第9話


                 9


 終業時間が近づいてきた、由は憂鬱でしかない。


 一方の智也は、いつまでもさっきの 荷紛失事件 に関わっている訳にはいかない。 自分の業務も多大にあるのだから、そっちに気持ちを切り替えて、終業時間まで、業務に励みながら、時々、何人かと連絡を取りつつ、だんだんと帰宅時間が迫って来た。

(はあ、今日も残業か......)

 そう思っている時、部長が。


「伊藤、今日は午前中大変だったな。色々あり過ぎて、結構体力使っただろう? だから、今日は定時で上がっていいぞ。今やってるそれ、明日でも支障ないだろ?」

「はい、明日の午前中なら大丈夫です」

「なら、今日は上がっていいぞ、本当に午前中は ご苦労だったな」

「はい、ありがとうございます」


(助かった、しかも定時前なのに、終わることが出来たのは、意外だった、これなら...)

 そう思い、智也は作業中のPCの保存をバックアップも取り、シャットダウンした後、上司にお礼を言ってから、簡単な荷物を持ち部署を後にして、その足でそのまま会社の商談室に向かった。



 智也は商談室に行く途中、由にちょっとしたメッセージを送っておいた。

 そして到着すると、すでに西城は居て、態度も大きく、自分が手柄をあげたモノと、得意気になっている。


「なに? 君には用事が無いんだが...」

「そうですか...、でも、私はあなたに十分用事があり、ココに来たんです」

「へぇ...ま、どうでも良い事だが、高橋さんが来るまでは、相手をしてやろうじゃないか」


「言葉使いが変わりましたね、西城さん」

「はは、お前には関係ない事だからな」

「とうとう “お前” 扱いですか?」

「当然だ、オレの方が歳が上だからな、いわゆる 人生の先輩 ってヤツだ、な?伊藤」

「最後は呼び捨てですか、大したものですね」


 西城の横柄な態度は変わらず。


「お前が、高橋さんの彼氏だろうが、オレはお前から 高橋さんを奪うつもりでいるからな、覚悟しとけよ、伊藤...、おっとそろそろ時間だ、オレは行くからな、じゃあな、はははは...」


 そう言って、ドアを開けようとする西城に智也が。


「ちょっと待ってください」


 そう言って西城を引き留めると、忌まわしい目つきでギロッと睨まれた。


「言っただろ、今日は俺が高橋さんを予約しているんだ、お間には関係ない邪魔をするな....、ふっふふ....まあ、朝まで返しはしないけどな」


「く.....」


「はは、悔しいか? だったら何であの荷を見つけられなかったんだ?」


「.....」


「何も言えないだろう。伊藤、悔しいか...、あ、ついでに、あの指輪も、朝までに外しておくからな....」


「.....」


「何か言えよ...って、おっと、俺はもう行くからな、じゃあな伊藤、お、つ、か、れ、さん.....」



部屋を出て 行こうとした西城に、智也は言う。


「行っても 由は居ませんよ」


「?.....。なにを言ってるんだ?  約束事を破る従業員が居る会社に、信用は無いぞ。いいのか?信用だぞ、オレの上司にバラすぞ、嘘つきの社員がいる会社だってな」


「言う事はそれだけですか。じゃあ、そろそろいいですか?」

「は! 何の事だ!」


 智也は一旦呼吸を整え、吐き出す様に西城に言い放った。




「今回、あなたのした事を、私の上司と、あなたの上司の前で報告する事です」



 智也が放った言葉が理解出来ない西城。

「なに言ってんだ?お前。 俺が何をしたってんだ?」



 今度は改めて、静かに言う智也。


「今なら穏便に済ませますから、正直に言っちゃいましょう、西城さん」

「ふふ、分からんな、お前が何言ってるのか」

 まだ理解が出来ていない西城のその反応を見て、智也は白々と不埒な態度を取り続ける西城に、最後の確認をする。


「じゃあ、いいんですね?」

「だから、何をだ!って言ってるんだ!」


「昨日からの、あなたが行った行動です」


 智也がスマホを取り出し、何処かに連絡した。 すると、少ししてから、智他の会社の専務と、西城の会社の常務が来た。さらに、その後に、第四倉庫の主任が来た。

 そして、智也の上司(専務)が、事の進捗状況を訊いてきた。

「....で、どう言う事になったのかな?伊藤君」

「はい専務、実は中々白状してくれないので、手こずっています」


 事の顛末が理解出来ていない西城は。

「なんですか? 常務。わざわざこんなところまで、私一人で十分ですが....」


 西城の会社の常務が、睨むような眼で西城を見て。


「お前は何と言う事をしてくれたんだ。会社をつぶす気か、貴様!!」


「な.....」

 自分の会社の上司のいきなりの言葉に、驚きを隠せない西城。 そしてさらに 常務が言う。


「申し訳ございません。うちの社員が、とんでもない事態を起こしてしまい、本当にこの度は申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げる常務、それを見て、何が起きたのか分からない西城が。

「常務、オレは今日手柄を立てたんですよ? なのに....」

「お前も専務と伊藤君に頭を下げろ、命令だ!」

「何で、コイツに.....」



 常務に頭を押さえられ、理不尽と思いつつ頭を下げさせられる西城。


「???.....」


「西城さん、もういい加減に芝居はやめてください、もう全部分かっている事ですから」


「な!.....」


 言葉が出なくなった西城を横目に、智也は倉庫の主任に尋ねる。

「それでは主任、話してください、昨夜の事を」


 すると、昨日の夜にあった事を、話し出す第四倉庫の主任。


「昨日あなたは、ウチのフォークリフトを使い、第二倉庫にあった一つのパレットを、第四倉庫まで、わざわざ運んでいましたね。夜勤のリフトのO・Pが見てましたよ、自分もですが、その後、そのパレットに、周りと一緒の目隠しシートを被せ、全く分からない様にしましたね。これは相当不味い事ですよね?」


「う.....」


「その後、見かけた作業中のO・Pに“フォークリフトの資格を取るんで、練習してました” なんて嘘までついて。これは計画的ですね」


 それを聞いて、西城の常務が。

「何てことだ....、呆れたな、西城」

「でも証拠が無いでしょう? 証拠を見せてください」

 裏付けが出てない事に、反論する西城。


「..........」


「な~んだ、証拠もないくせに、伊藤くんは 俺をまるで荷を隠した犯人に仕立て上げようとしているんだ。 こんな嘘を吐くいい加減な社員は、退職させてしまった方が、会社のためですよ、専務」


「..........」


「どうだ、伊藤くん。黙っているが、何か私に言える事があるのかな? さあどうかな?」


 黙っていた智也が溜息を吐き、仕方ないように言い始める。


「あなたって言う人は.....、何処まで自分勝手なんですか。 そんなんで、良く世間を生き抜いてこられましたね、ある意味、ご立派です」

「ははは、褒められているのかな? オレは....、だが、コレからオレは予定があるんで、コレで失礼する。さ、行きましょう 常務」


 だが、西城の上司の常務は。

「....お....、お前って奴は....、何処まで....」

「?.........」


「西城さん、コレを見てください」


 そう言って、智也が一枚の DVDを出し、部屋に備え付けのテレビに入れて再生した。


 暫く部屋に居るみんなで見ていると、第二倉庫から 第四倉庫に向かって暗がりの中、スーツ姿の西城が、フォークリフトに乗っている姿がはっきりと画面に映っていた。

 しかも、そのフォークには、あの ろ過装置 の乗ったパレットがあるのが西城と共に映っている。


「そ....、そんな....」

「そう言う事です、西城さん。 倉庫内の監視カメラは、先日高画質の物を導入したので、暗くても、顔までしっかりと映っているんですよ、もう言い逃れは出来ませんね」


「.........」

 黙り込む西城、額から冷や汗が見える。


「専務、この状況でいかがでしょう、このような事態を起こした西城は、解雇という事で済みませんか?」

「いやあ、こっちも午前中だけで、この為に何人も手が塞がってしまい、倉庫流通が一時期止まってしまいましたからねえ.....、こっちも運送会社には平謝りだったんですよ」

「誠に申し訳ありませんでした」

「本来なら、社長が来てもおかしくないんですがね.....」

「はい。只今社長はこちらに向かっている所です、誠に申し訳ございません」


 西城を見ると、全身の震えが止まらない状態だ、冷や汗も止まらない。 自分が蒔(ま)いた事だが、コレだけはっきりとした証拠が存在しているので、どうする事も出来ない。


 その時ドアが開いて、西城の会社の社長がバツ悪そうに、いきなり専務に頭を下げて、直ぐに謝罪をし始めた。

「この度は、ウチの社員がとんでもない事をしてしまい、誠に申し訳ございません。ついては、今後の事ですが.........」



 その後は、双方の会社の上役とのやり取りとなり、主任と智也は部屋を後にした。時間にして、約1時間半、結構時間が経ったなと思って、帰ろうとすると、エントランスで。




「智也.....」


 か細い声が智也を呼ぶ。


「由、待っていたのか?」

「う、うん」


「何だ、帰ってればいいのに」

「何か....やだ! 今日は一緒に居たい」

「由.........」


「ねえ、ダメ?智也....」

「そんなん、いいに決まってるだろ。オレの彼女!」

「あ!ありがとう。ホントに好きよ、智也」


 

 この日はこのまま、智也と共に、伊藤家に泊まる事を、由は両親に連絡を入れ、途中で居る物を購入して、向かった。



                  ◇



「それは怖かったでしょう、由ちゃん」



 母親の結子が、由の頭を優しく撫でながら言った。


「はい、途中で体が震えてきて、智也くんが来てくれた時には、涙が出てしまいました」

「それにしても、とんでもない男よね、まったく.....」


 夕食を終え、全員が居間に集まり、今日の出来事を、智也と由が中心になり話している。


「会社って怖いんだね、お兄ちゃん。学校とは違い、色んな年齢層の人達が居るんで、色んな事が起こり得るんだね」

「恋愛絡みって、こじれると、根が深くなる恐れがあるから、厄介よね」

「そうだな、ゆうちゃんの言う通りだが、卑怯な手段を使って、人の恋人を奪ろうとする事は、人間としてあり得ない行動だな」


 父も憤りの感情を表しながら、言う。


「今日はゆっくりしていきなさい、由ちゃん。で、明日も朝、智也に送ってもらいなさい。いいな、智也」

「そうだね、父さんの言う通りにしなよ、由」

「はい、そうさせていただきます。心配かけて頂いて、ありがとうございます。お父さん お母さん」

「由ちゃんさえ良かったら、暫くココで落ち着くまで、一緒に暮らしてみるのもいいかもよ、ね?、お兄ちゃん」


 これには母親の結子が素早く反応した。


「そうね....、そうしなさいよ。暫くでいいんだから、そうすれば出社も退社も一緒になるし、私達も安心だわ」

「ゆうちゃん、由ちゃんのご両親の意見が大事だぞ? 聞いてからにしないと.....」

「たけちゃん、もちろんよそれは。 ねえ、由ちゃん、聞いてみてね、私たちは大歓迎よ....ね、うふふ」


 結子が楽し気に言う。


「こっちはそれでいいかもしれないけど、高橋家の両親は寂しがると思うんだよな~、そこはどうなんだろ?」

「とりあえず、電話してみるね智也」

「そうだな。そうしてくれ」


 スマホを持ち、廊下に出て行く 由。


 そしてし数分すると、帰って来た。


「すみません、あの....。両親と話した結果、私に任せると言ってました」

「どういう事? 由ちゃん」

「私に任せると言うか、私に恐怖心があるか無いかの事です」

「具体的に言ってくれる? 由ちゃん」


「多分もう西城さんの事は大丈夫だと思いますが、後は自分に残った、この事態のトラウマの問題だって言ってました」

「トラウマが残ったのか? 由」


「多分....だけど....。いま倉庫に行くのが怖い気がするの、智也」


「くっ!....、西城、とんでもないモノを残してくれたな....」


「じゃあ、明日から会社に行けるの?由ちゃん」

「分からない、取りあえず行ってみないと」


 智也が由の表情を見て言う。


「....由、明日オレと一緒に会社行ってみるか?」

「うん。会社の皆に迷惑かけられないからね」

「そうか....、由が良いって言うなら、一緒に行こう」

「うん」


 話がまとまったみたいなので。母親の結子が。

「さあさあ、皆、一段落ついたみたいなので、お風呂入ってスッキリして、ぐっすりと休みなさい」

「「は~い」」


「ひとみと由が 先に入ってくれ、出たらすぐに俺が入るから」

「「分かった」」

「じゃあお先に行くね」

「おう」


 着替えを持って、ふたりは風呂場に向かった。 

 ひとみと由が見えなくなったところで、最近になり智也が思って居る事を両親に話し出す。


「あのさ....、父さん母さん。相談があるんだけど.....」

「ほう、なんだ?」


「実は....」

「なに? 深刻な話?、智也」


「う、うん....」


 言いにくい事を、親に言うのは何か恥ずかしいが、相談だと思い、話し出す。


「オレ、由と同棲しようと思っているんだ」


「「!!..........」」


「今までは、一緒に暮らしたいな~なんて、何となく思っていたんだけど、この事態があって、コレからまたこんな事があったら、多分、由が精神的にまいってしまうかもしれないと思ったんだ。そうなると、オレが守らなくちゃと思う様になったんだ、そう言う事を考えた結果、二人で暮らしながら見守る事が、今の由には必要かなと思うんだ」

「う~ん、それは、由ちゃんが家に普通に帰ればいい事だと思うが.....」

 父親の武が、智也の意見に疑問を持つ。


「オレも最初は家に帰って、両親の下で普通に今まで通りに暮らせばいいと思っていたんだ。けど、もし次もこんな事があったら、それに、逆恨みでストーカーって事もあり得ると思うし、そうなると、絶対に両親がいつも居る訳では無いので、一人の時に何かあったらと思ったら、オレやるせなくなってきて」

「そうか、確かに、調べればすぐに高橋家の住所は分かってしまうからな」

「でも智也、二人での生活って大変よ? 分かって言っているのよね?」

「それは、実際に二人で暮らしてみないと分からない。実感が無いから....、でも、住むところは、由の家の近くにすれば、向こうの両親にも安心してもらえると思うんだ.....、どうかな?父さん母さん」


 暫く見合いながら考える両親。


 そして。


「ねえ、たけちゃん。近いうちに、向こうのご両親に、ご挨拶しに行きましょうよ」

「う~ん.....、そうだな。そうしようか、ゆうちゃん」

「では決まりね。 そう言う事よ智也」


「じゃあ.....、ありがとう、父さん母さん」


 智也の相談が終わった頃、ひとみと由が風呂から上がって来た。何か楽しそうだ。 こちらの事を知らずに、楽しそうに二人で水を飲んでいる。


「お兄ちゃん、空いたよ、どうぞ」

「分かった入ってくる」


 入れ替わりに智也が風呂場へと向かった。



        △



 智也の部屋で、由は今 智也と一緒に布団に入っている。

 

「由、ホントに大丈夫か? 明日よかったら、有休を取って休んでもいいと思うが」

「ううん、行ってみたいの。行って自分に起きた事が、会社内でどう言う事になっているか、この目で見たいの」

「強いな 由は...」


「それより智也、私たちがお風呂に入っている時に、お父さん達と何を話していたの?」

「それを今から話そうとしてたんだ、いいか?」

「うん」



 すると、智也は由の瞳を見て、話し始める。



「由..........、オレと同棲しよう」


「!!」


「どうだ?」

「な.....、何て言うか、どう言ったらいいのか.....」


「返事はどうなのかな?」


「いきなりで、整理がつかないけれど、正直わたしも同棲したい気持ちはあるけれど.....」

「それを聞いて安心した」

「けど、なぜ?」


 少し間を置いて。


「う~~ん、安心できるからかな.....」

「何か心配事があるの?」

「うん、 由が心配なんだ」


「わたし?」

「そう」


「今日みたいな事とか、その他今後も何かが起こらないとも限らないからな、オレと一緒に暮らせばその点では、安心できると言うのが理由なんだ」

「私 今まで通りに実家から通勤できると思うけど」

「まだ決定ではないけど、そう言う事も考えていると言う事なんだ。どうかな?」

「私の為に、本当にありがとう、智也 大好きよ」

「オレもだ。由の事は誰にも渡さない、オレのものだから」

「あ!出た出た 智也の オレのモノだから が」

「だって、オレんだもん」


「.....いいよ、智也なら、ぜえ~んぶ、わたしをあげる」

「はい、ではいただきます...、えい!」


「きゃ~...」


「由、声が大きいぞ.....」

「あ、ごめ~ん...、うふふ、でも、ゆっくり愛してね」

「ああ、わかった」



 心配事を打ち消すように、二人は愛し合い、ゆっくりと深い眠りに入っっていった。




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