第3話 オッサン少女、初陣する

 初めに動きだしたのは巨大トカゲだった。

 グァ! と唸りをあげると、鋭い牙のあぎとを開いて襲い掛かって来る。


 くそっ! いきなり何すんだテメェ!


「ちょっと! いきなり何すんのよアナタ!」


 とっさに横っ飛びして身をかわす。

 だが勢いのついたトカゲは、背後にいた男性に激突する。


「ぐわっ!」


 盾を構えていた男性は弾き飛ばされ、馬車に激突して気を失った。再び牙をむくトカゲ。


 ヤバイ! あれじゃトカゲに食われちゃうぞ!


「だめ~! 食べないで!」


 とっさに横っ面を殴りつけると、巨大トカゲは数メートル吹っ飛んだ。


「「すごい……」」


 周囲からそんな声が上がる。


 トカゲはこちらに腹を見せて横たわってる。とどめを刺さないと!


「エミル・キーック!」


 謎の掛け声とともに、助走を付けた渾身の飛び蹴りを喰らわす。


 ゴェェェ!


 断末魔の叫びを上げると、血だの何だのを色々吐きだして、巨大トカゲは息絶えた。


 ほっとしたのもつかの間、急に周囲が暗くなって、俺はその場にくずおれた。


* * * *


 突然の出来事だった。


 護衛任務の遂行中、ジャイアントリザードに不意打ちで襲われ、仲間の一人、テリーが腕を食いちぎられた。あまりの戦力差に絶望した、その時。

 天から何かが落下してきて、爆発かと思うほどの衝撃が走った。立ち上る土煙の中からすっくと立ちあがったのは……。


 天使かと見まごうほどの、美少女だった。

 きらめく銀髪と深紅の瞳。そして、細く華奢な身体を強調するかのような衣装。


 エミル、と名乗りを上げた少女に向かって、ジャイアントリザードが襲い掛かる。


 危ない、と僕が声を上げる前に少女は跳びのき、後ろにいたブールが代わりに突き飛ばされた。失神したブールに噛みつこうとするリザード。


「だめ!」


 そう叫ぶと、少女はリザードを殴り倒した。そこへさらに、とどめの一撃。

 血反吐と共に、食いちぎったテリーの腕も吐き出して、ジャイアントリザードは退治された。


 と、少女に異変が起こる。身に纏っていた装束が白い光に包まれたかと思うと、地面に倒れ伏した。光が消えると、長い銀髪を振り乱した全裸の少女の姿があった。


 あまりのことに、少女の裸身を前に呆然としてると。


「何見てるのよ、アルス!」


 いきなり横っ面を張り飛ばされた。

 殴った本人のノリスは、革鎧の上に羽織っていたマントを脱ぐと、少女の身体を包んだ。


 ……いや、そんな、決して劣情を催して見とれてたわけじゃないんだ、信じてくれ。


 すっかり気が動転して脳内でそんな言い訳をしていると、ノリスはマントで包んだ少女の身体を抱き起こし、馬車の中に入った。


「何か着せるから、入ってきちゃ駄目よ!」


 そう宣言して。

 そこで僕も我に返った。片腕を失ったテリーの所に駆け付け、治癒魔法で出血と痛みを止める。

 回復士として出来ることを終えると、馬車の方へ眼を向ける。


 ……あの少女、一体何者なんだろうか?


* * * *


 気が付くと、俺はまたあの白い空間にいた。仰向けに横たわっていて、指一本動かせない。


 くそっ! どうなってんだ!


「無茶するからだよ」


 あの金色の謎生物が、ニュッと胸から出て来た。


 俺は、また死んだのか?


「大丈夫、しばらくすればマナが回復して動けるようになるから」


 マナ? ……何だそれは。


「魔力の元になるモノ、かな? あの世界に満ちていて、人も獣もそれを身体に取り込んでる」


 謎生物は、俺の胸の上で「お座り」をすると、例の歯を見せた笑い顔になった。


「魔法少女なんだから、魔法で闘わないと。身体強化は怪我をしないためなんで、肉弾戦なんてしたらあっという間にマナ切れになるって」


 あっという間すぎるだろ!


「まぁ、マナの大半は着地の衝撃をかわすのに使っちゃったけどね」


 それって……お前のミスだろが! 何であんな高いところから!


 青筋立てて抗議したつもりなのに、ヤツはどこ吹く風で全然違う事をうそぶく。


「ジャイアントリザードは低温に弱いから、氷魔法で凍らせてしまえばイチコロなのに」


 ……魔法の使い方とか、聞いてないぞ!


「そりゃ、聞かなかった方が悪いよ」


 ……まったくもう。


「まぁ、魔法に関しては、おいおい学んでいくんだね。なんとか王都までの移動手段は確保できたし」


 目の前に、いつもの鏡が現れた。そこに映し出されたのは、馬車の荷台と、荷物の間に横たえられた少女の裸身。その体を湿らせた布でぬぐっている女性だった。


 おい! なんでまた素っ裸なんだ!?


「魔法少女の衣装はマナで作りだしたものだから、マナが切れたら消えてしまうよ」


 なんてこった。戦うたびにこんな恥ずかしい目にあってはたまらない。

 ……というか、この女性が居なかったら、今映ってるのは無修正エロ動画だった可能性が極大だ。なにしろ、美少女で全裸で気絶なのだ。男どもの理性が吹っ飛ばないはずがない。


「あ、そろそろあっちで意識が戻るよ」


 謎生物がそう告げると、俺の意識は薄れて行った……


* * * *


 ぱちり、と目が開いた。

 そこにあったのは、見知らぬ天井……というか、馬車の幌だった。移動中なのか、ガラガラと車輪の回る音がする。


「あ、気が付いたのね。良かった」


 優しげな鳶色とびいろの瞳の女性の顔が覗きこんでくる。ウェーブのかかった赤髪をポニーテールにまとめ、肌は小麦色で健康そうだ。

 目、鼻、口が大きめで、ちょっと濃い顔立ちだが、まずまず美人と言えるかな?


「あなたは……」

「私はノリス。さっきはありがとう。でも、びっくりしたわ、いきなり倒れちゃうんだもの」


 さっき鏡に映ってたように、泥だらけになったこの身体を拭いてくれてたのは、この人か。腰に剣を下げているから、剣士なのだろう。


 自分の身体に触れてみる。

 うん。今は何かローブのようなものを着せられているな。

 身体を起こして、荷物の間で体育館座りする。

 すると、ノリスとは反対側から声がかかった。


「えっと……僕はアルス」


 おずおずと声を掛けてきたのは、まだ幼さの抜けきらない少年だった。鮮やかな青い髪を短めのボブにしていて、金色の瞳。

 神官の法衣みたいな服の上から革の胸当を付けて、杖を持っている。

 おそらく、魔法職か回復職?


「あっちのブールとテリーの四人で、今はこの馬車の護衛をしているんだ」


 彼が指さす先には、大盾を背負った大柄な赤毛の男と、ひじから先がない栗色の髪の青年がうずくまっていた。

 盾の男が顔を上げた。どことなく、顔立ちがノリスと似ている。兄妹っぽいな。


「ブールだ。さっきはみっともないところを見せちまったが、一応このパーティー『ノルムの盾』の盾役タンクで、リーダーやってる」


 最後に、隻腕になった青年がうつむいたまま、残った方の手を挙げた。


「テリー。斥候と射手なんだが、この腕じゃ弓は廃業だな」


 うう。雰囲気が重くなったな。仕方ないけど。


「あの……」


 何とかしようと、俺は声をあげた。

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