第11話 ある日お嫁さんは早起きをして
「僕、水曜日から修学旅行だ」
「…………え」
病院のロビーで唐突にそのことを思い出す。
最近、ミカサちゃんと結婚したりと、刺激的なことが多すぎたためかそのことをすっかり忘れていた。
「聞いてないぞユメくん」
「すみません、どうしましょう……」
ミカサちゃんは少し考えているようなしぐさを見せたが、すぐに何か閃いたようにして少し笑って見せた。
なんだろう、この少し嫌な予感は。
「ミカサちゃん、何か企んでますか?」
「うーん……ないしょだ」
ほほ笑みながらそう言う。
それとほぼ同時に僕たちが呼ばれた。
「銀杏様―」
そういえば僕たちは病院で診察券の返却を待っている状態だった。
すでに松葉づえを持っているミカサちゃんを一旦ロビーで待たせ、僕だけで受付に出向いた。
「火曜日にもう一度ここに来てくださいだそうです」
「おお、分かった。ユメくんが修学旅行に行くまでには完治させて見せるからな」
「……無理は、しないでくださいね」
そう心配の一言を入れ、ミカサちゃんに手を差し伸べる。
とてもやわらかく小さな手が僕の手のひらに乗り、それを握り返した。
少し勢いをつけ、ミカサちゃんを引っ張り上げる。
「帰りは一人で歩けますか?」
「ああ、大丈夫だ。家も近いしな」
「わかりました。では、帰りましょうか」
そう会話を交わし、二人、同じ帰路へ着いた。
「「ただいまー」」
そう家に呼びかけ足を踏み入れる。
あまり時間はかからなかったため、まだ昼の12時。
そろそろお昼ごはんの時間だ。
グ~~~~
横で低い音が鳴り響き、思わず振り向く。
そこにはお腹をすかせ、頬を赤らめた可愛らしい一人の美少女が立っていた。
この距離といえど松葉づえをついて歩いて来たのだ。
五体満足の僕よりか、はるかに疲れたことだろう。
「お昼ご飯にしましょうか」
「お、おうそうしてくれ……」
とだけ言うとそそくさとリビングのほうに退散していった。
よほど恥ずかしかったのだろうか。
そこもまた可愛い。
普段は隙のない生徒会長のお腹の音。
聞くことができるのはおそらくこの世で一人だけだろう。
ミカサちゃんのだんなさんという役職を与えられたこの僕だけしか。
今日からしばらくの家事は僕が全て担わなければならない。
さすがに怪我しているお嫁さんに家事を任せるほど心は鬼ではないからな。
まずは手始めに昼ご飯を作るか。
そう心でつぶやき、ミカサちゃんと同じく、まずはリビングへ向かった。
昼ご飯を食べながらミカサちゃんに問いかける。
前からずっと不思議に思っていた疑問。
「そういえば、僕たちの生活費ってどこから出てるんですか?」
その問いに少しの間箸を休め、向かいにいる僕を見つめ話し始めた。
「そうか、ユメくんには話していなかったな。これが政策の一環で、正式にはうちの父から頼まれている状況ということは知っているだろう?」
たしかにそうだ。
まあ、『頼まれた結婚』であれど、僕がミカサちゃんを愛していることに何ら変わりはないのだが。
それはミカサちゃんも同じく。
「はい、知ってますけど……」
「それで、私たちはまだ未成年だ。『未成年結婚法』が確立されていない限り、私たち中学生がお金を稼げるという場はほとんど皆無。そこで、私たちの生活費は、毎月少し多めに父から渡されているんだ」
なるほど道理で少し浪費しても大丈夫なわけだ。
でも、送られてくる生活費にも限りはあるはずだ。
なるべく節約しなくては。
「じゃあ、ひとまずは安心ですね」
「ああ、そうだな」
そんな他愛のない会話をし、また食事に戻った。
特に何もなく次の日、月曜の朝。
「……」
目覚まし時計が鳴る前に起きてしまった。
こういうときのなんだか損した気分はなんなのだろう。
しかし、何かがおかしい。
なんだかいつもと部屋の雰囲気が違うような。
この後、僕はその原因をすぐに知ることになる。
まだつむっている開きにくい目をゆっくりと開け、一度時計を確認した。
午前2時とか変な時間に起きてしまっていないか確認するためだ。
AM5:52
普段なら6時きっかりに起きるため、今起きたとしてもなんら問題はない。
しかしあと5分ほど。
寝てしまおうか。
どうせ目覚まし時計で起きるのだ。
しかし、そんな安直な考えはすぐに異なるものへと変化した。
もう一度寝ようと、うす目を開けたまま上を向いた瞬間。
「おはよう、ユメくん」
一瞬幽霊かと思った。
しかし、こんなにかわいい幽霊がいるはずない。
そこにいたのは、ベッドの横に立ち、僕を上から覗き見るミカサちゃんだった。
「うわっ」
あまりの突然の出来事に思わず寝起きでがらがらの悲鳴を上げる。
「いつからいたんですか……」
「うーん、ユメくんが起きて時計を確認する5分前くらいからかな」
意外とついさっき来たようだ。
しかし、なぜこんな時間にミカサちゃんが起きているのだろう。
いつもなら6時15分頃に僕が起こしに行くまで起きないはずなのに。
「それにしても、なんでこんなに早くミカサちゃんが起きてるんですか?」
「寝起きを襲ってやろうと思ってな」
不意打ちの回答にむせそうになる。
「冗談だ、ほんとは学校に早くいく用事があってだな」
なるほど、生徒会の仕事だろうか。
「生徒会の仕事ですか?」
僕がそう問うと、少し考えたような様子で。
「まあ、そんなところだ」
と答えた。
どうも引っかかる。
昨日、僕が修学旅行に行くといってからどこか様子がおかしい。
別に怒っている雰囲気などはなく、何か企んでいるような、そんな雰囲気が漂っていた。
まあ、僕が気にしてもしょうがないだろう。
まさか修学旅行を中止するわけではないだろうし。
「何時に家を出るんですか?」
「服を見ればわかるだろう。あと20分ほどで出発する」
そういわれて視線をやや下に落とすと、既にミカサちゃんは制服を身にまとっていることが分かった。
しかし、一つ疑問が残る。
学校が開くのは7時。
今から20分後に出発したとしても学校につくのは6時25分。
いくらなんでも早すぎる。
まあ、先生方は数名来ているだろうが。その旨をミカサちゃんに伝える。
「でもそれはいくらなんでも早すぎませんか? 生徒は恐らく入れてもらえませんよ」
そう言うと、ミカサちゃんは少し嘲笑うかのような仕草をとり、こう教えてくれた。
「私は生徒会長だ。その特権で少しだけ早く学校内に入れるんだ。とはいっても30分ほど早く入れるというだけだがな」
なるほど、生徒会長にはそんな特権もあったのか。
まあ、多忙な生徒会長にとってはこれが当たり前なのだろうが。
「ただ、もちろんユメくんは一緒に入れないからいつもの時間で構わない。あ、朝ごはんは私が作っておいた。しっかり食べるんだぞ」
驚愕した。
あんなに朝が苦手なミカサちゃんが僕より早く起きて、さらに朝ごはんまで作ってくれているなんて。
ケガもしているはずなのに。
そういえば近くに松葉づえが見当たらなかったな。もう治ったりでもしたのだろうか。
流石生徒会長。
去り際、ミカサちゃんはこう僕に告げた。
「夜ご飯はユメくんが作ってくれ。うれしい知らせを届けてやる」
そう意味深な言葉を。
やはり、まだ足は完治していないのか片足立ちで僕の部屋を去っていった。
あの状態でも学校に早く登校するのか。
これはもう一種の職業病だ。
感心を通り越してここまでくると尊敬だな。
ただ一つ、気がかりなことがあるとすれば、学校でのミカサちゃんの態度が以前より少しでも丸くなってくれていればということだけだった。
この前の金曜日のことはある意味トラウマだからな。
二度とあんなに厳しいミカサちゃんは見たくない。
あのあと本人も気を付けると言っていたことだし、大丈夫ではあろうが。
もう二度寝をする気がすっかり失せた僕は再び寝転がることはなく、上半身を起こし、ベッドから床に足をつけた。
夏で日が長いためかもう外は明るくなっている。
時計は6時ぴったり。
寝起き一番始めに見るものがお嫁さんの制服姿とは。
そんな幸せを抱えながら僕はお嫁さんの作ってくれた朝ごはんへと急いだ。
「それじゃあ、行ってくる」
そう言って玄関へ向かおうとしたお嫁さんがいっこうに動かない。
僕は朝ごはんをちょうど食べ終え、時刻は6時15分。
ミカサちゃんはもう出発しないといけないのだが、ずっとこちらを見たままリビングのドア付近で立ち止まっていた。
「?」
不思議に思っていると、ミカサちゃんがついに口を開いた。
「どうしたユメくん。いってらっしゃいのキスくらいしたらどうだ。お互いファーストキスはしたことだし……」
おもわず吹き出しそうになる。
なるほど、わざわざそのためにそこに立っていたのか。
ただ、そのお願いは聞きあぐねる。
まあ、してやらないこともないんだが。
キッチンにいた僕はミカサちゃんの顔を見つめ、また、あの唇に触れるのかと考えた。
少しミカサちゃんの顔が赤くなってきたところでこう問う。
「いいんですか? 僕まだ歯磨きしてないですよ?」
「そんなことはどうでもいい。私は今日一日をがんばる活力がほしいのだ」
なんという可愛さだろう。
たしかに、僕もお嫁さんからキスをされたらなんでもできるだろう。
それと同じだろうか。
「は、早くしてくれ。そんな気構える必要はないぞ。お互い二回目なんだから」
その言葉に後押しを受け、キッチンからミカサちゃんの近くまで歩み寄った。
ミカサちゃんが少しあとずさりをする。
近づきすぎただろうか。
少し顔を見つめる。
やはり何度見てもかわいい。
ピンク色をした潤った唇、そこに僕の唇を押し当てた。
「何を見てるんだ、するならとっとと……っ」
…………。
「…………っはぁ」
「いってらっしゃい、ミカサちゃん」
「いつもきゅ、急なんだよ、/ / /……」
そう捨て台詞を吐き、顔を赤らめ、猛スピードで玄関へと向かっていった。
その後ろ姿を見つめ、僕はただひたすらに。
かわいいな。
そう思うのだった。
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