第64話 ワイテンブルーな休日

※作者より

何故か、この話の後半部分がごっそり消えて無くなっていました。

気付いた時には呆然としてしまいましたが、私自身気に入っていた話なので、内容やフレーズを思い出しながら新たに書き直しました。

私にしては長めの話なので、時間のある時に、ゆっくりお読み頂ければ幸いです。

それでは、本編をどうぞ



第64.1話 ワイテンブルーな休日


明日の休みは特に出かける予定も入ってないから夜更かししてもいいけど、なんか疲れが溜まってる気がするから早めに寝るか…

なんて思いながら結局夜更かししてしまい、いつもよりも遅い時間に目が覚めた。


とは言え若い時とは違って、起きたらもう昼だった。なんてことはない。

大抵、空腹か尿意で目が覚めるw

のそのそベッドから這い出して、とりあえず用をたす。

そして眠気と空腹を天秤にかけて、二度寝に傾きかけたところで、朝食で食べようと思って昨日買ったイングリッシュマフィンを思い出した。


(起きるか…)

軽く顔を洗ってから、階段を降りて一階のリビングに行く。

カーテンを開けると、陽のひかりが差し込み部屋を明るくしてくれた。

(今日は天気良さそうだな…)

半分寝ぼけたままトースターのフタを開けて、イングリッシュマフィンを2つに割って入れる。

普段は食パンだけど、先週行ったキャンプで仲間がおすそ分けしてくれたマフィンがやたらと美味かったので、次の休日の朝に絶対食べてやろうと思っていたのだ。

プレーンでいいかなと思ったけど、なんとなくスライスチーズを乗せてみる。

トースターのタイマーをセットして、コーヒーを入れる。

ネスカフェゴールドブレンドがお気に入りだ。

粉末をカップに入れて熱湯を注ぐとコーヒーの良い香りが広がる。

マフィンが焼けるのを待つ間に、ビデオの電源を入れて録画リストを見る。

(さて、何を見ようか…)

リストの中から、ダンジョン飯を選んで再生スタート。

今期の中では、ダンジョン飯と怪獣8号がお気に入りだ。

いい年してアニメなんかと言われれば、まあその通りなんだけど、カリオストロの城やラピュタを見てもドキドキワクワクしなくなってしまった自分を想像すると、それはそれでなんだか淋しい気がする。


チーン。という音と共に焼き上がったイングリッシュマフィンを皿に移して

(あちちっ)

まずはひとくち。

カリッといい音がする外側が香ばしく、噛みしめると内側はむっちりとした食感が楽しい。

(これこれ!)

そして噛めば噛むほど小麦の素朴な味わいと香りが広がる、チーズの塩味えんみもいい感じだ。

うん、美味い。

美味い…けど、

キャンプで食べた時の美味しさには届かない、やはり外メシ効果は絶大だ。

おまけにあの時は、外メシってだけでも美味しさが通常の3倍なのに、久々に食べる事で2倍、作ってもらった上にベーコン入りで更に2倍の美味しさアップ効果が得られ、最終的に、え〜と?… 1,000万パワーを超える美味しさを叩き出していたと思われる。そりゃ美味い訳だ。


二枚目のイングリッシュマフィンを食べて、ダンジョン飯を見終わっても、嫁さんと子供が起きてくる気配はない。

続いてMotoGPを見始める。

今シーズンはバニャイアとマルティンの2強にルーキーのアコスタが割り込む速さを見せている。ドゥカティに移籍したマルケスも表彰台にのぼり復活の兆しを見せている、楽しくなりそうだ。

昨シーズンに続き、ドゥカティが上位を独占するんだろうか?

日本勢ではMoto2の小椋 藍に期待したいところだ。


レースを見終わり、二杯目のコーヒーを持って自分の部屋に戻る。

今日は出かける予定は無いけど、やりたい事がある。

それは、作りかけの革の小銭入れを完成させる事だ。

革屋さんでもらった二枚の革の端切れを縫い合わせて、カードと畳んだお札、小銭が入る財布を作っている。

趣味はレザークラフトです。なんて言うと格好良いけど、寸法をざっと測った革は切りっぱなし、縫い目の間隔はバラバラだし、縫い方も縫い終わりも適当、俺がやっているのはレザークラフトのマネごとだ。

でも楽しい。

やわらかな陽射しが差し込む部屋で、YouTubeでスタバのBGMを流しながらチクチク縫っていると、みんなが起き出す音が聞こえてくる。


ほどなく小銭入れが完成した。

それなりに満足の行く出来栄えに仕上がったから、嫁さんと子供に見せて自慢した。

ウザいオヤジである。


朝昼兼のマックが食べたいと言われ、時計を見ればすでに12時近い、集中していると時が経つのが早い。

掃除洗濯をしている嫁さんを残して、子供と一緒に買いに行く。役割分担だ。


ベーコンエッグバーガーにポテトLとアイスティーが俺の定番メニューだけど、今日はなんとなくエグチにしてみた。

朝昼続けてパンだけど特に気にはならない、家族みんなで美味しくいただく。


食休みもそこそこにまた自分の部屋に戻り、今度はソロ用のパップテントを引っ張り出す。

これまた先週のキャンプの時に、ペグを通すベルトがちぎれてしまったので、その補修と、ついでに他のベルトの補強をする為だ。

午前に続いて午後も針と糸でチクチク縫う。

午後のBGMは春ジャズにしてみる、まあ基本聴いていないから耳触りが良ければ何でもいいんだけど。


部屋の中に熱気がたまり始めたので窓を開けて風を入れる。

梅雨前の今時期は日によって暑かったり寒かったり、朝晩の寒暖差も激しい。

今日は晴天。外はきっと暑いくらいだろう。

開けた窓から、かなり強い風が吹き込んできて少し閉める。

外に目を向けると、あざやかな新緑の葉をもっさり付けた木々が風にわさわさと揺られていた。春の嵐というやつか。


丈夫なポリコットンと厚いベルトに苦戦して、何度か指に針を突き刺しながらも、一針一針丁寧に補修していく。

いい加減な補修をしてまた取れてしまっては元も子もない。

使う糸はレザークラフト用の蝋引ろうびき糸。ミシンで使う細い糸やボタン付け用の綿糸よりも丈夫だと思うんだけどどうだろうか?


針を刺して、糸を通す。

繰り返すうちにBGMの存在が消え、

無音の世界に入る。


ゆっくりとした時間が流れ、

指の痛みと目の疲れが限界に達し、背中と腰が凝り固まった頃に、補修作業が完了した。


(くぁ…疲れた)

ぐ〜っと伸びをすると肩甲骨けんこうこつがゴキゴキ音を立てた。

最後にもう一度、補修箇所を確認してからテントを片付け、大きめの座椅子ざいすにドサッと体を預けると、集中から開放された頭と体に、じわ〜っと心地よい感覚が広がって、ついで睡魔が襲ってきた。

あらがう理由もないので、ひと眠りするかと座椅子の背もたれを倒してクッションを枕代わりに横になって目を閉じると、そのまますうっと眠りに入った。

寝たい時に寝れるというのは最高の贅沢の一つだと思う。


(う〜ん…)

座椅子の寝心地の悪さに目を覚ました。

まあ、熟睡しない様にわざと座椅子で寝たんだけどね。

時計を見ると16時だった。

一時間位は寝ていたみたいだけど、まだ眠気が残っている。もう少し寝ようかなと思ったけど、今寝たら夜寝れなくなりそうだと思い直して起きる事にした。

ほぼ一日を費やした針仕事の疲れのせいか、それとも座椅子で寝たせいか体がだるい。

肉体的な疲れ以外の何かが溜まっている気がした。


まだまだ外は明るいけど、今日やりたかった事はやったし、少しゴロゴロしたら風呂入るか… と

風に揺れるレースのカーテンが目に入る。


午後の陽の光を受けて白く光るカーテンが風になびき、カーテンの隙間から顔をのぞかせた真っ青な空に誘われた。


(行くか…)

ジーンズに履き替え、ウィンドブレーカーをはおる。

「ちょっと出てくる」

「はーい」

嫁さんに声をかけて、グローブ、キー、メット、メガネ、と一つ一つ装備を確認。

エルフのライディングシューズを履いて玄関を出ると、外の明るさに思わず目が眩む。

(いい天気だ)

風は強いが、晴れ渡っている。


半キャップのメットをかぶり、風よけ用の眼鏡をかけてバイクの隣に立ち、何度かからキックをしてオイルをまわす。

キーをオンにしてキックペダルを踏み下ろす。

ドルンッ! ドトトトト…

シングルエンジンの規則的なアイドリングを聞きながら、愛用のグローブを着ける。

黒色を基調として、手のひら側がレザー、甲側は白と青のナイロン。最低限のプロテクターしか付いていない安価なグローブだけど、俺の手にピタリと吸い付くようにフィットする。俺史上最高のグローブだ。コミネさんありがとう。


バイクに跨り、下り傾斜を利用して下がり、クルリと向きを変える。

この動きも慣れたものだ。

ギヤ付きのピンクナンバー。

この古いホンダが、とある理由で俺の元に来てからすでに10年以上経っているけど、まだまだ現役の頼れる相棒だ。


ドルン、ドトトト… ゆっくりクラッチを繋いでスタートし、家から道路に出る手前で一時停止。

(良し、行くか)

ドルン!ダダアァァーッ

手と足が自然に動いて二速、三速と繋いでいく。

心地よい加速感、初夏の暖かな陽射しと、吹き抜ける爽やかな風を全身で感じる。

(ああ、気持ち良い)

見慣れた道が、景色が、目に入るすべてが光を放ち出す。

俺の中に溜まっていた何かは一瞬で霧散し、ちょっとした冒険に出掛けるかの様なワクワク感が心を満たす。

走り出してから、わずか十数秒。

ホント何なんだろう、この、バイクというやつは。

なぜ、こんなにも心が動く?

なぜ、こんなにも俺の心を高揚させる?

理屈では無い。

でも、まやかしでも無い。

バイクは… 魔法だ。


そのまま、バイクに誘われる様に走る。

(分かってる、コッチだろ?)

俺とバイクの気持ちが一致する。

目指すは、山だ。

広い道かられて、住宅街を縫うように急坂を上る。

三速では上れず、二速で引っ張るとエンジンがガチャ付き出す。

幾分アクセルを戻し、エンジンを労りながら上って行く。


住宅街を抜けた先は、やまびこ公園。

スカイラインミュージアムでそれなりに有名な公園だ。

時間にして、ほんの数分上っただけなのに、町中とは明らかに空気が変わる。

気温が少しだけ下がり、清涼で澄んでいるのに、やわらかく生命力に溢れる空気。

目に映るのは、色鮮やかな新緑の木々。

坂の上に目を向ければ、真っ白な雲と青い空が広がっている。


やまびこ公園を通り過ぎ、更に上へ。

目的地はもう少し先、王城パークラインだ。


冬季は閉鎖されてしまうこの道も、今はゲートが開放されている。

入り口からゲート付近はほぼ真っすぐで、その先で道は二手に分岐、行きと帰りがそれぞれ独立したワインディングロードとなる。

小さな丘というか、法面のりめんを挟んで並走するようにくねくね道が続き、その先でまた普通の対面道路になるという、ちょっと面白いレイアウト、全体的に見れば往路が下り、復路が上りという感じの道だ。

長い距離では無いし、道幅も広くは無い、大排気量車では持て余すだろう。

この道を走る度に、WRCのスーパーSSみたいな事を、どこかの誰かがミニバイクでやってくれないかなと他力本願な考えが浮かぶ。


ごく自然にアクセルを開けている自分に気が付いた。

そのまま加速しながらゲートを通過、分岐が迫る。

(さあ、行こうぜ、闘争心を呼び覚ませ!)

それは俺の心の声か、それとも小さな相棒の声か。

カチリと気持ちが切り替わる。

迫るコーナーを睨み付け、ブレーキングからシフトダウン。前荷重をかけたまま下りコーナーに進入、タイヤがギュウッとグリップするのを感じながら向きを変えて加速。

突っ込み過ぎない様に気を付けながら右に左に切り返し軽快に下る。

分かれていた道が合流、そこからもしばらく、おあつらえ向きのコーナーが続く、軽いバイクの本領発揮、ここが腕の見せ所。

ワインディングを抜けたその先は、ほぼ真っすぐの緩い下り、スピードをのせて走り抜け、下った先にあるキャンプ場の駐車場でUターン、今来た道を今度は逆走する。

まずは全開ヒルクライム。

この小さな相棒で出せる速度なんてたかが知れているが、そんな事は関係ない、気にする必要も無い。

今出せる全力で駆け上がり、そのままの勢いでワインディングに突っ込んで行く。

コイツでしか味わえない、使い切る楽しさ、操る楽しさ。

膝をにゅっと突き出して、右に左に駆け抜ける。

(もっとだ、もっと行ける!)

視線は先の、その先へ。

ニヤリと笑い、次のコーナーに、新たな道に挑んで行く。



ワイテンブルーの空の下、魔法のバイクにまたがって。

不安も、不満も、責任も、一時全てを置き去りにして、思うがままに走り出せ。

まだまだ行ける、大丈夫、何も心配する事は無い。

お前さえ、その気になれば、

どこまでだって走って行ける。

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