第8話 オッサン少女、ケンカを売る

「痛いです! 放してください!」


 左手首を掴まれて、ギリギリと締め付けられた。

 掴んでる男は背が高く、黒いローブをまとっている。顔はフードに隠れて見えないが、金色の瞳が爛々と輝き、こちらを見下ろしてる。

 もう片方の手にはゴテゴテと飾りのついた杖を持っているから、おそらく魔術師なのだろう。


「すれ違った時、この手首から尋常でない量のマナを感じた。小娘、この腕輪をどうやって手に入れた!? これはお前のような平民が手にしていいものではない!」


 平民とか言ってる。てことは、コイツは「お貴族様」か! 多分、跡継ぎに成れない三男とか四男とかなんだろう。その手合いが冒険者で成り上がろう、てのも定番だな。

 さらに言えば、こうして先輩冒険者に絡まれる、てのもテンプレだが……。


 ……骨が軋みます。痛い。痛すぎる!


「……これは、母さんの形見です!」


 なので、それっぽい事を言ってみた。


「ほほう? どこかの貴族の御落胤ごらくいんだとでも? 身分を偽るのは重罪だぞ!」


 コイツ、勝手に話を進めやがって!


「そんなことは知りません! それにこのブレスレット、私にしか使えませんから!」


 魔法少女を舐めんな! 中身はオッサンだけどな!


「ほう。では小娘、お前は魔法が使えるというのだな?」

「使えますし、あなたなんかには負けません!」


 思い切って、相手の眼を見返して宣言する。


「魔法で私と、勝負しなさい!」


* * * *


 てなわけで、大見栄を切った俺は今、ギルドの裏手の訓練場にいる。正方形の、塀に囲まれた中庭で、俺と奴はその対角線に位置取っている。


「エミルちゃん、相手が悪すぎる。思い直した方が良いよ!」

「そうだよ、いくらエミルちゃんが強くたって、貴族を倒したら、後が大変だよ……」


 ノリスもアルスも心配してくれている。それは嬉しいんだが……。

 はっきり言って、これはチャンスだ。


 俺、すなわち魔法少女エミルは、今の所、攻撃魔法を全く知らない。その代り、魔法を使うところを見れば、それだけで習得できる。

 今いるパーティー「ノルムの盾」に魔術師がいない以上、こうして対戦するのが手っ取り早い。


 気がかりなのは、ただ一つ。

 ブレスレットに触れてみる。ちゃんと灯った宝石は二つ。三つめは光が薄い。チャージが不十分だということだ。

 変身で宝石一つ分のマナを消費するみたいだから、残りひとつでケリを付けないと、またマナ切れで倒れてしまう。

 そうなったら、相手をブチのめして勝利宣言できないからな。


「……あ!」


 ここで俺は、大事な事を忘れていたことに気づく。

 戦うには変身しないといけない。

 そして、変身するには、あの裸ダンスを踊らされる。

 あのヤロウの目の前で!


「あの……みんなにお願いがあるの」


 パーティーメンバーに頼みごとをする。


「変身するから、みんなで私を隠して!」

「「「「もちろん!」」」」


 というわけで、「着替えるからあっちを向いてて!」と黒ローブの男に告げると、みんなの後ろでこっそり変身した。


 いや、光る星の渦とか出まくってるから、絶対目立ってるけど。


「魔法少女エミル! 明るい魔法で戦うわよ♡」


 いつものキメポーズで、みんなはサッと左右に分かれてくれた。


 ……で。

 思った通り、対戦相手の男は目が点になってた。

 いや、フードに隠れてて見えないけど、眼光鋭い金色の視線が、針で突いた穴のように小さくなってる。


「何だ、今の光の渦は……」


 だが、はっと我に返ったようで、自分も名乗りを上げて来た。


「……カエランドラ侯爵家三男、ビシャル・ナレド! 我が魔法を受けてみよ!」


 あー、やっぱり三男坊だったか。


 まずはお手並み拝見。ビシャルは詠唱を始めた。聞き逃すまいと、こちらも集中する。


「……鋭き熱き矢にて貫け、炎の矢!」


 こちらに向けた杖から、鋭く燃え盛る炎がほとばしり出た。


「よっと!」


 斜め前方への宙返りで、これを避ける。ブレスレットの宝石は、あと一つが灯るだけ。一発でも喰らえば、マナ切れが迫って来るはずだ。


「ほら、どうしたの? かすりもしないわよ?」


 わざわざ挑発しなくても、ビシャルはどんどん詠唱しては攻撃を放ってくる。

 それを避けながら、あることに気づいた。


 なんだかアイツの回り、黒い霞が出てきてる?


「説明しよう!」


 チェシャが胸から飛び出した。


「彼の持つ魔法具の杖は、生の魔石を使ってるんだよ」


 何だその、「生の魔石」って?


 チェシャのご託を聞きながら、右に左にと回避する。

 ……胸から謎生物の頭を生やしながらだから、もし見えたらかなりシュールだな。


「魔物を倒すと、体内に満ちていた瘴気が凝固して魔石になる。これを浄化したものが宝珠なんだけど、この時に瘴気からマナになった分が、かなり消費されちゃうんだ」


 つまり、それをケチったから魔石のまま使い、マナの代わりに瘴気をまき散らしてるのか。

 あの杖、やべーじゃん。ぶっ壊さないと!


 ……よし。あの魔法はもう覚えたし。


「今度はこっちからお返しよ! ……炎の矢!」


 そう唱えて掲げた手のひらから、極太の炎が噴き出した! 威力がけた違いだと!?


「ぐわぁ! 私の結界が!」


 ビシャルは炎に包まれた後、その場にくずおれた。


 あ、これってやりすぎた?


 駆け寄って確かめる。うつ伏せに倒れてるけど、呻いているから死んではいない。どうやら、俺の魔法が直撃した時に結界が縮んで、手足の先がはみ出してしまったらしい。ブーツや手袋が焼け焦げてる。

 そして、コイツの周りは瘴気に満ちていた。


 慌ててブレスレットに触れ、宝石の光を確認。残りの一つが点滅している。


 ウル○ラマンのカラータイマーかよ!?


 そこへ、胸のチェシャが。


「早く瘴気を浄化しないと。この訓練場は結界で隔離されてるから、こもっちゃうよ」


 それはマズイ。コイツはどうでもいいが、仲間が病気になったりしたら困る。

 ……というか、浄化の魔法って使えるのか?


「魔法少女の基本能力だからね。『浄化』と唱えるだけだよ」


 なるほど。なら気がかりなのは。


「今のマナの残量で、その杖の魔石も含めて浄化できる?」

「むしろ、魔石を浄化して宝珠にして、その残りのマナで瘴気を浄化すればいいよ」


 なるほど!


 すると、身体が勝手にキメポーズを取る。


「浄化!」


 ブレスレットからほとばしり出た白い光が、ビシャルの杖の魔石に吸収される。魔石は見る見るうちに白い宝珠に変わり、今度はその宝珠が周囲に白く光る霞をまき散らす。

 その光が消えた時、訓練場の瘴気は全て消えていた。


「「「「エミル!」」」


 訓練場の隅に避難していた仲間が駆けよって来た。みんなの方へ振り向く。


「えへ、大丈夫です。でも、かなり疲れましたね」


 ブレスレットの宝石のチカチカが早い。不味い、このままだとマナ切れでぶっ倒れる。


 おい、チェシャ! 変身を解くにはどうするんだ?


「うーん? ただブレスレットに触れて『解除』と唱えるだけだよ」


 コイツ、全てにおいて事前の説明が足りてないよな。


「解除!」


 すると魔法少女の衣装が白く光って消滅し――


「「「「!」」」」


 ――しっかり全裸を見せつけてから、今度はローブが身体を覆うように現れた。

 ぐっ! その間、身動きできなかったぞ。


「や~ん、なんで一々、裸になるわけ!?」


 チェシャが顔をだす。


「そりゃあ、着替えるには(以下略」


 ……まあ、一番見られたくない足元のコイツは、うつ伏せで泡拭いてる。仕方ない、今回は許すか。


 マナ切れ寸前だからか、なんか意識がふわふわしてるし。

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