第10話 ある日お嫁さんを着替えさせて

「「ごちそうさま」でした」

 手を合わせ、二人そう言う。

「じゃあ、ミカサちゃん、僕は皿を洗ってくるので、その間に着替えておいてください。もうすぐ出発しますからね」

 とだけミカサちゃんに伝え、僕は二人分のお皿を持ち、階段を降りて行った。

 このとき、これだけしか伝えず、すぐさまミカサちゃんを一人にした自分を、僕はめたたえてあげたい。


 昨日の夜サボった分も洗い、まとめて乾燥機に並べる。

 ふたをしめ、スイッチを押した。

 乾燥機が音を立てて、水分を飛ばし始める。

 もう着替え終わっただろう。

 そう思い込み、僕はゆっくりとミカサちゃんの部屋に戻った。


「ミカサちゃーん、着替え終わりましたか」

 部屋の外からそう問うと、思わぬ答えが返ってきた。

「それなんだがな、一度部屋に入ってきてほしい。結論から言うとまだ着替えは終わっていない」

 これだけ時間があってなぜ着替えが終わっていないのだろう。

 そんな普通の疑問を持ちながら、ミカサちゃんの部屋のドアを開けると、そこにはこの疑問が当たり前に思えるような光景が広がっていた。

「おお、すまんな、着替えておけと言われたのだが、このケガのせいで立つことができなくてな」

 当たり前だ。

 ケガしている人に一人で着替えておけなど無理な話だ。


「そこでなんだが、…………着替えさせてくれないか」

「……え?」

「だから、足が動かせないから着替えをタンスから取るついでに着替えさせてくれと言っているんだ」

 ちょっと待ってくれ。

 着替えさせるだと。ミカサちゃんを、僕が!?

「えーと、服だけですよね?」

「あとズボンもな。さすがに下着は無理だが。朝は下着着替えないから大丈夫だ」

 嘘だろ、きのうキスしたばかりだぞ。その次の日に早速お嫁さんの服を着替えさせろというのか。

 さすがに恥ずかしい。しかし、このチャンスを無駄にしたくない。

 そしてミカサちゃんに僕が選んだ服を着てほしい。

 僕は決意をし、タンスに目をやる。


「ほんとは一人で着替えられるのだがな」ボソッ


「ん? 何か言いましたかミカサちゃん」

「いや、なんでもない。それより早く服を選んでくれ」

 そう急かされ急いでタンスに駆け寄る。

 ここで重大な問題に気づく。


 僕は今から女の子のタンスを開けようとしているのか。


 これを普通の人が行えば紛れもなく犯罪だ。

 しかし、今これをしようとしているのは本人のだんなさんなのだ。

 何ら問題はない(はず)。

 ゆっくりと上から一段目のタンスを開ける。

 中をのぞき、一瞬で勢いよく閉めた。

 理由は言わずもがな。

 ミカサちゃんの下着が乱雑に入っていたからだ。

 そういえばこの人片付け苦手な人だった。

「何してるんだユメ君。服とズボンは上から三段目だぞ。まあ、そこ意外にも入ってるかもしれないが」

「分かりました」

 危ない、その情報を聞かなければあと一回この失態をおかすところだった。

 上から三段目を、安全と分かっていながらも中をうかがうように引き出す。

 案の定整理整頓はされていなかったが、お目当ての服とズボンが見つかった。

 悩みどころはここ。

 今日一日お嫁さんが着る服が決まるのだ。

 慎重に、なるべく早く服を選んでいった。


「決まったか、ユメ君。早くしてくれ」

「はい、決まりましたよ」

 決まった一組の着替えをもってミカサちゃんの元へ歩み寄る。


〈ここからは音声のみでお楽しみください〉


「本当に着替えさせるんですか」

「当たり前だろう、私は怪我人けがにんだぞ」

「……わかりました。じゃあまず手を上げてください」

「こ、こうか……」


 スルスル


「あ、あんまり見ないでくれ……///」

「分かりました……」


 シュッ


「上は終わりました。手、下ろしていいですよ」

「お、おう」

「じゃあ次、下を着替えさせます……。いいですか」


「…………」


「…………」


「…………やっぱ無理――っ!」


 僕がズボンに手を掛けた瞬間、耐えきれなかったのか、ミカサちゃんが声を上げた。

「ど、どうしたんですか」

 突然の出来事に動揺する。

「さ、さすがにまだ下は無理だ。自分で着替える」

「え、でも一人で着替えられないから僕に頼んでるんじゃ……」

「……あれは嘘だ」

「なんでそんなウソを……」

「キスまでしたからできると思ったんだもん」

 ミカサちゃんの言葉に驚愕きょうがくする。

 どうしてくれよう。この複雑な気持ちを。

 それから僕は部屋を追い出され、しばらくの後、とてつもなく可愛いお嫁さんが片足立ちで出てくるまで待たされた。


「すまんな。無茶ばっかり言って」

「いいんですよ。それも含め楽しいですから」

 ミカサちゃんの頬が紅潮こうちょうする。

「はあ……。じゃあ、行くか。」

 もちろん今から病院には行く。

 しかし、病院に行くためだけにこんなにおしゃれさせる必要があっただろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 問題はミカサちゃんが『かわいいか』なのだから。

「いきましょうか。大丈夫ですよ、そんなに怖いことはしませんから」

「こ、子ども扱いするんじゃないっ」

 そう反論するミカサちゃんを一旦お姫様抱っこで一回まで下ろしたのち、諸々もろもろの準備をして病院へと向かった。


「ところでユメ君。私を玄関先まで連れてきたのは良いが、ここからどうやって病院まで行くんだ?」

 その問に答えるようにして僕はミカサちゃんの前に無言で屈む。

 まるでここに乗ってくださいと言わんばかりに。

「ま、まさかおんぶして行こうとしているのか?!」

「そうですけど」

 僕は何気なく返事をする。

 まあ、病院は目と鼻の先。

 七月のこの炎天下の中であれど、おんぶならそこまで負担にはならないだろう。


「私、遅いが一応歩けるぞ」

「ダメです。ケガしたお嫁さんを歩かせるなんて僕のモラルに反します」

「/ / / / /……」

 恥ずかしがっている姿もいつものようにかわいい。

 外で見るお嫁さんの顔もいいものだな。


「同級生に会わないことを祈っておいてください。すぐ着きますから」

 そうさとすと、しぶしぶ僕の背中にまたがった。

 足首に目をやると、事後直後ほどではないが、それでも大きく腫れている。

 早急に病院で診察してほしい。

 その思いを胸に。

 僕は一歩を踏み出した。


 もうすぐで病院に着く。

 しかし。

 完全に舐めていた。

 夏の日差しを。

「ミカサちゃん、暑くないですか」

「まあ、だんなさまよりかはマシだと思うが暑いぞ」

 こうやって僕への気遣いも怠らない。

 流石僕のお嫁さん。

 と、こんなことを考えている暇はない。

 あと入り口まで数十メートルなのだが暑すぎる。

 腕の疲れも限界に達し、あの事故直後のことを思い出しそうだ。

 幸い病院の近くに人影はなく、誰にも気づかれずに入れそうだ。

 あと少し。

 お嫁さんを心配する気持ちが一段と強くなり、力強くまた一歩病院に近づいた。


 自動ドアが開き、中からの涼しい空気が二人の体を吹き上げた。

 それと同時に病院特有の消毒液? の匂いが漂ってくる。

「ふうー」

 そう安堵のため息を漏らしミカサちゃんをゆっくり下ろす。

「僕受付してきますので、ミカサちゃんはロビーに座っておいてください」

「おう、お疲れだった。お願いする」



「受付終わりました。もうすぐ呼ばれるはずです」

「なにからなにまでありがとな。頼りになるだんな様」

 この言葉に一気に癒される。

 先ほどまでの疲れが嘘のようだ。

銀杏いちょう様―」

 早速お呼びがかかった。

 診察室まで二人で出向き、扉の前に立つ。

 これで重症でなければよいのだが。

 その希望を抱え、二人、診察室のドアをくぐった。



 20分後。

 結果は、軽い捻挫ねんざだった。

 水曜日にはもう完全に復活するとのこと。

 それにしてもあの高さから落ちて『軽い捻挫』とは。

 それだけ僕のお嫁さんは頑丈なのだろう。

 奇跡だったのかもしれない。

 そんなことを考えながらロビーでミカサちゃんと呼び出されるまでの間話す。

「水曜日には完全復活できるそうですよ」

「ああ、よかった」

 そしてそこまで考えが及んだところで、ある重大なことに気づいた。


 水曜日。


 二年生。


 行事。


「あっ」

「ん? どうしたんだユメ君」


「僕、水曜日から修学旅行だ」


「…………え」

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