第14話 ある日夫婦で奈良を目指して

 なぜだ……。


 もうこれは先生たちが仕組んでいるとしか考えられない。


「ユメ、どうした。もうすぐ新幹線出発するぞ」


 なんでまたミカサちゃんの隣なんだ。


 いや、別にうれしくないわけじゃない。

 逆にうれしい。

 しかし、ミカサちゃんと隣の席であること以前に。


「なんで僕たちだけ、みんなが乗ってる1~5両じゃなくてその二つ後ろの7両目なんでしょうか」


「? なんか言ったか」


「いいえ、別に何も……」


 たしかに貸し切りだからどこに乗ってもいい。

 だからと言って僕たちだけを一つの車両に乗せるなんて。


 ……。

 まあいい。


 これは絶好のチャンス。

 今のうちにミカサちゃんとあんなことやこんなことをしなくては。


「おっ、そろそろ動き出すぞ。ユメ、見てみろ」


 お、これは早速チャンスではないか。

 『あ、ほんとですね』と言ってそっと肩を抱く。


 思い立ったが吉日きちじつ


 ミカサちゃんが窓の外への注目を失わないうちにと思い、ゆっくり体を寄せる。


「あ、ほ、ほんとですね~」


 そして腕を伸ばし、ミカサちゃんの肩に掛けた。

 一瞬、ミカサちゃんの体がびくっとなり、少し肩をすくめる。


「な、何をしてるんだユメ。ここは電車内だぞ」


 そう注意する顔は真っ赤でまんざらでもない様子だった。


「でも、誰も見てませんよ」


「…………す、好きにしろ」


 恥じらった顔でそう放ったミカサちゃんの言葉は破壊力抜群だった。

 ただ、その言葉を言われると途端に男は何もできなくなってしまうものである。

 ゆっくりとミカサちゃんの肩から手を離し、自分の膝の上に置いた。

 そんなどこでもいちゃつける二人を乗せ、新幹線は大阪へと出発した。



 新幹線は現在、広島県と岡山県の県境ほどの位置を走っている。

 ここで、大事件が起きた。

 かなり前から、この車両には僕しか乗っていないのではないかと思うほど静かだ。

 なぜならミカサちゃんが寝てしまったから。

 朝5時から起きていた限界がきてしまったのだろう。

 ミカサちゃんは九州と本州の境目、関門海峡を渡り切った辺りで力尽きてしまった。

 そして現在、ミカサちゃんの上体は徐々に僕の方に倒れ掛かってきている。

 新幹線が少し揺れるたびに、ゆっくりと。

 心臓が高鳴る。

 眠っているミカサちゃんにでさえ聞こえてしまわないかと思うほどに。

 そしてついにそのとき。


 ガタン


 新幹線が大きく揺れ、ミカサちゃんの頭が僕の肩に乗った。

 とても、いい香りがする。

 これは女の子だからなのか、それともミカサちゃんだからなのか。

 小さな寝息をたて、幸せそうに寝るその顔はとてもこの世のものとは思えないくらいに可愛く、愛しく。

 幸せすぎてどうにかなるのではないかと思ったほどだった。


 そんなことを考えている間、僕にも睡魔が襲ってくる。

 僕もミカサちゃん同様、出発式に参加するために朝5時から起きているのだ。

 ミカサちゃんが寝やすいように、少し肩の位置を調整。

 ゆっくりと目をつむり、ミカサちゃんのいい香りを嗅ぎながら眠りについた。


 ……。

 ゆっくりと目を開け、あくびを一つ。

 窓から見える町並みで分かったが、今ここはもう大阪府内らしい。

 なぜ町並みだけでどこかがわかるかって?

 何せ僕は学年一位ですから。


 しかし不思議なものだ。なぜ日本人は自分が下りる駅が近くなると自然と目を覚ますのだろうか。


 まあ、……例外の人間もいるが。


 そう心でつぶやき、よだれを垂らしながら寝ている生徒会長を横目で見る。

 そろそろ起こしたほうが良いだろう。

 そうは思ったものの、この幸せそうな寝顔を壊してしまうと思うと心が痛む。

 それでも起こさなければいけない。

「ミカサ先輩、起きてください。もうすぐ着きますよ」


「……zzZ」


 起きる気配がない。

 まあ、起きるのが苦手なのは知っている。

 朝も毎朝僕に起こされているほどだからな。

 ここで、あることを思いついた。


 『寝起きのちゅーはどうだろう』と。


 我ながら最低なのではないかと考えもしたが、僕はミカサちゃんとキスがしたい。

 それに誰も見てないし。

 僕たちは夫婦だし、なんら問題はない。


「そ、そんなにお、起きないんだったら、ちゅーしてしちゃいますからねっ……」


 やはり反応はない。



 一方そのころミカサちゃんは。

 ちょっと待ってくれ、ユメくん。

 私バリバリ起きているのだが。

 ただユメくんから離れたくないから寝たふりをしているだけ。

 まさかユメくん、キスをしてこようとは。

 考えもしていなかった。

 まあ、まんざらでもないのだがな。



 一方ユメ。

 よし、そろそろするか。

 そう心でつぶやき、決意し、ゆっくりとミカサちゃんの顔に近づいていった。

 寝ているはずなのになぜか少し顔が赤くなったような気がする。

 右手でミカサちゃんの頭を寄せ、唇を押し当てた。

 その刹那、ミカサちゃんがゆっくりと目を開く。

 唇をゆっくりと離し。


「おはようございます……」


 と言う。

 すると、何とも言えない表情で。


「ああ、おはよう……寝起きでキスとは。なかなかユメも大胆なことをするのだな……」


 二人の顔は真っ赤に染まり、しばらくの間沈黙が流れた。



「大阪駅~、大阪駅~」


 目的地の大阪駅に着いたようだ。

 とはいっても、今日めぐるのは奈良県。

 さらにここから大阪環状線を使って50分の奈良駅まで行かなければならない。

 車内の時計を見ると12時ちょうど。

 これなら1時には着きそうだ。


「降りる準備しましょうか」


「そうだな」


 そう会話を交わし、電車が減速するのを待った。



 ……。

 もう慣れてきたな。

 僕たちは今現在、大阪環状線に乗っている。


「もうすぐ着くぞユメ、奈良県を目いっぱい楽しもうなっ」


 やはり隣に座っているのはミカサちゃん。

 そう笑いかけてくる姿もとんでもなく可愛い。


「そうですね」


 さて、そろそろ冷やかしが来てもおかしくない頃なのだが。


「おう、ユメ。この後の奈良、俺たちと回らないか。そっちの彼女も連れて」


 ほら。

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