ってたローブをアルスはひょいと掴んだ。


「構わないよ、このままで」

「でも……」

「いいから」


 ……良い顔で笑ってるけど、コイツ後でクンカクンカするんじゃねぇか? 元の俺なら絶対する。

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