第15話 ある日夫婦は鹿とたわむれて1
「奈良駅~、奈良駅~」
ついに、最初の研修地『奈良県』に着いたのだ。
もう、この大阪環状線に乗った時点で行動はフリー。
奈良県内ならどこを回ってもいい。
「おお、ユメ。奈良だぞ、奈良っ」
はしゃぐお嫁さん。
こんな姿何日ぶりに見ただろうか。へたしたら結婚後初めてかもしれない。
「といっても、まだ奈良っぽいもの一つも見てないじゃないですか」
「いいか、ユメ。こういうのは雰囲気が大事なんだ」
そういってまた窓の外に視線を移す。
電車はゆっくりと減速し、駅のホームへと入った。
多くの乗客が荷物をまとめ始め、車内は一時騒々しくなる。
僕もミカサちゃんと荷物をまとめ始め、降りる準備をする。
さっき話した四人とは駅のホームで待ち合わせ。
そうはいったものの、この広さでは迷子になってしまいそうだ。
地元の駅と比べると、いや、比べ物にならないか。
心でそうつぶやき、感嘆のため息を漏らす。
電車がプシューという音とともに完全に停車し、はるか前方でドアが開く音がした。
「降りましょうか」
「おう」
そう言って立ち上がり、ついに奈良の地へと足を踏み入れた。
迷子になると思われた四人組はすぐに見つかり、六人はぐれずに人込みを抜け、ひとまず駅の前のベンチに腰を下ろした。
「ふう、疲れた~。移動で6時間はつらすぎるって~」
誘った四人の中で一番背の高い男子がそう言う。
全員がそれに苦笑したのち、眼鏡をかけている僕たちを誘った男子が切り出した。
「まずは自己紹介しようか。ミカサ先輩は僕たちのことあまり知らないだろうし。ミカサ先輩、いいですか」
「おう、いいぞ」
まさかここまで好待遇だとは思わなかったのだろう。
ミカサちゃんは僕の横で少し拍子抜けした顔をしている。
そうこうしている間にベンチの右端に座っている人物から自己紹介が始まった。
「俺は
シンプル。
思わず『それだけ?!』とつっこみそうになった。
ヒナタの特徴はとにかく背が高いこと。
そしてこの素っ気ない口調。これでも根はやさしい生徒なのだ。
「もしかしてヒナタ、ミカサ先輩に緊張してる?」
「……」
無反応。図星だろう。
そんなに怖がる必要はないのに。
「じゃあ、次」
「ぼくは
で、よろしくお願いします」
この子もヒナタ同様僕と同じクラスなのでよく知っている。
この見た目から真面目で頭がいいと思われがちだが、実際は『真面目』までが正解、『頭がいい』が不正解の性格になっている。
「おう、よろしくな」
さきほど思ったことなのだが、みんなミカサちゃんと実際に話すのはほぼ初めてなのにも関わらず、親身になって話してくれているところがすごい。
やっぱり人がいいのだろうな。
そう思っていると、三人目の自己紹介が始まった。
「オレは
この子もよく知っている。
僕とはクラスが違いながらも、毎回僕に次いで成績二位を取っている生徒だ。
まあ、僕は満点しかとったことないから二位とはいっても毎回すごい差がつくのだが。
ただ、頭がいいのは事実だ。
「おう、よろしくな」
ミカサちゃんがそう応えたところで最後の男子? が話し始めた。
本当にこの子は男なのだろうか。
「ボクの名前は
そういった男の子はミカサちゃんよりも背が小さく、中性的な顔立ち。
髪は肩に付くほどまで長く、そのくりくりした目は女の子を
しかし、男子用の制服を着用していることから、確実に男の子なのだろうということは分かった。
「よろしく……」
ミカサちゃんもあまりの衝撃に少々腰を抜かしている。
まさか他学級にこんな男子がいたとは。
これはだれが見ても女の子と思うだろう。
さて、この四人の中で同じクラスなのは二人、違うクラスの子は二人なため、一応僕も自己紹介をしておいたほうが良いだろう。
「じゃあ、僕も一応自己紹介しておきますね。僕は
「ああ、よろしく」
なんとも自然な返し。
普段一緒に暮らしていることを全く思わせないほどに自然だった。
やはり生徒会長はすごい。
そんなことに感心していると、僕の自己紹介に続けるようにしてミカサちゃんが自己紹介を始めた。
「私も自己紹介しておく。私は
最後まで言い切ったところで自分の間違いの重大さに気づいたしい。
ミカサちゃんは自分の名前をなんと言っただろうか。
そう、『
いや、決して間違いではない。何せ本当は僕のお嫁さんなのだから。
しかし、学校で僕たちが結婚していることはあくまで秘密。
よってミカサちゃんはこの場では旧姓の『
友人たちから疑いの視線を向けられる。
もちろん、生徒会長であるミカサちゃんの名前は全校生徒が知っているため、全員、ミカサちゃんの苗字がおかしいことに気付いているだろう。
ミカサちゃんは固まって動けない様子。
最悪の場合、結婚がばれてしまうかもしれない。
僕がなんとかしなくては。
そこで、ふっと一つの解決策が見つかった。
少々危険、なおかつ多大なる誤解を生むことになるが、結婚がばれるよりはましだろう。
何せ、結婚がばれたらもういっしょに生活できなくなってしまうかもしれないのだから。
「ミカサちゃん、任せてください」コソッ
そう小声で
「お姉ちゃん、そっちは再婚前の苗字でしょ。今のお姉ちゃんの苗字は『弥生』じゃないか」
そんな
その名も、ミカサちゃん実は僕と姉弟だった作戦。
この作戦は、実は僕とミカサちゃんは姉弟で、親の離婚により僕は父方、ミカサちゃんは母方へ連れていかれたというもの。
その後母の方は『弥生』という姓の人と再婚し、それにつれミカサちゃんの苗字も弥生になってしまった。
それで、離婚前の苗字を今名乗ってしまったということにすれば一応筋は通る。
しかも、この話をすることにより僕とミカサちゃんは実の姉弟と解釈されるため、結婚を疑われることはほぼ間違いなく無くなるのだ。
ただ、大きなリスクももちろんあるが……。
話の続きを話し始める。
「実は僕たちもともと姉弟だったんだよ。でも数年前に親が離婚して、ミカサちゃんの方は再婚、それで苗字が『弥生』に変わってしまったんだ。それで間違って前の苗字の方を名乗ってしまったというわけ」
僕の説明がうまかったからだろうか、友人たち素直だったためだろうかは分からないが、一応納得はしたようだ。
「なんだ、そういうことだったのか。深く探るようなことはしないよ。ごめんな」
「ありがとな」コソッ
ミカサちゃんが耳元でそう囁き、この話に一区切りがついた。
そこで僕が切り出す。
「ところでどこ回る? ホテルに集合時刻はたしか午後6時だったよね」
「うん、今は午後1時を少し過ぎたくらいだからあと5時間は遊べるよ」
ミカがそう返す。
「そういえば、昼ごはん食べてないな。まずはみんなで昼飯食べに行かないか」
ヒナタがそう提案した途端、誰かのお腹が鳴った。
僕の左から聞こえてきたということは恐らくミカサちゃんだろう。
そしてみんなもそれに気づいているだろう。
それでもみんな指摘しないでくれた。やはりみんな優しいのだな。
それが決め手だったのかはわからないが、ひとまず昼食をとることになった。
行先は奈良駅構内。
もうここで済ませてしまおうということになったのだ。
六人は一斉に立ち上がり、それぞれのバッグを持って再び駅構内へと戻っていった。
「ふ~食った食った」
ヒナタがそう言い、お腹をさする。
「さて、どこに行きましょうか」
ナツメが言い出し、いよいよ本格的に奈良研修が始まろうとしていた。
そこでアオイがバッグから一冊のノートを取り出す。
「実はボク、あらかじめ行きたい場所をピックアップしてきて、予定も立てたんだ。よければこれに沿って動いてみない?」
そういってアオイがノートを開くと、1ページ目に行きたい場所がびっしりと、2ページ目以降はプランA~プランEまでの合計5つのプランが用意されていた。
一つずつが分単位で構成されており、乗る電車やタクシー乗り場まで明確かつ詳細に記載されている。
「すごいなアオイ。私は賛成だぞ」
そうミカサちゃんが返す。
まあ、ミカサちゃんが賛成というのだから今更反対という人はいないだろう。
それにしてもすごい。
「基本はどのプランも一緒。プランAが基礎で、急な予定変更やハプニングがあったときにプランB~プランEに移行するつもり」
「いいと思うよ」
ナツメのその言葉に全員がうなずく。
「じゃあ、これで回るってことで。最初に行く場所は奈良公園。ひとまずタクシー捕まえよう」
その言葉に六人は七月の炎天下の中をタクシー乗り場に向け歩き出した。
もうこれは何かの呪いだろう。
まあ、うれしいのだが。これが本望なのだが。ここまでくると逆に不自然に思えてくる。
「タクシーすぐ乗れてよかったな」
そう語りかけるミカサちゃん。
車内には運転手さんと僕とミカサちゃんの三人だけ。
あとの四人は他のタクシーで先に行ってしまった。
なぜなら人数オーバーだったから。
僕たちだけ同じタクシーに乗れなかったのだ。
「そうですね」
そう
「お客さん、ありがとうございました。料金は720円です」
奈良公園前。
お金はもちろん僕が払い、タクシーを降りた。
先に着いた四人がタクシー乗り場の近くで待っていてくれたため、すぐに合流することができた。
「意外と早かったね」
そうナツメが僕たちを迎え入れ、六人、奈良公園へと足を踏み入れていった。
このあとのミカサちゃんのはしゃぎ具合に、一同は驚愕することとなる。
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