第10話


                 10


 あれから数日が経ち、先日の出来事も、段々と静まり返ってき始めた週末、由は伊藤家から通勤を続けていた。


 あれからの西城の処分は、解雇ではなく、九州支店に現場作業員からのリスタートになったと聞いた。 

解雇にならなかったのは、今までの営業成績を好評価されての事と、本人の反省による、上役からの恩情によるものだった。

 しかし分からないのは、あんな分かりやすく嫌がらせ染みた事を何故、頭の良い西城がしてしまったのか、不思議でしょうがない。

 智也は、この件はもう終わったものと思い、安堵していたのだが、問題は、由の精神状態に不安が残ったのが心配であった。

 週明けに起きたこの件で、実は未だに 由は、倉庫に入ることが出来ず、特に第四倉庫においては、近づくだけで、頭痛と震えが起きてしまう事に、同僚が上司に報告して、ここ数日は事務所内での業務のみになっている。


「由ちゃん、もう5時半よ、そろそろ上がる準備をしたら?」

「ありがとうございます。今日は6時に帰りたいので、もう少しやっていきます」

「あ~~~、そうだったわね。(小声で)愛しのダーリンが待ってるもんね、うふふふ...」


 赤くなる 由。


「うわ!かわいい由ちゃん。 お姉さん食べちゃおっかな~.....」

 先輩OLから、手で頭をパクパクされて、顔を俯いた。


 あの事案以来、智也と由の関係が少しだけ広まり、こうして気を使ってくれる人達が増えた。

 会社では基本的に、社内恋愛が禁止では無いので、現在も、こうして居られるのだ。


 由のスマホに連絡が入った。 すぐさま画面を開き、メッセージを見る、智也からだが、もうすでに駐車場に居るとの事で、由はあわてて帰り支度を始めた。それを見ていた先輩OLが。

「ダーリンと安全に帰りなさい」

 と言われ、由は真っ赤になって。

「お先に失礼します」

 と、皆に行ってから、事務所を後にした。



          △



 二人が車に乗り、スタートしようと思った智也が、由に言った。


「明日から休みだけど、由は今日も俺ん家でいいのか? 一度自分の家に帰った方がいいと思うが?」

「うん、私もそう思う。今週お世話になったね智也」

「いいよ、気にしなくても。、でも、一応 由の身の周りのモノはそのまま置いておくからな」

「うん分かった。でも」

「なに?」

「ご両親にお礼を言っておきたかったな~」

「明日また迎えに行くから、その時でいいよ」

「そうだね、その時にする、でも、一応後で連絡しておくね」

「そうすると、喜ぶと思う」


 もうすぐ高橋家に着く、今週の事を色々喋りながら、二人は明日からの予定を決めていった。



            △



 到着して、由を玄関まで送った時だった、家の陰から黒いフェイスマスクをした長身の男が二人に走り寄って来た。  と思うやいなや、智也に向けて、光る鋭利な金属を向けてきた。ナイフだった。

 智也は瞬間、避けようと思ったが、ナイフが由に当たりそうになると思い、智也は咄嗟に由を庇った。その瞬間、智也の脇腹に冷たい金属が入ってくる感覚がした。



「きゃああああああ!!」



 っと、由の悲鳴が聞こえ、一瞬ひるんだ男の手には赤い血が着いて居た。

 長身の男は、言葉を漏らした。


「お前のせいで、みんなお前のせいで、お前なんか居なくなれ......」


 そう言って、さらに次の手を差し出してきた。 さっきは咄嗟に由を庇ったが、今は由は後ろに居るため、さっきよりは安心だ。

 智也は素早い身のこなしで、ナイフを持っている右手の手首を掴み、智也の右の拳が相手の男の顔面を直撃した。

 相手が怯んだ隙に、二発目が力強く鳩尾(みぞおち)に力強く見事に入った。 さすがに長身の男も、この一撃で、うずくまり、まったく動けない。

 

 智也がその男のフェイスマスクを剥がすと、正体は 西城だった。 

 まだ転勤するのに、日にちがあったのだろう、まさかこんな事をするなんて、意外に根が深い智也に対する恨みが、この様な事件を起こすなんて、残念な男だと、倒れ込んでいる西城を見下ろして、智也は思った。


 由に家族を呼ばせて、警察にも連絡するように言った。


 すぐに両親が出てきて、事の一大事に慌てて警察と、救急車を呼んだ。その後、気絶している西城の両腕を後ろにして、園芸用の紐で堅く何重も巻き付け縛った。

 それを見ている由は、恐ろしくて身の毛がよだつ思いをして、体の震えが止まらなかった。


 西城は、よほど鳩尾(みぞおち)への一撃が効いたのか、未だに動けない。


 智也は、痛みに耐えながら、さっきまで右手に握っていたナイフを、拾い上げてハンカチに仕舞う。智也の脇腹からの流血はまだ止まらない。

 次第に智也が玄関先で、力なく横たわり、それを見た由は、心配で叫び続ける。


「ともや! ともや!.........」


 涙と震えが止まらない由が、必死に智也の脇から出ている血を、自分のハンカチで押さえている、智也の事が心配で、居ても立っても居られない。とにかく、止血が先だと思い、必死にだき抱えながら、ハンカチで傷口付近を押さえる。


「智也、いやよ、死んじゃあいや! ともや~!........」


「............」



 遠くで救急車のサイレンが聞こえ始めた頃、智也は気を失った。




                  ◇




 救急病院に着いた救急車に、由は智也の付き添いで、一緒に救急車に乗って来た。ストレッチャーで病院の救急処置室に運ばれた智也は、そのまま緊急手術を受けた。


                  


           □              


                  



「それにしても、刺されたのに、良くもまあナイフを持っている相手に太刀打ち出来たな」


 智也が入院してから二日が経った。

 今、伊藤家の両親が見舞いに来ている。その隣には由が居る。

「咄嗟だったから、それと、由だけは絶対に守らないといけないと思ったんだ」

「弟の所へのジム通いが、ココで役にたったな」

「そうだね」


 少し照れながらも安堵する智也。


「由ちゃんも目の前で人が刺されるって、まず無い事なんで、びっくりしたでしょ」

「はい、もう気が動転して、とにかく智也の血を止めなくてはと思い、必死でした」

「でも、思ったよりは、深くない傷で良かったわね」

「この調子でいけば、明後日退院なんだって、言ってた」

「傷口は大丈夫なのか?」

「今は何か分からないけど、傷口には、透明のフイルムみたいなものが張り付いているだけで、明日からは、シャワーなら浴びてもいいんだって」

「へえ、意外に早いのね」

「うん、そうみたい。今も 普通に歩いてトイレに行けるし」

「私も傷口見ましたけど、まだ結構腫れています」


 痛々しそうな顔をして、智也を見る由。


「由、オレ結構大丈夫だから、毎日来なくてもいいんだぞ」

 コレに大きく左右に首を振る 由。


「何言ってるの、あの時本当は私が刺されていたかもしれないのに、智也が庇ってくれたから、私が何事もなかったのよ。だから、智也のお世話をする義務があるの、分かった?」

「はいはい、分かりました」

「あらまあ、新婚さんみたいなやり取りね」

「お、お母さん........」

「あらら。顔を赤くして....、うふ、カワイイお嫁さんね....」

(お嫁さんなんて....)


「母さん、由をからかうなよ、真っ赤じゃないか」

「あら、ごめんなさいね、早く由ちゃんがお嫁に来てくれないかと、ワクワクしているのよ」

「ゆうちゃん、二人には二人の都合ってものがあるんだから、マイペースで行かせてやろうよ」

「でも、たけちゃんだって、早く孫の顔が見たいとか言ってたじゃない」


「............」(由)


「父さん母さん、由の顔から火が出そうだから、そろそろ止めてくれないか」


「....、おとうさん、おかあさん....、わたし、がん・ばり・ます・から....」

「あら!嬉しいことを言ってくれるわね、由ちゃん」


 一連のやり取りに、本当に呆れてきた、智也だった。




                  ◇



「ねえねえ智也、このまま “はまちゃん” に行かない? もう普通食でいいんだよね」

「いいよ。久しぶりに先輩たちの顔が見られるかも」

「そうだね」

「メッチャ久しぶりだけど。雅先輩 居るかな~」


 午前中に退院した智也は、今日は由の運転する智也の車で、伊藤家の帰り道に、昼食を済まそうと はまちゃん へ寄ることにした。


「着いたよ~」

「はいよ~」


 久しぶりに入るこの店は、相変わらずで、ソコがまたいい所である。


「「こんにちは」」


「「あらぁ~、いらっしゃい」」

 母娘(おやこ)で返事が帰って来た。

(うわ!! ほんっとに美人だ(智也))


「久ぶりに食べに来ました」

「久しぶりね~おふたりさん。来てくれて嬉しいわ。美味しいの注文してね、由ちゃん 智也くん」

「「はい」」

 そう言うと、娘のほうの雅が、カウンターに座っているこれまた奇麗な女の人の方へ行った。そして、さっきまで喋っていたのか、再びお喋りを始めた。


「美人って、美人を呼ぶんだな~...」


 と、何となく言った言葉を、由は聞き逃さなかった。

「何よ、智也! キレイな人ばっかり見て、フン!」

「あ、違うんだ、ゆゆぅ~...」

「しらな~い」

「ちょっと、他のお客さんが見てるだろ?」

「知らないから....」


 由を怒らせてしまった智也が、弁解にと、次に由に放った一言は。


「でも、結婚したい女の子は、由だけだからな。これはオレの人生で、決定なんだからな」

「それほんと?」

「でなきゃ、命まで張って、由を守らないだろ?」

「あ、そうだった....。智也には私が人生を掛けて、愛してあげるから」

「ありがとう、やっぱ 由が一番だな。(小声で)好きだよ」

「もう、照れるじゃない」

「は。はは....」


 それを見ていた女将の美佐子が。

「もうさっきから見てられないわね。コレって今で言う リア充 ってやつなのね」

「「あ!!」」

 智也と由の顔から火が出そうである。


「さあ、注文は何ですか?」

「は、はい。玉子丼定食と、焼きそば定食で....」

「はい 分かりました、暫くお待ちくださいね」

「はい」


 あちらのカウンターでは、先ほどの二人がこちらを見て、微笑んでいた。そのうちの雅が近づいて来て

「もう、ホントにラブラブね、羨ましいわ」

「ええ?雅さんこそいい旦那さんじゃないですか」

「はいそうです、ウチのは最高です」

「うわ、惚気られた~」


 すると、カウンター席に座っていた美人が寄って来て。


「何?、雅と親しんだ、この子たち」

「そう、私たちの大学の後輩よ、真由」

 

 この美人は、雅の大学の同級生で 岡田 真由(おかだ まゆ)と言われた。


「あら、そうなの?....で、こっちの超カワイイ娘もそうなの?」

 今の一言で、由がモジモジし出した。

「そうよ、この娘は結構前からここに来てもらってて、私と親しいのよね?由ちゃん」

「はい、岡田先輩。私は雅先輩と親しくして頂いている 高橋 由 と言います、よろしくお願いします」

 続いて智也も挨拶する。

「オレも雅先輩たちと親しくしてもらっている 伊藤 智也と言います、よろしくっス」

「智也くんね、よろしくね」

「はい」

「雅たちって言う事は、石仲 雅も知っているって事?」

「はい、石仲先輩は、オレの叔父のジムに来ていますから」

「あ~....はいはい。そう言う繋がりね、おっけ~ 分かったわ」

「ちなみに私の旦那は、その 石仲 雅が勤めている会社の、先輩なの」

「既婚者なんですね。でも、凄い繋がりですね」

「ホントだね~」

 と言っていると、奥から、定食が出来上がった声がした。定食を持ってきてくれた雅が、微笑んで

「ゆっくりして行ってね」

 と言ってまた戻って行く。


 少しすると、奥の方から、カワイイ女の子を抱いた、女将の美佐子が出てきた。


「は~い、ママですよ~」

 美佐子から雅へ子供を預ける。

「まま~~~....」

「は~い 麗(うらら)ちゃ~ん、ママですよ~、起きたの?」

「うん、おきたの~」

「泣かなかったのね、えらいえらい」

「うん、えらいのうらら」

「はい よしよし」


 不思議な目をして、由が雅を見つめて。


「もしかして、この娘、雅さんのお子さんですか?」

「そうよ、麗(うらら)って言うの」

「いくつなんですか?」

「麗ちゃん いくつかな~」

「....うんとね、ふたちゅなの」

「はい、えらいね~良く言えたね~」


「.........」


「どうしたの? 由ちゃん」

「私、そんなにココに来てなかったと思うと、なんか....すみません」


 箸を一度止めて、申し訳なさそうに由が言った。

「な、いいのよ。何言ってるの、あなた達、あれから就活とかで結構忙しかったでしょう、私も分かっているから、いいのよ気にしなくても。それよりも、あなたたち、噂では聞いたけど、大変な事に巻き込まれたみたいね、特に智也くんは」

「あ、知ってました?....って、市内なので、噂が出てますよね」

「大丈夫なの?まだ一週間経ってないのに」

「おかげさまで。傷は意外に浅かったので、今日退院できました。その帰りに、ココでお昼しようと思って、来たんです」

「そうなのね。 でも良かったわ、もし命に関わったら由ちゃんが可哀そうだものね」

 聞いていた真由が、口を挟む。

「智也くん、キミは偉いよ、カッコいいよ。彼女庇って自分が傷ついても、相手をやっつけたんだから。自慢してもいいと思うよ」

「そんな...、自慢だなんて....」

「あはは、謙虚だねえキミは....。さあて、私はそろそろ帰るかな、実家に子供迎えに行かなきゃならないんで」

「そうね、真由、そろそろ ママが恋しくなってきてるかもね」

「さあ、それはどうかしら。ウチの両親、孫の春(はる)には激アマなんで....」

「あ~、分かる~」

「あはははは....」

「じゃあキミたちも、お幸せに...、ね」


 そう言って、真由が店を出て行った。


「なんか、寛子に似ている先輩だったね」

「あ、そう思った?...、オレも思った」

「よね?」

「だな」


 そのやり取りを聞いた 雅が。

「なになに? どう言う事?」

「いやあ、さっきの真由先輩って、オレ達の友達によく似ている性格だな~って思って」

「あなた達のそばにも居るんだね、ボーイッシュな性格の娘が」

「「はい」」

「うふふ、揃ったわね、カワイイ あなた達」


 二人で顔が赤くなり、手に持っていた食後のお茶が入った湯のみが止まった。





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