第7話 オッサン少女、経済を知る

 ささやかな宴の中。

 飲んでみたところ、発泡水はノンアルコールのサワー、という感じだ。柑橘系の果汁を炭酸水で割ってるみたいな味。

 ツマミは骨付き肉の塩焼きに、ジャガイモを皮ごと焼いたもの。

 バターがひとかけら載ってるから、ジャガバターにするんだな、きっと。

 ところが、ナイフもフォークも無い。あるのは細身の木べらだけ。どうしたものかと思ったが、ブールは豪快に手づかみで肉にかぶりついた。その隣ではノリスが木べらでバターをすくうと、皮を破いたジャガイモに混ぜ込む。


 郷にいては郷に従え、だな。俺も真似して肉にかぶりつく。


 ひとしきり飲み食いして、俺は切りだした。


「えーと、質問いいですか?」

「ん? なんだい?」


 肩のギズモに肉をちぎってやりながら、テリーが答えた。


「ミナってのはお金の単位ですよね。1ミナでどれくらいの価値なんですか?」

「ああ……そこからか。こういうのは、アルスが得意だよな。俺たちン中で、まともに勉強したのはこいつだけだから」


 やっぱり、教育水準は低いらしい。

 話しを振られたアルスは、エールを一口飲むと色々教えてくれた。


 この国で一般庶民……たとえばガテン系の労務者が一日働いた給料が、一デナ。庶民が一日かそこら暮らせる金額らしい。ミナはその十倍。

 ということは、五十ミナは結構な大金だ。五百デナ、五人が百日間も生活できる金額。

 ……とは言え、出費もかなり多そうだ。壊れた盾の修理とか。寝泊りも宿屋だろうし、旅をすれば保存食なども必要だ。

 冒険者は身入りも良いが出費も多い。命がけだし、ハイリスク・ハイリターンだ。


「まぁ、一週間くらいはゆっくりするさ。エミルの装備も必要だろうし」


 魔法少女の装備は無料だが、変身しないと……つまり、あの裸ダンスをしないと装備できない。変身しなければ普通の少女だ。

 今着ているローブはアルスの予備なので、着替えも含めて買って、ちゃんと洗濯して返さないとな。


 ……あ、洗濯しない方が喜ぶかも?


「お世話になってすみません」


 しおらしくそう言うと、テリーが凄い勢いで食い付いてきた。


「とんでもないぜ! この腕の治療費だけで何百ミナになったことか!」

「ああ。俺たちみんな、それにあのオッサンも、あの場で食い殺されてたはずなんだ。命は買い戻せないからな」


 オッサンについ反応しかけたが、あの商人のことだと気づいた。ブールも、不愛想な雇い主に思うところはあったらしい。


「でも、色々と出費が……」

「まぁな。弓も新調しないと」


 テリーの弓は大トカゲに踏みつぶされたらしい。

 ぐっとエールを飲み干して、ブールがまとめた。


「まぁ、故郷で農夫やってたって、マナ税を搾り取られてたら大した違いはないさ」

「マナ税?」


 意外な用語にオウム返しになった。


「お前の故郷にゃ精霊教会はないのか?」

「……なかったような?」


 曖昧に答えると、ブールはボソリとつぶやいた。


「よっぽどのド田舎か、よその国なんだな」


 どうやら、この国の民なら知っていて当然のことらしい。


「村などに定住していると、そこの精霊教会で週に一度、礼拝するのが義務付けされるんだ。そのたびに、溜めこんだマナを一定額、教会の宝珠に納めるんだ」


 え? マナを一定額? 量じゃなくて?


「一定『額』、ですか?」


 疑問点をぶつけたが、伝わらなかったらしい。


「ああ。健康なら一日で体内に溜まるマナ、1デナの十分の七をな」


 デナって一日の賃金で、一日に溜まるマナの量。ということは……。


 この国の通貨って、マナなのか!


「そうだよ。この国だけじゃなくて、この世界がね」


 久しぶりにチェシャが胸から顔を突き出した。


* * * *


 ようするに、マナ本位制、というやつだ。


 この世界はマナに満たされ、人も動物もマナを吸収・蓄積し、消費して生きている。

 ただ歩くだけでも。家畜や作物を育てても。パンを焼いても、マナを消費する。つまり、程度の差はあれ、全ての活動に魔力が関わっている。

 消費されたマナは消え去るわけではなく、魔力を行使した対象に宿る。つまり、パンや肉を食べれば、血肉になると共にマナも得られるわけだ。


 で、物々交換で相手が望むものが無ければ、自分のマナを与えるようになった。とは言え、人の身体に溜めこめるマナには限界があったから、宝珠を用いるようになったという。


「あの、宝珠とは……」

「この白い石だよ」


 アルスはギルド証にはめられてる石を指さした。黒いギルド証に映えている。


「僕らは『石』ランクだからこの大きさなんだ。冒険者のランクが上がれば、少しずつ大きくなる」


 アルスたちのギルド証は黒いガラスのような石で出来てる。黒曜石だろうか?


「その大きさの宝珠で、どれだけ溜められるんですか?」

「大体、8ミナだね」


 八十日分の賃金。あるいは、それだけの期間のマナを溜めこめるわけだ。

 自分のギルド証を出してみる。硬くて艶があるが木製だ。そして、宝珠は凄く小さい。


「これだと?」

「『木』ランクだと1ミナだね」


 なるほど。駆け出しの冒険者にできるのは、薬草採取とかの雑用なのが定番だ。それで得られる報酬に見合った額で十分、ということか。


「まぁ、ギルドに登録した時に口座も作られるから、入らないマナはそこに預ければいいさ」


 実際には、ギルド以外と取引するには口座からの送金は使えないので、富裕層ならそれなりに大きな宝珠の嵌った装身具などを財布として持つのが普通らしい。あの商人も、ギルド証とは別に何か持っているのだろう。


 あれ? じゃあ、俺のブレスレットって、もの凄い額のマナが溜まってるんじゃ?


 そっと袖口をめくってブレスレットに触れてみる。宝石は二つ光り、三つめがかすかに光ってる。


 この宝石一つの分で、何ミナになるんだ?


 すると、チェシャが顔を出して答えた。


「大体、千ミナだね」


 土方とかやって1万日分の賃金。もしかして1億円? それが8つ分って……。


 もしかして俺、大金持ち?


「残念でしたー。魔導具に組み込んだ宝珠からは、魔力としてしか引き出せないんだ。マナとして支払いには使えないよ」


 ちぇ! けちくさい!


 ちなみに、特に鍛えてレベルを上げない限り、人の体内に溜められるマナは1ミナ程度だそうだ。

 ということは、高レベルの冒険者や騎士なら、その何倍も溜められるのだろう。


 ……そうなると、「身体で支払う」の意味が変わるな。


 などと美少女らしからぬオッサン臭い事を考えてたら、宴もお開きになって一同席を立ったのだが――。


「小娘! このブレスレットは何だ!?」


 ――ギルドを出る直前に、いきなり男に絡まれた。

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