第2話 オッサン少女、変身する
「殺すって……ぶっそうだなぁ。死んだのはキミの使い古した肉体で、今のキミは新しい肉体を与えられて生きてるじゃないか」
鏡を消して、ヤツは続けた。
「まったく、わけがわからないよ」
こいつめ……著作権侵害で訴えられてしまえ!
元の俺は、いわゆる孤独死ってやつだ。間違いなく殺人罪だ。それに対して、こっちの俺はまだ新しい体に馴染んでない。
いや、違和感バリバリだ。
「あの……なんで私、思ったのと違う事を喋ってるの?」
そう。今だって怒髪天を衝く勢いで問い詰めたつもりなのに。
「それね。見た目と違和感が無いように、ボクの方で調整しているんだ」
余計な事をしやがって!
「じゃあ……えと、いつまでこの格好なんですか? そろそろ何か服を着たいんですけど」
この真っ白な空間は暑くも寒くもないし、尻の下の地面か床も同じだ。しかし、性別がどうだろうが、いつまでも全裸待機なんて真っ平だ。
「そうだね。まず立ち上がってくれる?」
すくっと立ち上がる。体が軽いのはありがたい。「よいしょ」とか声をかけなくて済む。
「次に、このブレスレットをはめてね」
目の前に金色のブレスレットが現れた。
幅が広くて花の意匠が彫り込まれており、それを取り巻くように宝石がいくつかはまっている。何とも乙女チックなデザインだ。
パカッと蝶番で二つに割れたそれを、左の手首に装着。ブレスレット本体が肉厚なので、ほっそりした腕にはちょっと目立つ。
……おしゃれな柄だけど、これで鎖が付いてたら手錠だな。
「酷いこと言うなぁ」
心の声を聞いた謎生物が、つぶらな瞳でジト目してくる。
「まぁいいや。それじゃあ、ブレスレットに触れて、『変身』と唱えてね」
「……変身?」
「そう、変身。魔法少女が変身するときの、お約束さ」
またしてもドヤ顔。おまけに「ふんす!」と鼻息も荒い。
……いや、お前の顔、鼻なんてついてないだろ。
「それじゃいくよ。ブレスレットに触れて、変身!」
「変身!」
するとどうだ。いくつもの輝く星が現れ、周囲を巡りだす。そして同時に、勝手に身体がクルクルとフィギュアスケートの演技のように踊りだした。
ああっ、全裸でビールマンスピンはヤバイって! R18指定入っちゃうぞ!
「……魔法少女にチェンジアップ!」
最後はブレスレットを押し出す形でバシッと「可愛い」ポーズを決める。
それと同時に、指先やつま先から手袋やブーツに覆われていき、ヒラヒラしたピンク色の薄い布が身体に巻き付いて、体にぴったりした短めのワンピースのようになった。
そして、サラサラの銀髪は勝手に左右に分かれて三つ編みになり、先端が赤いリボンで止められる。
最後は胸元に白いリボンが結ばれて、変身は完了。
だが、しかし。思わず口を突いて出る。
「あの……なんだか露出度が高過ぎるんですけど……」
ひざ上までのブーツとスカートまでの、いわゆる「絶対領域」が広い。というか、スカートが短すぎる。おまけに、胸元と背中が大きく開いていて、まるでフィギュアの衣装のようだ。
……もっとも、あっちは寒いからタイツみたいのを履いてるはずだけど、こっちは素肌だ。
胸元なんて、もうちょっと成長したら絶対ポロリするくらいに開いてる。
ちなみに、心配になってそっとスカートをめくってみたが、さすがにノーパンではなかった。
……安心してください、
すると、謎生物が。
「せっかくだから、リプレイしてみようか」
また目の前に鏡が現れ、さっきの変身ダンスが映し出された。
うわぁ……。
想像以上にヤバイ。失われたムスコがあれば、全力でスタンディング・オベーションしていたはず。
あぁっ、そのタイミングでカメラ目線でウィンクなんて!
……ギリギリ、きわどいところは光る星がうまい具合に隠しているので、なんとかR18指定は免れそうだ。
違和感はあっても、これが自分の身体だという感覚はあるので、もの凄い羞恥心を感じる。
しかし、肉体が女であるせいか、恥ずかしさはあっても性的に興奮したりはしない。もちろん、これがイケメンの動画でも同じはずだ。
どうやら、ムスコと一緒に性欲と言うもの自体が失われたらしい。寂しいものだな……。
やがて変身ダンス動画が終ると、鏡は消滅した。
「なかなか良かったでしょ?」
恥ずかしくてたまらんわ!
「あとは……名前を決めなきゃね。以前の名前じゃ無理があるから」
確かに。この格好で元の名前は名乗れないからな。
考えろ。女の子らしくても、呼ばれた俺の魂が堪えられる名前を。
「……エミル。私の名は、エミル」
大学の教育学のレポートで読んだ本の題名だ。響きは可愛いが、確か男の名前だったはず。
「良い名前だね。……さて、じゃあそろそろ行ってみようか」
相変わらず、きゅるんとしたつぶらな瞳で言いやがる。
一体、どこへ連れて行く気だ?
「行くって、どこへですか?」
「きまってるじゃないか、異世界だよ」
え? これって異世界物だったの? 魔法少女って、現代の日常が舞台だよね、普通。
初めて知った事実に呆然としていると、いきなり周囲が白から青に変わった。
思わず叫んでしまう。
「ちょっ! なにこれぇ~~!?」
空だ。見渡す限りの青空。そして、凄い風がビュウビュウと吹いている。下から上へと。
そして、下を見ると緑の大地がぐんぐんと迫って来る。
「まって、まってだめぇ~!」
風でまくれ上がるスカートを必死に押さえつけながら落ちていく。
いや、必死になるのはそこじゃないと、俺も思うんだが……。
「大丈夫だよ。変身中は身体強化されてるから」
迫りくる地面は一面の密林。その中を通る細い道には、馬車を背にした数名の武器を構えた人と、血を流して倒れている人、そして巨大なトカゲがいた。
あ――これ、テンプレな場面。
そんな場所へ、ズドンと大地を揺るがして着地。
舞い上がった土埃が晴れると、周囲を取り巻く男女と、動きを停めてるトカゲが目に入った。
そして、再び勝手に身体が動き、可愛いポーズで謎な台詞が飛び出す。
「魔法少女エミル! 明るい魔法で闘うわよ♡」
……何だよ、明るい魔法って。
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