第12話 ある日お嫁さんは企んで
「さてと、そろそろ行くか……」
諸々の家事を済ませ、家を出る支度をする。
時刻は7時30分。
普段、家を出発する時刻だ。
しかし、今日はミカサちゃんがいない。
生徒会の仕事? で早めに出発したためだ。
「……」
スクールバッグをからい、サブバッグを手に持つ。
35分まであと23秒。
時間にはシビアでなくては。
まあ、秒針まで合わせる必要はそこまでないのだが。
…………。
「行ってきます」
久しぶりの誰もいない家に向かってそう放ち、学校へと向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
校門にいる先生方と挨拶を交わし、傾斜の緩やかな坂を登る。
今、生徒玄関の前であいさつ運動をしているらしいが、遠巻きに見たところ、ミカサちゃんがいるようには見えない。
どうやらこの件で早く学校に来たわけではないらしい。
もっと別の仕事があるのだろうか。
そんなことを考えながら生徒玄関に入り、一応生徒会役員の生徒たちに挨拶をした後、自分の教室へと向かった。
余談だが、同級生や下級生の生徒たちとこうしてかしこまって挨拶をすることは、なんともむず痒いものだ。
それでも挨拶はきちんとしなくてはならないのだが……。
ちなみに今日の時間割は理科、英語、社会、国語、総合、総合の六時間授業。
プラス、昼休みの会議だ。
ミカサちゃんと会うとしたら昼休みの会議と五、六時間目の総合。
総合は今、全学年で取り組んでいることがあるためその関係で会う可能性がある、
まあ、まずは午前中の授業をがんばらなくては。
そう心でつぶやき、一時間目の授業に臨んだ。
『ごちそうさまでした』
給食が終わり、昼休みに入る。
会議が始まるのは昼休み開始10分後から。
まだ時間に余裕があるとはいえ、前回遅刻してミカサちゃんに怒られたという出来事がある以上、心が自然と焦る。
気づけば、会議室に向け、足を運んでいた。
「失礼しまーす」
数分もかからないうちに会議室につき、部屋を見渡すが、まだだれも来ていない。
そう思いきや、死角となるところに一人の生徒がいた。
いや、生徒会長がいたといたほうが正しいだろう。
「こんにちは、ミカサ先輩」
学校ではこう呼べ、前回そう言われていたのを思い出す。
「ああ、こんにちはユメ。早いな。感心だ」
そう褒められ、やはりうれしくなる。
それでもここでは生徒と生徒会長。
お嫁さんと旦那さんをここで出してはいけないのだ。
「そうだ、ユメ、このプリントを席に配っておいてくれないか」
そう言って更紙のプリントを片手で僕に差し出す。
手元には驚くほどたくさんの資料があった。
「わかりました」
そう言ってプリントを受け取り、コの字型に置かれた長机のいつも皆が座る位置へとプリントを置いていく。
残り数枚となったところで、ほかの生徒会役員が会議室になだれ込んできた。
その中の一人がこうこぼす。
「あちー」
その声を聞いたミカサちゃんは瞬時にエアコンのスイッチのところまで歩み寄り、即座にONにした。
こういう気づかいができるところも好きだ。
そしてそれに気づいた一人が窓を閉めていく。
いつしか僕のプリントも配り終え、会議室は冷涼な空気で満たされた。
「立腰、これから総合的な学習の時間に関する話し合いを始めます。礼」
『おねがいします』
この会を仕切るのはもちろんミカサちゃん。
ああやってきりっとした顔で会議を進めているが、その唇で今朝僕と……。
そう思うと優越感が半端じゃない。
ぼくが一番端っこの席でそんなことを考えている間に会議はどんどん進み。
ほとんど話を聞かないまま、会議は終わった。
ただ、話を聞いていなかっただけで、頭に入っていないわけではない。
忘れそうになるが、僕は一応学年一位の成績なのだ。
頭で別のことを考えて人の話を理解するなどたやすいこと。
要は今日の五、六時間目の授業は一、二年が合同、三年が別。とのこと。
まあ、少し残念ではあるが、家に帰れば、これでもかとミカサちゃんを見れるからよしとしよう。
そんなことをしている間に、いつの間にか全員退出し、残るは僕とミカサちゃんだけになっていた。
やはり、始めのほうにもあった大量の書類を一人で運ぼうとしている。
しかも片足で。
いくらなんでも無理があるだろう。
僕はミカサちゃんのだんなさんだ。
ここが学校であれど少しは頼ってほしい。
その思いを胸にミカサちゃんのもとへと駆け寄る。
「少し持ちますよ」
そう声をかけ、また前回のような
「ああ、助かる。生徒会室までもっていかなくてはいけなくてな、半分だけ持ってくれないか」
そう返し、僕に半分分けてくれた。
仕事を頼まれたのがこんなにもうれしいなんて。
夫婦とは、苦労も二等分しなければならないのである。
「ふ~、ただいま~」
玄関に倒れこむようにして帰宅を果たす。
今日は部活があったため、帰りが遅くなってしまった。
僕の声が聞こえたのか、ミカサちゃんがリビングからケンケンで出て来、僕にこう告げた。
「大事な話がある」
顔が真面目だったのでただごとではない、そう悟った。
しかし、大事な話とは何だろうか。
もしかして僕に対する不平不満とか。
心当たりはない。それでも少し冷や汗をかきながら、ミカサちゃんとともにリビングへと向かった。
二人、リビングのテーブルの向かいに座り、心拍数はみるみる上がっていく。
僕の額には、先ほど部活で流してきた汗とは違う、変な汗が流れていた。
「ユメくん、水曜日から修学旅行だと言っただろう?」
ん? 修学旅行?
「まあ、はい。そうですけど……」
一応の返事はするが、話の筋道がわからない。
「結論から言おう。……私も修学旅行に付いてくことになった」
「……え?」
おかしい。僕は2年、ミカサちゃんは3年、明らかに修学旅行に一緒に行くことは無理だ。
なのになぜ。
そこまで考え、朝のやりとりが思い返される。
(生徒会長の特権だよ……)
この言葉が何度も脳内で繰り返された。
もしかすると……。
「まあ、いきなりこんなこと言われたら驚くだろう。でも私は考えた。2年生の修学旅行は2泊3日、つまり水曜日に出発して帰ってくるのは金曜日。その間、私はユメくんがいないという寂しさに耐えられるだろうかと」
思わず吹き出して笑いそうになるのを必死にこらえ、ミカサちゃんの話を聞いた。
「そこで、生徒会長の立場を使って先生方に頼み込んだのだ。そしたら、その日休みの生徒が一人いるということも相まって、なんと行けることになった」
少し誇らしげに言うミカサちゃん。
案の定だった。
まさか僕と三日間離れるのは寂しいから先生たちに頼み込んで自分も修学旅行に付いていくとは。
先生たちのミカサちゃんへの信頼が計り知れない。
こんなぶっ飛んだお願いでも聞き入れてもらえるほどに、普段から頑張っているのだろう。
それにしても口実はどうしたのだろうか。
「ミカサちゃん、それって、どういった口実を使ったんですか」
「その地域の方々に迷惑がかからないようにとか適当なことを言ってしまえば私の人望で信じてもらえた」
なんという厚い信頼。
普通の人がそれを言っても話も聞いてくれやしないだろう。
これもミカサちゃんの普段のがんばりがあってのこと。
「わかりました。じゃあ、一緒に行きましょうか修学旅行」
そういった瞬間、顔に出やすい性格のミカサちゃんの顔がみるみる明るくなっていく。
よほどうれしかったのだろうか。
それからの日々は早かった。
あっという間に火曜日が過ぎ、病院に行ってミカサちゃんの怪我が完治したことが告げられる。
これで水曜日の修学旅行には問題なく行ける。
これだけが気がかりだったため、心配事が一つなくなり安堵した。
そして当日の朝。
「ユメくんっ、起きろ。今日は修学旅行だぞ」
いつにもまして陽気な声でそう呼び掛けられる。
どれだけ修学旅行が楽しみだったというのか。
また僕より先に起きているし。
「おはようございます、ミカサちゃん」
今日から三日間、夫婦になって初めての旅行。
目いっぱい楽しんでやろう。
そう心の底から思い、ミカサちゃんに微笑みかけた。
「もうすぐ出発です。目いっぱい、楽しみましょうね」
「そうだなっ」
そう笑顔で言い、二人最終確認へと入った。
行先は関西方面。
USJ、金閣寺、伏見稲荷。
夫婦初めての旅行。
わくわくといちゃいちゃの連鎖が今、始まる。
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