第8話 ある日お嫁さんにキスを要求されて
怪我をしたお嫁さんをお姫様抱っこしながら階段を上り始めて約半分。
ミカサちゃんは怖いのか目をつむっている。
あと半分なのだが、僕の貧弱な腕は、もうすでに限界に達している。
それでも足を止めてはいけない。
そしてミカサちゃんが口を開く。
「旦那様、私、重くないか……」
そういうところを気にするあたりやっぱり女の子なんだな。
ここはすぐに答えなくては。
「大丈夫です。ミカサちゃんは羽のように軽いですから」
「そうか、そう言ってくれるとありがたい」
そして少し照れたように顔を赤く染めた。
そう言ってまた一段階段を上る。
そこで、一瞬死んだと思った。
足を踏み外したのだ。
「きゃっ」
お嫁さんがさらに強く僕を握りしめる。
その効果もあってか、なんとか踏ん張ることができ、幸い大事には至らなかった。
「ふう……」
「大丈夫だったかユメ君、ごめんな、私が不注意だったせいで……」
そう言って少し落ち込むミカサちゃん。
そんなことはないだろう。
お嫁さんのケガは旦那さんの責任だ。
「そんなに気負う必要は無いですよ。幸い足の骨は折れていなかったですから。ミカサちゃんは強いです」
「そ、そんなこと言われると照れるじゃないか……///」
こんな状況下であろうと照れているお嫁さんはかわいい。
その姿にパワーを貰い、また一歩、段を上がった。
ーーーーー
やっとの思いで階段を上りきる。
「はあ、はあ」
腕には乳酸が溜まりまくっていた。
「あとちょっとですからね」
「すまんな……重かっただろう?」
「いいえ、ミカサちゃんは羽のように軽かったですよ」
そう言うとまた、微笑みかけてくれた。
自分はこの笑顔のために生きているんだ。
そう言っても過言ではないだろう。
ミカサちゃんの足首を見ると、まだ痛みが引いている様子はない。
氷嚢のせいでびしょびしょになっており、早く拭いてあげたかった。
少し階段前で休憩したのち、ミカサちゃんの部屋へと歩き出した。
数歩で着く距離。
ドアノブに手を掛けて押す。
ミカサちゃんの部屋は予想を裏切り、驚くほど掃除してあった。
パジャマの一つや二つ転がっていると思ったのだが。
もしかして僕が部活に行っている間に掃除までしてくれたのだろうか。
あのミカサちゃんが。
掃除をしているミカサちゃんを想像し、その姿にグッとくる。
ベッドまであと数歩。
もちろん、腕はとうに限界を超えている。
一歩、一歩とベッドに近づき、ようやくベッドの前まで着いた。
「下ろしますよ」
「ああ」
そう呼応したのち、ゆっくりと丁寧に、卵を扱うようにしてベッドに横たわらせた。
ーーーーー
指でつかんでいた氷嚢を再び足に乗せる。
「ユメ君、ありがとう」
「夫婦なんですから当然ですよ」
自分で言って自分で恥ずかしくなった。
兎にも角にも、一安心というところだろう。
「とりあえずはここで安静にしといてください。あ、あと部屋片づけたんですね、えらいです」
そう言ってミカサちゃんの頭をなでる。
「こ、子ども扱いするんじゃない」
そう言いながらもどんどん顔が赤くなる。
僕も同じく顔が赤くなっていたことだろう。
僕が部活に行っている間に皿洗い、洗濯、風呂掃除、部屋掃除ましてくれているなんて。
こういう家庭的な一面も好きだ。
夜の家事は僕がやろう。
そしていっぱいミカサちゃんをいたわってあげよう。
そう心に決め、昼ご飯の準備をするため一階に下りた。
「ミカサちゃん、何か困ったことがあったらすぐ呼んでくださいね。僕お昼ご飯作ってきます。何がいいですか?」
アイデアがないため、お嫁さんに訊く。
しかも今日は怪我人だ。
なんでも作ってあげよう、そう心構えをしていた。
「じゃあ、チャーハンが食べたい……」
「分かりました、チャーハンですね。10分で作ってくるので待っていてください」
そう言い、急いでミカサちゃんの部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
なんでも作ってあげるというのに、あえてチャーハンという簡単なものを選んでくれる。
なんと優しいのだろう。
僕のお嫁さんは。
ただ、安静にする間暇ではないだろうか。
ご飯を持っていくとき一緒に暇つぶしできるものも持っていこう。
そんなことを考えながらエプロンをつけ、キッチンに立った。
約束の10分まであと4分。すでにチャーハンは出来上がっていた。
自分でも驚くほどにおいしそうにでき、愛する人を想いながら料理するとやはり違うのだなと感じた。
そう思った。
二人分のチャーハンをお盆にのせ、スプーン、コップ、飲み物の順にさらにお盆に乗せる。
階段に差し掛かり、少し慎重になる。
よくよく考えてみるとこの家の階段には手すりがない。
これもミカサちゃんが落下してしまった一つの原因といえるだろう。
「手すりつけなくちゃ……」
そう独り言を呟き、階段へ一歩を踏み入れた。
「ミカサちゃーん、ごはんできましたよ」
「おう、ありがとう。ユメ君もここで食べるのか?」
もちろんそうだ。
ケガしているお嫁さんをなるべく一人にさせたくない。
それに本音としてはミカサちゃんがおいしそうに食べるその顔が見たい。
本人は気づいていないようだが、ミカサちゃんがご飯を食べるときの顔は料理の疲れを一気に吹き飛ばしてくれるほどの幸福そうな顔だ。
これはだれでも惚れ直してしまうだろう。
「はい、僕もここで食べるつもりです。ミカサちゃんを一人にさせたくないので」
「おお、分かった」
そう言ってミカサちゃんの分をお盆のままベッドの上に置く。
「食べづらいですか?」
「いや、大丈夫だ」
その中から僕の分だけを取り出し、ベッドの隣にある机の上に置く。
「じゃあ「いただきます」」
そう合わせ、二人、昼ご飯を食べ始めた。
ーーーーー
昼ご飯を食べ始めてから数分経ったときのこと。
「あ、そういえばミカサちゃん、明日一応病院行きましょうね」
そう言葉を放った後、ミカサちゃんの顔に汗が吹き出るのを確認した。
極端に口数が少なくなる。
そして極めつけの。
「まあ、病院に行くほどでもないじゃないか。ほら、もうそんなに痛くないし……」
これは確定したな、僕のお嫁さんは『病院嫌い』だと。
「だめですっ。心配ですから意地でも連れて行きます」
「だ、だが、病院までどうやって行くんだ。車は運転できないし、自転車もないし」
まあ、それはたしかに心配だ。
しかし、病院までそこまで距離は無い。
歩いて5分かかるかかからないかくらいの距離だ。
おんぶでもして運べばなんてことないだろう。
「それはその時考えます」
今はとりあえずこう答えておこう。
「なにより、ミカサちゃんの身に何かあったらと思うと気が気ではないんです。だからなんとしてでも連れて行きます」
そう意を表すると、ミカサちゃんは頬を膨らませ、あからさまに機嫌を悪そうにする。
「しょうがない、病院には行ってあげよう。その代わり、今日一日私の言う事をなんでも聞いてくれ」
なんであちらが折れた感じになっているのだろう。まあいいが。
「はあ、分かりました」
そう承諾すると、顔が一気に明るくなり、機嫌を取り戻してくれたことがあからさまにわかった。
さては僕のお嫁さんは顔に出やすいタイプだな。
しかし、どんなお願いをされるのだろう。
きついお願いじゃないといいが。
いや、ミカサちゃんに限ってそれはないか。
そんなことを心でつぶやきながら昼ご飯を食べ進めた。
ーーーーー
「「ごちそうさま」でした」
二人、そう言い僕が片付けに下に向かう。
「早く戻って来いよ」
そうお嫁さんにせかされ急いでキッチンへと降りる。
「明日は日曜か……まあいいか」
今日ばかりは妥協しよう。
ミカサちゃんのもとへなるべく早く戻るため二人分のお皿をシンクに放置することにした。
明日の朝にでも洗おう。
そう考えたのだ。
そして何より早くお嫁さんのもとへ戻らなくては。
僕は急いで階段を駆け上がった。
「失礼します」
そう一言入れ、部屋に踏み込む。
「おう、早かったな」
「皿洗いは明日まとめてすることにしましたからね」
「そうか、まあ座ってくれ」
そうミカサちゃんに促され、さきほど座っていた部屋の真ん中にある四角形の机の一辺に腰を下ろした。
「それで、お願いって何ですか。ミカサちゃん」
そう僕が問うと、少し恥ずかし気にしている雰囲気がこちらに伝わってくる。
横を見るとまだ何も言っていないのに頬を少し紅潮させているミカサちゃんがいた。
「その、非常に恥ずかしいお願いなのだがな、……その……」
「? なんですか」
これはどんなすごいお願いが来るのか少し期待するる。
堂々としているミカサちゃんがここまで恥ずかしがるお願いとは。
「単刀直入に言う。私に、その、あの……私に、『すき』……と言ってくれないか」
そう言い切った瞬間ミカサちゃんが両手で顔を隠した。
まさかこんな言葉がミカサちゃんの口から出るとは。
一生聞けないものだと思っていた。
たしかに思い返してみれば、僕がミカサちゃんに直接『すき』と伝えたことはない。
「分かりました。まあいいですよ、それとせっかくなので顔を見て言いたいです、手をどかして僕の目を見てください」
少しいじわるを言ってみる。
それでも今なら聞いてくれそうだ。
「分かった……」
まさか言うとおりにしてくれるとは。
ミカサちゃんはゆっくりと顔から手をどかし、その羞恥に満ちた顔を上げた。
それからゆっくりと僕に目を合わせていく。
鼓動が高鳴り、僕の顔も赤く染まっていく。
息を飲むとはこのことを言うのか。
キュービックジルコニアのように輝いたピンク色にも見える瞳。
シルクのように美しい肌。
整ったパーツ。
熟れた桃のようにピンク色の唇。
いまさらながら考える。この可愛すぎる顔を見つめながら『すき』というのか、と。
正面を見つめると、お嫁さんが今か今かと待ちわびている。
この少し不安そうな、恥ずかし気な顔も好きだ。
普段はパーフェクトに振舞いながらも本当は片付けが苦手だったりするところも好きだ。
誰かが止めなければ限界までやってしまう所も好きだ。
がんばりやなところも好きだ。
とにかく、ミカサちゃんの全てが好きだ。
愛してる。
「ミカサちゃん、好きです。愛しています」
ついに言った。
なんだこの毛恥ずかしさは。
こんなにかわいい少女に好きだ、愛してるなど言ってもいいのだろうか。
いや、いいのだろうな。
なんてったって、僕たちは夫婦なのだから。
僕が言い終えたと同時にミカサちゃんの顔がこれまでにないほどに紅く染まり始めた。
「ユメ君、私は『好き』と言えといったはずだぞ。あ、『愛してる』まで言えとは言っていないっ」
「あはは、すみません。ミカサちゃんがあまりに可愛すぎたので思わず口から出てしまいました」
「……まあ、悪い気はしなかったがな……」
そう返ってきて、またも二人、顔を耳まで紅く染める。
ーーーーー
しばらくの沈黙の後、ミカサちゃんが口を開いた。
「じゃあ、早速次のお願いだ。まだ
そう言ったお嫁さんの顔はまだ真っ赤だった。
「はいはい、次は何ですか」
僕は高をくくっていた。
愛してるとまで言ったのだ。これ以上強烈なお願いはないだろうと。
「じゃあ、言うぞ。次のお願いは……」
しかし、まだあった。これ以上にすごいお願いが。
「私に………………キスをしてほしい…………」
「…………へ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます