第19話 ある日夫婦でユニバを巡って 1

「う~~~~、ユニバだーー!」


 開幕、ミカサちゃんがそう叫ぶ。

 おそらくはユニバに来るのも初めてなのだろう。


「目いっぱい楽しもうなっ」


 そう言ってこちらを振り向いた楽し気なその顔は天使かと思うほどだった。


「はいっ!」


 昨日の四人は今日は別のグループと回ると話していた上、悲しいことに誰からもお誘いが来なかったため完全にミカサちゃんと二人きりである。

 それでもどこで誰が聞いているかわからないので先輩呼びと呼び捨ては変わらないのだが……。



 ユニバーサルスタジオジャパン、通称USJ。

 2001年、3月31日にオープンしたハリウッド映画、ユニバーサル映画の世界観を余すことなく体験できるテーマパーク。

 総敷地面積54ヘクタール、年間累計来場者数は1500万人にも上る。

 パーク内には9のエリア、23のレストラン、49のショップ、32のアトラクションがあり一日遊ぶだけでは遊びきれないほどの施設がある。

 総事業費1700億円は伊達だてじゃない。



 7月、炎天下の中、夫婦二人だけのユニバ巡りが今、始まった。


「そろそろ進みましょうか」


「おうっ」


 どこまでも楽しそうなミカサちゃん、それを見るこちらも幸せだ。

 そんなことを思いながらエントランスから一歩を踏み出した。

 まず初めに見えてきたのは『ハリウッドエリア』。

 本当にアメリカに来たのではないかと思わせるほどの景観。

 ハリウッドの町並みがそのまま再現してあり、今にもあそこのお店から店員が客寄せにやってきそうだ。

 しかし、ほぼほぼハリボテ。


 中にはレストランやショップなど営業しているところもあるが、ほとんどは窓から身を乗り出した外国人が窓に描かれているなどユニークな建物ばかり。

 それなのにこの雰囲気を醸し出しているところは素直にすごいと思う。

 横を見ると、ミカサちゃんも興奮を抑えきれないらしい。先ほどからずっときょろきょろしている。


 そしてこのエリアの一番の魅力は、パーク内で一番キャラクター数が多いこと!

 クッキーモ〇スターからダースベ〇ダーまで、驚くほどに多種多様なキャラクターがあちこちでカメラにポーズを向けている。

 その姿にミカサちゃんも触発されたようで。


「ユメ、一緒に写真撮らないかっ」


 目を輝かせながら僕にそう提案してきた。

 ミカサちゃんが僕を引き留めるために左手で制服の裾をつかみながら指さしていたのはクッキー〇ンスターのエ〇モだった。


「ミカサ先輩、〇ルモと写真撮りたいんですか?」


「ああ、もちろんだ。本当はここにいるキャラクターをコンプしたいがな」


 意気込みに圧倒される。

 よほど楽しみだったのだろう。

 ミカサちゃんのその熱意に押され、僕はカメラを片手にエ〇モのもとへと向かった。

 後ろ向きのエル〇に手を伸ばし肩と思しき場所を叩く。

 すると僕よりも大きい。ミカサちゃんからしたらさらに大きい赤いフサフサがこちらを振り向いた。

 そのタイミングで僕が声をかける。


「すみません、写真お願いしてもいいですか」


 そうくとキャラクターらしい大げさなジェスチャーでOKのサインを出しカメラを持った僕ではなく、その後ろにいるミカサちゃんを抱き寄せた。

 その行動に少し困惑するかと思いきや。


「か、……かわいい~~っ」


 もしかすると、初めてミカサちゃんの女の子らしい自然な反応を見たかもしれない。

 そんな姿に一瞬惚れ直しながらも、僕はカメラを起動させ少し二人から離れた。

 カメラをのぞき込み二人にアングルを合わせる。


「ハイチーズッ」


 その刹那、ミカサちゃんの満面の笑みが写った写真がフィルムに収められた。

 本当にこんな写真を持っていてもいいのだろうか。

 そう思うほどに、犯罪級の笑顔だった。


「ありがとうございました」


 僕がお礼を言い、エル〇は手を大きく振る。

 ミカサちゃんは最後の最後まで握手をしたりハグをし、ようやく離れた。


「よかったですね」


「ああ、今日はユメのカメラが壊れるまで写真を撮ってやるからな」


「はは、それはこまりますよ」


 そんな他愛のない話をしながらハリウッドエリアを一直線に歩いていく。


「そういえばユメ、今日はどこを回るんだ?」


 唐突な質問。

 しかし、その答えを用意していないわけではない。

 昨日の夜、今日のために寝る間も惜しんで今日の予定を立てたのだ。


「まずはミニ〇ンパークですね」


 そう言葉を発した途端一段とミカサちゃんの目が輝くのが分かった。


「ミ〇オンパークって、あの、か」


「はいそうです」


 もう待ち切れないといった様子だ。

 今日訪れるエリアは9つ中7つ。中には通過するだけのエリアもあるが制限時間も考えると多いほうだろう。

 まずここ『ハリウッドエリア』、次に通過すだけの『ニューヨークエリア』、そして『ミニオ〇パーク』、通過のみの『サンフランシスコエリア』、それから『ジュラ〇ックパークエリア』、通過するだけ『アミティ・ビレッジエリア』、最後に目玉の『ハリーポッ〇ーエリア』。

 名前だけでも楽しそうなところばかりだ。

 しかし、全部伝えてしまうと楽しみがなくなるので追々伝えていくこととしよう。

「ユメ、〇ニオンパークに行くということはもちろんあれにも乗るんだよな」

 ミカサちゃんの言う『あれ』とは恐らく『ミニオ〇ハチャメチャライド』のことだろう。

 最近できたアトラクションであり、これを目当てに来場する客も多く存在するほど人気が高いアトラクションである。

 何より対象年齢が幅広いため家族連れが多い。

 そこでミカサちゃんが心配していることは一つしかないだろう。


「待ち時間は大丈夫なのか?」


 やはり。


「そんなこともあろうかと……」


 一度は言ってみたかったセリフを口にしながら僕はポケットを探る。

 ミカサちゃんはしきりに首をかしげながら僕のポケットに注目した。

 そして昨日苦労して手に入れたものをミカサちゃんの目の前に出してこう放った。


「ユニバーサル・エクスプレス・パス(ペア)~」


 その言葉を聞いた瞬間ミカサちゃんの目が再び輝きだす。


「これってあれかっ?! どんなに並んでいても優先的に入れるチケット」


「その通りです」


 少し胸を張ってそう返す。


「ただ3回しか使えないので注意して使わないとですね」


「そうだなっ」


 普段の冷静さはどこへ行ったのやら。

 そんなことを感じながらまずはハリウッドエリアを抜けた。



 まっすぐな通りのまま次は『ニューヨークエリア』に突入する。

 景色は一風変わり、近代的だったものが少し古風になる。

 茶色が多く、レンガでできた建物がほとんどだ。

 しかしここは通過するだけ。

 ミカサちゃんが特に反応しなければ次に進む予定だ。


 まあ、そんなはずないよな……。


「ユメ、ユメっあのお店見ていかないかっ」


 そう言ってミカサちゃんが指さしたのはこのエリアに二つしかないショップのうちの一つ。

 『アメージング・スパ〇ダーマン・ストア』だ。

 その名の通りスパイダー〇ンに関するショップで、ぬいぐるみやフィギュア、ここでしか買えないスパイ〇ーマンのお土産が数多く売っているショップだ。

 下調べはおこたらないのでこれくらいは分かる。

 そうは言ってもやはり、ネットで見る情報と生で見るのとでは大きく差があるのだな。

 そう思った。


「おお……」


 まず迫力というか、雰囲気が違う。

 なんなのだろう。このわくわくする気持ちは。

 僕がこれくらい興奮しているのだ。

 ミカサちゃんは尋常じんじょうではないだろう。


「ユメ、早く入るぞっ」


「予算ちゃんと考えてくださいね」


 そんな僕の声は届いたのか、ミカサちゃんは僕の腕を引っ張り店の中へと入っていった。

 入口の回転ドアに少々興奮しながらも店内に入って一番に感じたのは、体を店の奥へいざなうかのような甘い香り。

 クッキーだろうか、ポップコーンだろうか。

 そんな甘い匂いが店内に漂っている。

 そして次に、店内を見渡して驚いた。

 見るところ見るところすべてが、赤と青で埋め尽くされており、ス〇イダーマンファンでない僕たちでさえ、興奮するには十分すぎるほどだった。


「ユメ、何か買っていいか」


 来ると思った。

 しかし、こんなところで買っていては後々の予算が足りなくなる。

 明日も京都研修があるため、今日ここで使える予算はそれぞれ3万円まで。

 僕はユニバーサル・エクスプレス・パスで1万6000円を消費しているから残り1万4000円。

 基本的にパーク内のショップで買うと、目が飛び出るほど値段が高い。

 なので、目玉のハリーポ〇ターエリアや、ミニ〇ンエリアで使いたいところ。

 こんなところで使っていては、ふところがもたない。


「ここでは見るだけです」


 ミカサちゃんにそう言うと、一瞬頬を膨らませながらも納得したように僕の制服の裾を引っ張り店の奥へと入っていった。


「ユメがそういうなら仕方ない。我慢してやろう」


 こういうところもかわいい。

 何も買えないながらもこんなにもはしゃぐミカサちゃん。

 すると奥の棚に一つのぬいぐるみを見つけ、それを手に取る。


 ああ、これ買いたいんだろうな。


 そう瞬時に悟った。

 しかし、ここで甘やかしてしまえばこれから先のエリアでも財布が空っぽになるまで搾り取られるだろう。


「かわいい、これ……ユメ、これ買っちゃダメか?」


 外気温のせいで少し紅潮した頬。

 まだ眠気が取れないのか少しとろんとした目。

 ぬいぐるみを両手でにぎり口の前に持っていってそう言ったミカサちゃんは。

 逆らい難い姿だった。


「しょ、しょうがないですね、これだけですよ……」


「やった、ユメからの初めてのプレゼントだなっ」


 全く、僕のお嫁さんは……。

 これを意識せずに自然とやっているのだからすごい。

 まあ、ミカサちゃんのために使い切るんだったらいいか……。

 そんなことを考えながら明るい店内を歩き、レジへと向かった。


「さて、そろそろ次に行くか」


 左手にスパイダーマ〇の袋をげ、僕にそう語りかける。


「そうですね」


 順路通りに行くと次はいよいよ最初の目的地『ミニオ〇パーク』。

 ここで予算の大半がもっていかれるはずだ。

 覚悟しなくては。


「ユメ、次のエリア、目いっぱい楽しもうなっ」


 そう、普段の生徒会長の姿からは想像もつかないような笑顔で言われ、覚悟と同時にわくわくを覚えた。


 その笑顔が数倍に膨れ上がることを想像しながら、次のエリアに足を踏み入れた。

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