第13話 ある日お嫁さんは勘違いをして

「生徒会長、見送りの言葉」


 その司会の言葉にミカサちゃんが立ち上がり、壇上へと向かう。

 その凛とした立ち振る舞いからは育ちの良さが垣間見えた。


 修学旅行出発式。

 今日は待ちに待った修学旅行の日だ。

 僕たち第二学年はこうして体育館に一度集まり、出発式を行っている。

 この式も終盤に差し掛かりいよいよ重大発表のある生徒会長見送りの言葉。

 これが『見送り』ではないと知っているのは僕だけ。


 何せミカサちゃんも修学旅行に付いてくるのだから。


 壇上で一礼し、微笑んだ顔で口を開く。


「第二学年の生徒のみなさん、おはようございます。生徒会長の弥生やよいミカサです」


 ここに来てはっと気づくことがある。

 ミカサちゃんは(現在の)本名は銀杏いちょうミカサだが、ここは学校。しかも結婚していることは秘密なため、旧姓弥生ミカサを名乗らなければならないということ。


 本当は僕のお嫁さんなんだ。


 そんなことを再び噛みしめさせられた。


「そろそろ出発の時刻となりますが、みなさん、修学旅行の目的を知っているでしょうか。それは、生徒の協調性、自主性を育むためです。なので事前に伝えられているとは思いますがこの修学旅行は行先だけが決まっており、現地での予定、班は一切指定されていません」


 本当にこの学校はすごいと思う。

 修学旅行のすべてを生徒主体でやらせるなんて。

 『班を決めない』これはつまりミカサちゃんといつ何時でもそばにいられることになるのだ。

 下手に班を組まされ、ミカサちゃんを不幸な思いにさせてしまってはいけない。

 そのため、このスタイルはとても良いものだと思っている。


「そこで、ぜひ皆さんには心の底から修学旅行を楽しんでもらいたいと思っております」


 このまま締めの言葉に入って僕たちは出発するのだろう。


 そう、多くの生徒が思ったことだろう。


 しかし、これは序章だ。

 これから言い渡される重大発表からしたら。


「さて、そろそろ出発したいところですが、その前にスクリーンをご覧ください」


 そうミカサちゃんが自分の後ろを指さすと三本の棒グラフがスクリーンに映し出された。

 体育館内がざわつく。

 赤色をした直方体の棒グラフは左から順に16、128、34の数値を示している。

 これは何の数だろうか。

 僕自身もこれを不思議に思っていると、次にスクリーンに一行の文字が並んだ。


〈各学年の問題発生件数〉


 そう書かれた文字を見て、僕は一人、納得をした。

 ミカサちゃんがついていく口実に使ったのはこれなんだな、と。


「そう、これは各学年の問題発生件数です。左から順に一年、二年、三年の問題発生件数を表しているのですが、あなたたち二年生だけ異様に数値が高いです」


 おそらくこれは捏造したものだろう。

 たしかに僕たちの学年は問題児が多い。

 しかし、それでも四月から七月までのたった四か月間でこんなに問題を起こせるはずがない。

 今日までに登校した日数は68日。問題発生件数は128件。

 これでは少なくとも毎日必ず二件は問題が発生していることになる。

 そんなはずはない、と冷静に考えれば解ることなのだが、あまりに問題児が多すぎるこの学年では先生方も疑いはしないのだろう。

 流石生徒会長。

 つまり、この素行の悪さを理由にして自分がついていくとミカサちゃんは言うのだろう。


「ふふ」


 思わず少し笑みがこぼれる。

 資料の改ざんをしてまで僕といっしょにいたいだなんて。

 ただ、資料の改ざんはやりすぎだと思うが。

 まあ、可愛いから許す。


「そこで、その素行の悪さを監視し、現地で問題を起こさないよう。起きてもすぐ対処できるよう、先生方の了解のもと私自身もあなた方の修学旅行に付いていくことになりました」


 一気に会場がざわつき始める。

 みな、ミカサちゃんから視線を外し、近くの人たちと批判しあっている。


「ただしっ、問題を起こさない限り、私はあなた方の修学旅行に口出しはしませんので、安心してください。以上をもって生徒会長、見送りの言葉改め、生徒会長ついていきますの言葉とします」


 最後に少しジョークを混ぜながらもこの送辞を締めくくり、一礼して壇上から去った。

 もはや誰も注目していない中、ミカサちゃんは少し僕の方向をチラ見し、ウィンクを送る。

 僕にとっては少々殺傷力が高すぎた。



「それでは、出発しますー」


 ついにバスに乗り込み、まず新幹線に乗るために鹿児島駅へ向かう。

 ただ、一つ気がかりなことがあるとすれば……。


「ユメ、一番後ろの席で誰も見ていないからって変なことするんじゃないぞ」


 隣の席のこの人なんだよなあ。

 僕のクラス2―3はほかのクラスよりも人数が少なく、その上今日は欠席者が一人出ているため、後ろの席の5人座れるスペースには2人しか座っていない。

 それが僕とミカサちゃんなのだ。

 確かにミカサちゃんの言う通り窓際に僕、その隣にミカサちゃんの形で座っているためほかの生徒たちから僕たちの姿は見えていない。


 耐えられるのか、僕。

 この幸せすぎる状況に。


 バスの中でも背もたれを使わず、ぴしっと伸ばした姿勢のミカサちゃん。

 その美しい姿に息をのみ、午前六時、修学旅行へとバスは出発した。



 出発時の眠気は完全に取れ、少々うるさくなってきた車内。

 ミカサちゃんは注意しようかしまいかと葛藤している。

 そんな少し迷っている姿もかわいい。

 そして相変わらずの姿勢。

 この人の背骨はどうなっているのだろう。


「ミカサ先輩、姿勢きつくないですか。修学旅行です。いいんですよ」


 そう僕が促すと、ミカサちゃんは僕の方を驚きながら見た。

 少し頬を赤くしながら目をそらし、周りを見渡し始める。

 そして恥ずかしそうに僕の耳元でささやいた。


「ほんとにいいのか」


 なにをそんなに気にしているのだろう。

 バスの中で背もたれを使う人を批判する人類がどこにいるというのだろうか。

 それとも親にそう教えられてきたのだろうか。

 少し疑問に思いながらもスルーし、さきほどのミカサちゃんの問いに答える。


「当たり前ですよ、ここはバスの中なんですから」


 その言葉を聞いた瞬間、ミカサちゃんはまた少し頬を赤くさせ、勢いよく前を向いた。

 胸に手を当て深呼吸を一回。

 何をそんなに身構える必要があるのだろう。

 そう不思議に思ったが、その答えは次の行動で明らかとなった。


「じゃあ、し、失礼するぞ……」


 その一言の後、ミカサちゃんは後ろに体を倒す。


 のかと思いきや、僕の方に体を傾けてきた。


 そしてついに肩があたり、僕にミカサちゃんの体重の一部が乗る。


「……へ?」


「な、なにを驚いているんだ。もたれかかってもいいと言ったのはユメの方だろうっ」


 ……。


 なるほど、日本語とは難しいものだ。

 僕は()もたれかかっていいですよと言ったのが、ミカサちゃんには()もたれかかっていいですよ、に聞こえたらしい。


 なんて可愛いのだ。


 開始早々こんなイベントが待っているなんて。


「あの……、ミカサ先輩。僕は『背もたれに』もたれかかってもいいですよと言ったつもりだったんですが……」


 そう事実を伝えた瞬間、ミカサちゃんの顔が、頭から湯気が出るほどに赤くなったのが分かった。

 一瞬のうちに上体を起こす。

 そして顔を見られないためか反対側の窓を見つめた。

 窓に反射したミカサちゃんの顔はこれ以上にないくらいに真っ赤になっており、とても生徒会長の面立ちとは思えないほどだ。


 いや、ほんとに可愛いな。


 『もたれかかっていいですよ』で真っ先に僕の肩にもたれかかることが思い浮かぶところが。

 そんなことを思い返していると、しばらくはしゃべらないのではないかと思われていたミカサちゃんが唐突に口を開いた。

 ある一本の車内放送によって。


「只今から高速道路に入ります。再度シートベルトを確認してください」


 今から高速道路に入るとのこと。

 距離的にはあまり長くないはずだ。

 そんなことを考えている最中、ミカサちゃんがこんなことを言いだした。


「ユメ、言いにくいのだが、その……私、高速道路が苦手でな、えっと……それで、手を、繋いでいて、くれないか……」


 そう言って僕の目の前にその真っ白で小さな可愛らしい手をさし出してくる。

 まったく、このお嫁さんはどこまで可愛いのだ。


「ふふ、生徒会長が高速道路怖いだなんて、可愛いですね」


「な、別にいいじゃないか。あの飛行機の滑走路を走る感じが嫌いなんだ。別に怖いわけじゃない」


 言い訳までもが可愛い。

 そんなに怖いのか。


 すでに外の景色を見ることを諦め、下を向いて目をつむっている。

 このまま放置しておいても可愛いだろう。しかしそれではお嫁さんがあまりに可哀そうだ。

 僕は自分の右手をミカサちゃんの手の平の上へと優しく乗せ、握った。

 それに反応しミカサちゃんが無言で握り返す。


 小さくどこか弱弱しさを感じさせる手。


 今、世界でこの手を握ってもいいのは僕だけなんだ。


 そんな優越感に浸りながら、バスは高速道路へと入った。

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