第4話 オッサン少女、治療する(1)

「……私はエミルと言います」

「エミルちゃん、ね」


 ノリスさんが相づちを打ってくれた。


「あの、テリーさんの腕、直すことは出来ないんですか?」


 食いちぎられたところは、既に皮膚に覆われている。短時間にここまで治るってことは、回復魔法のようなものがあるに違いない。


 だが、アルスと名乗った少年が、悲し気に答えた。


「……僕は見習いの回復士なんだけど、今のレベルじゃ欠損部を再生させるのは無理なんだ」


 すると、ブールがテリーの肩に手を置く。


「今回の依頼はなんとかこなせた。報酬をつぎ込んで、その腕を治そう」


 だが、テリーはかぶりを振る。


「お前の盾だって修理がいるだろう? そもそも、今回の額じゃ足りないって」


 ……あれ?


 そのテリーの顔のあたりに、黒い霞のようなものが見えた。

 眼にゴミでも入ったのかとゴシゴシこすっても、やっぱり見える。あれは何だ?

 すると、また謎生物が胸から頭を出した。


 おい! こんなところで出て来たら!


「大丈夫。ボクの姿も声も、キミにしか見えないし聞こえないから」


 そして、あの歯をきだした笑いを浮かべる。


 もういいや。お前の名前はチェシャな。


「はーい、好きに呼んで。それでね。あの黒い霞は瘴気だよ」


 瘴気? 怪我のせいで出てるのか?


「怪我というか。絶望などのマイナス感情に囚われると発生するんだ。それに、瘴気に触れ続けていると悪い事が起こる」


 病気になるとか?


「とても悪い病気にね。そして魔法少女の役目は、この瘴気を浄化することにあるんだ」


 ……それやってると、逆に瘴気をこの身体に溜めこんで、「魔法少女が大人になると魔女になる」なんて言うんじゃないだろうな!?


「それはないよ。それよりさ」


 チェシャは俺の胸から上半身まで出し、前足を突き付けてドヤ顔をした。


「キミは変身すれば強力な魔法が使えるから、彼の腕も治せるよ」


* * * *


 その夜は野営だった。

 今の季節は初夏らしく、満天の星の下、風も心地よい。

 たき火を囲んで、干し肉のスープと硬い黒パンという、これまた定番の旅の夕餉を食べた。この時、馬車の御者をしていた男性が雇用主の商人だと紹介された。


 不思議なことに、俺の素性はほとんど聞かれなかった。単に、行き倒れの少女を拾っただけ、という扱いだ。

 商人の男は、大トカゲに襲われた時点で馬車の中に避難し、何も見聞きしていなかったらしい。食料の消費が増えたとか、ぶつくさ言っていた。


 食事が終われば就寝。

 商人だけはテントで寝ているが、護衛のメンバーはいつでも飛び起きれるように、みんな外で毛布にくるまって雑魚寝だ。

 なぜか俺は、ノリスさんに抱きかかえられてだが。


 革鎧の前をはだけて、背中に当たらないようにしてくれている。おかげで、とっても柔らかいモノが二つ、背中に押し付けられている。

 オッサンな俺としては天にも昇る心地なんだが、少女の身体ではナニも出来ない。残念無念。


 そう言えば、食事の時にブールが言ってた。テリーを慰めるように。

「不寝番が要らないのは、テリーのおかげさ」


 馬車の幌の上にちょこんと座る、小さな影を見上げる。見つめていると、こっちに気づいたのか、チョロチョロと降りて来て駆け寄ってきた。

 モフモフの体毛に覆われた子ザルのような姿で、大きな目がクリンとしてて、耳が蝙蝠のように大きい。某映画の「十二時以降にエサを上げないでください」の小動物そのままだ。


 毛布から手を出して、頭を撫でてあげる。なぜか、すごく懐かれた。


 名前はギズモ。テリーの従魔だと教えられた。

 大きな耳のおかげで、近づくものがあれば警告を発してくれるらしい。眠っていても警戒は解かないそうで、おかげで徹夜の見張りが要らないそうだ。

 野営が多い冒険者にはうってつけの相棒だな。

 ただ、息をひそめて待ち伏せしている敵の場合は、気づくのが遅れることがある。そのせいで、大トカゲの不意打ちを受けてしまったらしい。


 その時、俺の胸からチェシャが顔を出した。

 ギズモはびっくりしたらしく、馬車の幌の上に逃げ帰ってしまった。


 おい。オマエ、気づかれたぞ。


「……まぁ、そうゆうこともあるさ」


 適当だな。


「それより、ブレスレットを見てごらん」


 俺は左手を出して見てみた。特に変化はない。


「触れてみて」


 右手で触れると、いくつかの宝石が光り出した。


「八つの宝石が全部光ったら、マナが満タンてこと」


 満タンになれば変身できるのか?


「変身は宝石ひとつでも出来るけど、すぐに切れちゃうからお勧めできないね」


 消費する量次第なのか。

 どれくらいで満タンになる?


「大体、丸一日だね」


 宝石一つが三時間か。この世界が二十四時間なら、だけど。

 残りの宝石は三つ。明日にでも、テリーの腕を治してやろう。


「それで、治癒魔法を使うにはね――」


 チェシャの説明を聞いてから、俺は眠りについた。


* * * *


「治癒魔法を見せてほしいって?」


 昼の休憩の時だった。

 意外な頼みごとに、僕は少女――エミルの言葉をオウム返ししてしまった。


「はい、アルスさん。私、どうやら一度見た魔法を覚えられるらしいんです」


 らしい、って何なんだ?


 名前以外、エミルは何もしゃべらない。見かけは儚げな美少女だし、実際に受け答えはとても丁寧で上品だ。どこかのお嬢さんだと言われたら信じてしまう。

 何よりも、左腕にはめているブレスレットだ。金色で、宝石がいくつもはまってる。絶対に平民が持つようなものではない。

 そんな少女が、質問されても答えられずにうつむいてしまったりすると、なんだか無理に尋問しているような気がして、つい誰もが話題を変えてしまう。


 そんな彼女が自分から話しかけて来たと思ったら、予想のはるか上を行ってる。

 それでも……昨日のあの登場の仕方といい、ジャイアントリザードを一撃で葬ったことといい、常識はずれなのは間違いない。


「でも……魔法って、おいそれと使っちゃいけないものなんだよ」

「そこを何とか、お願いします!」


 うるんだ目で訴えられると、断り様がない。


「わかったよ。じゃあ……」


 僕は腰から護身用の短剣を抜くと、自分の掌に浅く切りつけた。血が滲んで来るのを確認して、呪文を詠唱する。


「……傷を癒せ、治癒!」


 掌が淡い光に包まれると、傷口はふさがった。


「わぁ、凄いですね!」


 目を輝かせて、パチパチと拍手するエミル。


「あ、いや、こんなの大したことないよ」


 そう答えたところ、エミルはとんでもない事を言い出した。


「では、今度は私がテリーさんの腕を治しますね」


 えっ?


 反射的に雇用主の商人の方を見てしまう。エミルの特殊な力は、メンバー以外に知られない方が良い気がしたからだ。

 良かった。顔を布で覆って昼寝してる。


「テリーさん、こっちに来てくれます?」


 エミルの声に、メンバー全員が近寄って来た。


「変身!」


 彼女がそうつぶやくと、目を見張るようなことが起こった!

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