第8話


                 8


 新しい週が始まった。


 週末の楽しかった出来事が過ぎ、喧騒とした社内の雰囲気が始まる週明けである。


 今日もいつもの様に、大型トラックによる搬入・搬出の応酬だ。2日休みだったので、いつもよりも若干荷が多い。 由も、タブレットのアプリを起動して、倉庫内に居る大型トラックの運転手から、荷の確認を取り、個数のチェックと、搬入物の置き場のスペースの指示を出す。今回は、単価の高い製品が多いので、特にチェックは大事だ。

 そうしていると。


「高橋さん」

 と、由を呼ぶ声がした。

「あ、おはようございます西城さん。今日はいつもよりもパレットとコンテナが多いですね」

「おはようございます。はい、なので、個体数のチェックも大変でしょう? 大丈夫ですか?」

「一応慣れてはいるんですが、いつもよりは2割増しですよね。しかも、製品の種類も増えているので、間違えないようにしてます」

「そうですか。...で、今日はコレがいつもと違うんです」


 そう言って、一つのパレットを指差した。


「コレって、今までにない製品ですよね。一つだけのパレットなのに、高価なんですか?」

「はい。コレだけで、大きなワゴン車が買えますよ」

「え~~!...」

「なので、扱いは大事にしてください」

「は、はい」


 一通りのチェックを済ませた 由は、社内無線機で、事務所に居る先輩OL にチェックの内容を知らせた後、一つ一つを慎重にタブレットに入力していく、そして 上司のOKが出たところで、西城に、仮置き場を指示してから、一時事務所に戻って行った。


(あれ?高橋さんの指......)

 西城が 由の左手の薬指に気が付き。

「......くっ!」

 っと、拳を強く握っていた。



         ◇


 

 午後6時半過ぎ、薄暗くなりかけた時間に、やっと今日の最終チェックを終えた由は、無事に終えた事と、搬入の量に対し、意外に早く終わった業務に、安堵していた。


 会社のエントランスで智也に会った。


「高橋さん、今帰り?」

「あ、伊藤さん、はい、意外に早く終わりました」


会社では 二人は名字で呼び合う。


「何か聞いたけど、今日の搬入は大変だったみたいだね」


 小声で由が言う。

「疲れたよぉ~......」


「お疲れ様。このまま帰る?」

「今日は帰るね」

「じゃあ送って行くから、そこで待ってて」

「うん。ありがとう」


 そう言って、智也が自分の車を取りに行っている間、社員駐車場の出口手前で智也の車を待っている。


 ....と。


「高橋さん」


 そう言って、西城が近づいてきた。


「どうしたんですか? こんな遅い時間に」

「あなたを待っていたんですよ。晩御飯どうかな?と思って」

「あ、それなら今同僚が車で送ってくれるんで、大丈夫です」

「いいんじゃないですか。同僚に電話して、先帰ると言っておけば」


 爽やかではあるが、何処かウラのあるような笑みだ。


「でも、私 今日は疲れたんで、早く帰りたいんです」

「ご飯くらいはいいじゃないですか」

「でも......」

「ささ、連絡して、行きましょう」


 手を掴んでくる西城に


「すみません、私 本当は、正式な彼氏が居るんです、だから、せめて彼に連絡させて下さい」

「知ってますよ、指輪見ましたから....。分かりました、じゃあどうぞ」


 そう言って、西城は手を離した。


 由はスマホを取り出し、智也に連絡しようとした時、西城にスマホを奪われた。


「何するんですか?」

「ほう、相手はあの営業部の伊藤か....」

「か、返して!」

「どうぞ」


 そう言って、スマホを返してきた。 その時に、智也の車のヘッドライトが見えた。

 車が近づいてくる前に、西城が一言放った。


「じゃあまた....」

 と、意味深な笑みを浮かべて足早に去って行った。



 異常を感じた智也が、車から急いで降りて来て。

「なに? あの男、確か 由の所の部署に出入りしている業者の、西城ってヤツだったかな?....、どうかしたのか 由」

「はあ~、怖かったよ~智也....」

「もう大丈夫だ、由。しかし、指輪見て無いのかよアイツ」

「見て確認したのに、食事に行こうって、しつこくて、手も握って来たし、怖かったよ~....」

「しかし、何でこんな時間に居るんだ?」


 不可解に思った智也だったが、怖がる由を早く家に帰して安心させないといけないと思い、帰りを促す。


「とにかく帰ろうか?」

「うん....」




 由を車に乗せ、家まで送って行くが、もしかして西城が着けてきているかもしれないと思った智也は、わざと遠回りして、普段通らない狭い道路を通って、後方の確認をし、着けてないのが分かったところで、由の家に着いた。

(ま、アイツなら、簡単に 由の家を突き止めるだろうな)

 とは思ったが、今は取りあえず、もしもの為に遠回りした。


 智也は途中、親に先ほどの事を説明してから家路に着く。


 家に着いた智也だが、西城がやけに由に執着しているのが気にかかり、今後も由の事を考えると、退社時の事を見直さなければいけないと実感した。



         ◇ ◇ ◇



「だからおかしいんです!」

「昨日まであったのに、何でないんですか?今日の午後発送なんですよ」

「それが分から無いから言ってるんです」


 製品管理課から、大きな声でやり取りする声が聞こえる。倉庫に居るフォークリフトのOP(オペレーター)だ。 それに答えているのが、由である。


「だって昨日は第2倉庫に置いてあったのを、私は見てるんです」

「それが無いんです」

「他の倉庫に臨時で移動させたって事はないんですか?」

「1~5倉庫まで、全部チェックしてみましたが、ありませんでした」


「そ、そんな~....」


「どうします? もう一度、いまから発注掛けても、明日の夕方に来ればいいところですよ」

「もし先方からの注文に、答えられなかったらどうなるんですか?」

「製品の弁償と、設置する作業員のロスによる人件費、それと使用するクレーン代金合わせると、恐らくですが、500万はくだらないかと...、しかも、今後の信用も失うと、結構な中堅企業なので、損失は年間合わせると、数億になりますね」


「!..........」


 由の体が身振るいしてきた、私の首どころではないこの事態に、涙が溢れて来た。


「泣いてる場合じゃないでしょう。多分倉庫の何処かに有る筈ですから、一刻も早く見つけましょう、昼からそのパレットを積むトラックが来ますので」


 部長に事情を説明して、小言を言われたが、今は何処にいったのか分からない製品を探すのが先決だ。少しでも手の空いている者に説明して、一緒に探してもらう事になった。


 第一倉庫から、隅々まで数人で探す。第二倉庫に来た時に、智也が居た。


 何事か、尋常ではない事に気が付いた智也が、目を腫らした由に事情を聴く。



    ・・・・・



「そんな大変な事になってたんだな、でも今ここは搬入中で、危ないぞ。3台のフォークリフトが動いているからな。....で、どんな製品なんだ?」

「大きな建築で使う、大型のろ過装置の大事な部分なんだってのは聞いているけど」

「大きさは?」

「パレット一つだけど、高価な製品だから、取り扱い注意なの」

「分かった、で入庫ナンバーは?....」


 色々 由に聞いて行き、智也は理解して、今言われた事のメモを取る。


「オレも少し空いたから、手分けして探そう」

「ごめんね~智也」

「今は製品を探すことが先決だ。由はとにかく、動いているフォークリフトには気を付けろよ」

「うん、分かった」


「ところで 由、肝心な出庫のチェックは?」

「チェック欄には無いから、まだ会社からは出てないはずよ」

「分かった」


 そう言って、智也は倉庫の奥に消えていった。とうとう彼氏にまで心配をかけてしまい、心が折れそうになるが、この事態が収束するまで、泣いてはいられない。


 由たちの課の者が、次々と隅々まで調べていく。 だが、一向に見つからなく、搬出の為にトラックの到着する時間は着々と迫って来る。 そんな時に、また厄介な男が出てきた。


「高橋さん、今 製品管理課の方から聞きましたよ、昨日のあの機械がここで紛失したんですって?」

「まだそうとは決まっていません、西城さんにはご迷惑を掛けませんので....」

「はあ、そうですか。せっかく最速の空輸便で、届けた製品が、管理の不手際で見つからないなんて、この始末はどうするんですかね」

「だから、まだ紛失とは決まってないんです」

「まあ頑張って何とか探してくださいよ、私が手掛けた仕事なんで」

「はい、探している最中なんで、失礼します」


 由は 同じ課の4人と、それぞれの倉庫に手分けして探しに行く。



不敵な笑みを浮かべつつ、事務所の応接室で、行く末を見ている西城だった。




         △



「智也、見つかった?」


「いやまだだ、色んな人に聞いてみたり、自分で探しているが、見つからない」

「どうしよう、トラックが来るまで、あと2時間切ったよ....うう....」

「由、泣いてる場合じゃないぞ今は、とにかく探すしかない」

「そ、そうね....、ごめんなさい」


 結局は散々探しても見つからず、とうとう会社から先方に謝る方向になりつつあった。 

 でもなぜ昨日まであった荷が、いきなり消えたのか、智也は不思議でならない。そう思うと、今度は、見た人が居ないと言うのもおかしい事だと思い、昼勤の倉庫管理の人たちでは多分知らないと思い始めた。


 この会社は基本24時間で、倉庫管理している、夜中でもトラックが入って来て、普通に荷下ろしや、積み込みを行っている。そう考えた智也が、昨日の遅番のOPに、まだ出勤して無いにも関わらず、電話で訊いてみる事にした。

 緊急なので、総務課に行き、各倉庫のOPの班長の連絡先を聞き出し、コレは特例だから とも言われながら、第一倉庫の班長から、電話をかけ始めた。


         △


 時間が経つにつれ、由の表情が変わっていき、段々と、気分も悪くなってきた。それを見た製品管理課の同僚が、体調を聞いてきたので、由は一応大丈夫と言っておいた。

 ちょっとした事で、今にも倒れそうだが、気を張って探し続ける。


 一方、そんな事とは全く関係ない、などと気楽な西城が、動き出した。


 応接室でくつろいでいた西城が、由の所に行き、何げなしに、話し出す。


「高橋さん、見つかりましたか?」

「い、いえ、まだです」

「仕方ないなあ、僕も一応この荷物には関わった訳ですし、手伝いましょう」

「いえ、西城さんに、ご迷惑はかけられませんから」

「そんな事言ってもいいのかな?今は、一人でも探し手が必要なんじゃないんですか?」

「そうですが....」


 少し考えるふりをする西城。


「じゃあ、もし私が探しあてたら、一度ご飯を付き合ってもらえませんか?」

「な....そんな事....」

 こんな非常時に、私用な事を言い出すなんて、何ていう人間なんだろうと、由が思った。

 だが、そんな事はお構いなしと、西城は続けてくる。


「いいじゃないですか。こんな非常事態をもし収めることが出来たのなら、そのくらいはしていただいてもいいでしょう?」


「........は..い」

由は一刻でも早く見つけ出したいと思う為に、仕方なく答えた。


「聞こえませんでした、もう一度お願いします」


「はい。 わ、分かりました」


「じゃあ、私も、皆さんに混ざり、探してきますので、約束は絶対にお願いしますよ」


「.......」


 そう言って、西城は、一つの倉庫の方向に、真っ直ぐに向かて行った。



          ◇



 第一から第五までの倉庫の班長に、今の事態を説明し、昨日から今日までの倉庫での状況を話してもらっていた。

 それだけで、時間が結構かかってしまい、トラックが来るまであと一時間を切った。

 そんな時。


「え!!なんですって? もう一度お願いします」


 智也が、第四倉庫の班長と話はじめていたところ、何か気が付いたのか、その班長が話し始めてくれた。


「いやね、昨日の夕方7時前くらいかな、スーツ姿をした人が、フォークリフトに乗ってたんですよ。それで俺たちが、それくらいやりますよと言ったんだけど、今私もフォークリフトの練習がしたいので、資格の事も考えて、ちょっと乗っていました。 なんて言ってましたね」

「それ、誰ですか?」


「え~~~っと.......」


「分かりませんか?」

「よく見るんだが、名前まではねえ....」

「分かりました、でも、見れば分かりますか?」

「それは分かる、最近になってから良く見る顔だから」

「ありがとうございました」


 電話を切ると、直ぐ由に電話をした。


「由、第四倉庫に来てくれ、すぐだ!」

「え?....、は、はい」


 由は急いで第四倉庫に向かった、タイトスカートが、これほどじれったいと思ったことは無かった。

 急いで着くと、すでに智也が居た。そして、真っ先に言った一言が。


「間違いなく、ココにあるはずだ」

「本当? 智也」

「ああ、間違いない」


 と言って、倉庫内に入っていくと、すでにそこには西城が居た。



「西城さん!」

「これはこれは お二人さん、ココにあったんじゃあないですか、ほら!」


 すると、さんざん探していた ろ過装置が、パレットの上にちゃんと乗っていた。それを見た 由が、ヘナヘナと座り込んだ。


「西城さん何故?」

「いやあ、私 昔からカンは良い方で、多分この倉庫だと思い、来てみたら、案の定、他の製品と同じ目隠しシートに被せられていた、コレを見つけたんです。どうですか?」

「あ、ありがとうございます、西城さん」

「ふう...、よかったな 由。何とかトラックに間に合った」

「はあ...、気が抜けて、立ち上がれないよ~」

「分かった、今から管理課に連絡するからな、急いでOPを呼んで、積み込みステーションに持って行ってもらおう」


 と言って、智也がすべて連絡を取る。すると、すぐにOPが来て、パレットを運び出して行く。


ちょっと安堵したところで、西城が話し出す。


「良かった、コレで高橋さんとご飯に行け...、ますよね? 高橋さん」


「.......」


 由は、智也の顔を伺いながら、目線を西城に戻す。

「どうです? 約束ですよ、高橋さん」

「は、はい.....」


「な.....、どう言う事だ、由」

「ほう、もう呼び捨てで呼んでいる仲なんですか」


 西城が続ける。

「でも、先ほどの約束は守ってくれますよね、高橋 由さん」

「本当なのか? その約束」

「そうなんですよ 伊藤さん、私とさっき約束しましたからね」


「く.....」


 何も言えない智也。なぜそんな約束をしてしまったのかと、悔いる由だった。


「早速、今日会社の帰りに行きましょう。高橋さん」

「は、はい.....」

 そのやり取りを見て、悔やむ智也。


「う.....」


 見ているだけの智也だが、ココで疑問が沸いた。

 

 西城は、何故いきなり紛失したものと思っていた製品が、ココにあることが分かったのか....、答えは簡単であった。


「ちょっと待ってください、西城さん」


「おや? 何かあるのですか? 私はちゃんと彼女と約束したんですから、あなたには関係ない事ですよ、それとも、約束を簡単に破る人間ですか? 高橋さんは」

「そうじゃないんだが....」

「何ですか?」

「この件は夕方まで待ってください。どうせ約束も夕方からでしょ?」

「そうですが....、まあいいでしょう。どのみち 邪魔はさせませんから、取りあえず、それじゃあまた後で、高橋さん」


 そう言って、西城は倉庫を出て行った。




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