第5話 オッサン少女、治療する(2)

 気が付くと、例の白い空間。またマナを使いつくしたのか。


「いやぁ、キミも意外と大胆だねぇ」


 例の鏡には、あの変身ダンスのシーンが再生されている。


 ……つか、なんでまた全裸なんだよ! あの時は服を着てたろ!


「服を着替えるには、まずは脱がなきゃね~」


 だからって! なんで脱いでから踊るんだよ!


「そりゃあ、キミのカワイイところを人々の眼に焼き付けるためさ」


 お、俺は露出狂の趣味は無いんだあっ!


 そう声なき叫びをあげると、変身シーンを見ている奴らの顔がカットバックで映った。

 男どもは全員、鼻の下を伸ばしてガン見していた。

 ノリスも真っ赤になってる。

 そこへウィンクのシーン。

 ハートを撃ち抜かれてる男どもがカットバック。


 い、い、いたたまれない!


「そもそも、魔法少女であって少年じゃないのは、その方が人々に愛されるからだよ」


 なん……だと?


「キミの役目はこの世界の愛情と希望を集めて、わざわいをもたらす瘴気を浄化することなんだから」


 あの全裸ダンスが、「愛情と希望」を集める行為?

 劣情と羞恥の間違いだろうが!


* * * *


 右腕を失った。

 射手としては致命的だ。

 剣士だったらまだ、片手剣一本でも戦いようはあったかもしれない。肘までしかない右手に盾を括りつけるなどして。

 だが、弓を引く右手が無ければ話しにならない。


「報酬をつぎ込んで、その腕を治そう」


 俺たちのリーダー、ブールはそう言ってくれた。しかし、そんなわけにはいかない。

 ……潮時だ。

 冒険者は引退して、他の食い扶持ぶちを当たるしかない。今まで磨いたスキルも実績も、全部投げ捨てて。


 ああ、ダメだ。考えが嫌な方にばかり向かう。

 あの魔物、ジャイアントリザードに急襲された時。ギズモが察知できていれば。陣形を取る時間さえあれば。ブールがタゲを取れていれば。

 思い起こせば、悔やまれるばかりだ……。


 そもそも、突然現れたエミルと言う少女がヤツを倒してくれなければ、今頃俺たちみんな、あの魔物の腹の中だ。


「テリーさん、こっちに来てくれます?」


 そのエミルに呼ばれて、うずくまっていた俺は顔を上げた。


 ああ、なんて良い笑顔なんだろう。俺とは大違いだ。

 自分でもわかるさ、今の俺がどんなに酷い表情つらをしているかは。もう終わりだ。放っておいてくれればいいのに。

 ……でも、呼ばれたんだから行かなきゃな。


 立ち上がるのも億劫だ。それでも立って、彼女の方へ歩く。

 他の連中も集まって来た。

 そして、エミルはブレスレットに触れて「変身!」と唱えた。


 それは幻想的な光景だった。

 彼女の周囲に無数のきらめく星が現れたかと思うと、着ていたローブが消滅する。現れた裸身を隠すように星が取り巻き、その中で彼女は軽やかに舞う。

 そして、俺の方を向いてウィンク。

 瞬間、胸がときめく。そして、さっきまでの鬱屈した気持ちは霧散していた。


 輝く星々が消えると、最初に現れた時の衣装をまとったエミルが立っていた。


「テリーさん、右手を出してください」


 言われるままに右腕を差し出す。肘までになってしまった腕を。その肘に手をかざすと、彼女は呪文を唱え始めた。アルスが唱えるような回復魔法の呪文を。


「……この腕を再生せよ、治癒!」


 奇跡が起こった。

 肘の部分を淡い光が覆うと、先端が盛り上がり、伸びていく。そして伸びた先が枝分かれして指となり、光が消えた時には右腕が復活していた。


「あ……あああ」


 思わずひざまずき、右腕を掲げて天にかざす。


「腕が……俺の腕が!」


 喜びの声を上げたのもつかの間。

 ドサリ。

 力尽きたのか、エミルが倒れた。衣装は、いつの間にかローブに戻っている。


「「「エミルちゃん!」」」


 他の三人が駆けよる。


 「ウキュ?」


 いつの間にか左肩に上って来たギズモが、俺の顔を覗き込んだ。

その頭を復活した右手で撫でながら、俺は答えた。


「大丈夫だよ、俺は……まだやれる」


* * * *


 男どもの視線が熱い。

 あからさまに凝視するのではなく、控えめにチラチラだけど。

 そりゃ、目の前であんな露出行為全裸ダンスを見せつけられたら、そうなるわな。しかも、あのウィンクは周囲にいた全員に直撃したらしい。誰の目線からも同じアングルになるように、謎生物チェシャが「調整」したようだ。


 た……頼むから、俺に惚れたりするなよ?


 身体は美少女でも中身はオッサンなんだから。魂をゴリゴリ削られそうでコワイ。

 ……それでも、テリーはもちろん、他の三人にもうっすらと見えていた瘴気がきれいに消えたのは良かった。

 愛情はともかく、希望を集めることはできたみたいだ。


 街道を走る馬車の外は、もう日が傾いている。こっそりブレスレットに触れたら宝石がひとつ灯ったから、意識を失っていたのは三時間ほどだったらしい。

 ブールは「日暮れまでにはこの国の王都に着く」と言っていた。


 王都に着いたらどうするか。それが問題だ。

 沈黙も視線も痛いし、話題に持ち出そう。


「あの……王都に着いてからなんですけど」


 おずおずと切り出すと、ブールが答えてくれた。


「見てのとおり、このパーティは魔法職が回復士だけだ。君が魔法を使えるなら、ぜひメンバーになって欲しいんだ」


 確かに、冒険者になるのに異存はない。チェシャが言うように、瘴気を浄化するのが魔法少女の役目なのなら、都合がいいはずだ。

 しかし俺は、当面、使える魔法はその治癒魔法しかない。


「あの……どこかで魔法は覚えられますか?」

「うーん……どうだ、アルス?」


 回復士の少年が答える。


「ええと……基礎から魔法を習うなら、教会の魔法学校なんだけど」


 アルスの説明を要約すると。

 光・闇・火・水・風・金・土。世界を構成するという七つの元素を司る精霊への信仰が、この国の国教らしい。各地にある教会は、治療院や孤児院の他に学校も兼ねていて、平民でも読み書きと初歩的な魔法を教わることが出来る。

 教本は精霊信仰の経典でもあるので、信徒の信仰心を高める意味もあって一石二鳥というところか。


 ただ、生徒の殆どは十歳未満の子供らしい。それより上は家の手伝いや奉公などの労働力となるためだ。


 ……今更ガキンチョと机を並べるのは、さすがにキツイよな。


 その上、学べるのはいわゆる生活魔法というやつで、夜道を照らすとか薪に火を着けるとか、簡単なものだ。

 それ以上となると、主に貴族が通う王立魔法学院に行くか、ベテランの魔術師の弟子になって修行することになるという。しかし、どちらも年数がかかり過ぎる。

 ただ、回復魔法は教会で重宝されるので、アルスのように僧職プリースト見習いになれば習う事ができるらしい。


 というわけで、俺が取るのは別な手段になるはずだ。

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