第10話

ハイブリット特有のモータ音が開けた窓から入ってくる。また微弱なエンジンの振動も車内へ。助手席には前髪に赤のメッシュが入った女性型怪人。真後ろには令嬢型の怪人が座っていた。




 令嬢型怪人の左隣、運転席から斜め後ろに院長が座っていた。ドアの取っ手が平らになっており、そこに肘をのせて外を覗いていた。頬杖をつく横顔には何も感情は感じられない。




 運転席の窓を開け、外を見る。孤児院の駐車場には馬車があった。その馬車の周りに冒険者たちが集まっている。神職の服を着た金髪のハーフに見える少女、黒の魔法服を着た男は柔らかい表情を崩さない。ハーフパンツと動きやすさを重視した耐熱性のシャツ。その胸部から背中まで覆ったであろう金属の防具。シーフの女性だ。




 そして、車のミラーにたつ大柄な大剣を持つ男、三船。その後ろに依頼人であろう商人がいた。だぼだぼの茶色いコートの袖から出る、ブランドものの時計。






 その二人が僕を疑う目を向けていた。




 三船が怪訝そうに口を開いた。






「本当に車で行くのか?…疑うわけじゃないんだが、本気か?」




 常識外れとまでの反応だ。また商人も隠す気はあるのだろうが、顔の節々に馬鹿にした嘲笑の残りがのこっていた。




 だから僕は笑うのだ。






「僕はいつだって車さ」






 三船はそれでもと続けた。






「馬車なら大丈夫だ。空きがあるわけじゃないが、それでも二人なら依頼人と一緒に乗り込めるぞ」






 商人も合わせていくのか、下手な大人の対応をしてきた。






「車は危ないですよ。馬車なら優秀な冒険者の皆さまがいるから安全ですよ」






 そう時代が違うのだと。田舎の情報とブームは遅れているのだ。その空気が感じ取れて、僕は思わず笑ってしまった。その僕の笑みに三船は内心むっとしたのだろう。






「笑い事じゃない。知らないかもしれないが」






「都会っ子にはわからないだろうけど、僕は車を使っている。それで今も生きている。これが答えだよ。これ以上言うなら僕は東京へ行かない。君たちはとっととここから出ていけ」




 その僕の言葉に対し、後ろから返答があった。声の主をルームミラーでみれば、窮屈であり退屈そうな女性の姿、院長が口をはさむ。






「ここではあたしがルールだから、それは無効です」




 僕の言葉を上書きし、院長がまた外を見る。






 思わず手を打たれ、僕はしかめっ面になった。それを補うように商人が口をはさんでくる。






「ご存じないかもしれません。魔物や魔獣は激しい熱やエネルギーに強く反応します。またエンジンの独特の音は聴覚が鋭い魔獣を刺激します。電気自動車のモーター音も同じです。また電気のエネルギーはそれを餌とする化物を引き寄せてしまうのです」




 熱やエネルギー、人類が使ってきた文明の移動手段。それは魔獣や魔物を引き寄せていく。それは移動するたびに化け物を引き寄せる装置。




 移動手段として最適で、快適な乗り物。




 それは今や生きるためには使ってはいけないものだった。






「知ってるよ、知ってて、やってるんだよ。面倒くさいなぁ」






 だんだん面倒くさくなってきて、態度が悪くなっていく。僕は別に行きたくて行くわけじゃない。相手がどうしてもというから妥協した結果だ。




 その僕の苛立ちがわかったのか。






「あたしも車をのって、この町を移動してるけど特に問題なしです。お客様の常識を疑うわけじゃないけど、東京っていう環境の人間が言っても説得力ないのでした。あたしたちはここで生きてきてる、口を挟まれても困っちゃいます」






 令嬢怪人の膝の上に乗り出す院長が言った。わざわざ令嬢怪人の横の座面に手をおき、空いた手で窓を開けてまでの発言だった。






「東京から地方へいくルールがあるように、ここにもルールがある。何か文句があるなら、あたしたち先にいくからついてきてください」






 そういって院長は窓を閉めた。それから乗り出した位置から体制を戻した。






 自分の席に再度座った後、再び自分側の平らな取っ手に肘をついた。






「ここでは院長がルールなんだ。だからどうする?僕たちが先いってもいい?」








 そう尋ねると渋々商人が応じ、三船も納得を見せた。まあ、車一台、女性型怪人2体と院長と僕ではさすがに疑いたくもあるだろう。




 だから僕は心配を崩すことにした。駐車場からは木の壁があるから見えないんだけど、その奥には庭がある。その庭には待機させた魔獣騎兵たちがいる。魔獣騎兵といっても、4足の魔獣にDランク怪人をのせただけだ。




 7騎。




 その魔獣は僕が作成したものだ。魔力をもった漆黒の狼の魔獣。漆黒の狼の毛つやはしっかりしており、しっかりと芯がたった気高さ。Dランク怪人よりも大きく、通常の馬と同じ体格があった。蛆虫タイプを作る時とは違い、結構コストをかけてある。魔結晶を使用した、怪人と同じ制作方法。低コストかつ大量生産の蛆虫君とは製作期間も違うのだ。ゆえに強い。




 この魔獣は孤児院には普段おかない。




 Dランク怪人以上じゃないと牙をむく狂暴性があるからだ。




 ただ院長には牙をむかない。それをした時点で怪人から調教を食らうし、僕が本気でにらむからだ。また院長の察する能力の高さからか、自ら耳をたたむものも一体ほどいる。






 僕は出かける直前、クラクションをならした。




 そして発進。




 僕の車が駐車場から道路へ。その小さな動きの中、クラクションの音を合図に物事が進みだす。庭からの強い足音が聞こえた。何体ものどたどたとした音が庭から駐車場へ躍り出る。7騎分の魔獣兵が僕を追ってくる。




 ルームミラーに移る、それらの動きは非常に頼もしい強さがあった。




 その先頭を走るのは凶悪そうな面の男。Bランク怪人が戦闘をきって、背後に6体だ。




 魔獣兵たちの統制された動き。馬のごとく巨体な狼が人間をのせ、言うことを聞く。




 それらを冒険者は唖然として見ていた。商人も手をだらんとしているし、大剣持ちも警戒をもちつつ、冷や汗をかいている。神職の服を着る金髪の少女も、魔法使いの男もだ。シーフは下唇をかんでいる。








 あの騎兵隊は都市にもいないことだろう。魔獣を駆使するテイマーはいれど都市にはあまりいない。いるのは埼玉、千葉、神奈川ぐらいだ。東京にはテイマーは少ない。




 魔獣の入場制限から始まり、土地の高さもあって東京には置く場所がない。






 まあAランク冒険者パーティーだ。テイマーを必ず見たことがあるはずだ。




 あまりに動きがないため、孤児院から見える道路で停止した。ブレーキをふみ、僕は連絡を取ることにした。この地域はインフラがない。そのため連絡手段は過去のもの




 カーナビの位置にテープで固定しただけのトランシーバー。




 助手席の怪人に電源を入れさせる。むろんジェスチャーだけだ。




「早くしないとおいてくよ。僕たちは自分たちだけで東京にいけるから。どうぞ」




 その言葉をのせて急かすと、トランシーバーをもった商人がようやく正気を戻した。また冒険者たちも唖然としつつ、すぐさま行動を開始。馬車に乗り込み、警戒のため一人が御者台にたち、御者と共に座る。また後ろの壁を取り払えるらしい。空いた空間で後ろを警戒するのが一人。




 道路で止まるのはいろんな意味で気を遣う。今じゃ車を乗るやつなんていないけど、それでもだ。一応ハザードランプをつけてしまった。




「す、すぐ出ますから。どうぞ」




 商人が慌てて連絡を告げる。先ほどまでの小馬鹿にした態度はなかった。八千代町の領域は魔獣が暴れないよう、痛めつけてあり、おとなしくさせている。定期的に殴り、恐怖をしみ込ませているからこその平穏なんだ。




 圧倒的武力からなる平穏。




 そうじゃなければ怪人20体で守るには広すぎる。




 その武力を一部見せれば、黙った。




 車で走ってもよい理由、車に追いつける魔獣兵がおり、武力が周囲を展開して進む。




 道路に馬車が出てくるまで待ち、魔獣兵もまた同じくまつ。






 また孤児院には4体のDランク怪人を警備させている。元も怪人全体が僕の近くで安息を取るくせがあった。だけど僕はいないから安息は孤児院に固定した。出かける前日には一体一体にお願いもしてある。孤児院の子供の安全は守るよう指示はした。




 言わなくてもわかるんだろうけど、言ってあげると喜ぶから仕方ない。




 馬のようなものが後方から現れていく。馬と魔獣が組み合わされているようであり、見た目は馬そのものだ。だが気配が重い。本来臆病な馬が、恐怖におびえない。魔獣の本能の闘争心が臆病を抑制しているみたいかな。




 ただ漆黒の狼は、狂暴だ。それでもおびえると思った。調教が進んでいるのか漆黒の狼を見ても何も反応がない。




 馬車を引き、僕たちの背後まで近くなっていく。だから僕も車を発進させた。ゆっくり馬車の速度に合わせていく。




 車のミラーに移る、魔獣兵7騎。それが速度に合わせて進む。




 八千代町を抜け、坂東市へ入る。管理された地域から、他地域への進出は注視すべき問題がある。だけども事前にパンプキンに通行許可を取ってある。そのため坂東市内には魔獣の姿が見えなかった。




 ちゃんと誘導してくれて何よりだ。




 橋を越え野田市へ流れていく一行。






 魔獣騎兵が突如スピードを上げて僕の前へ。慌てず騒がずスピードをゆっくり落としていく。坂であったため道路が邪魔して先が見えなかった。だけど坂を上り終えると、そのくだりには魔獣の群れがいた。数十秒後には僕の車と接触するだろう。だけども周囲にも魔獣騎兵が広がり、弓を構えた。先頭を走るものがロングソードを引き抜いた。




 ロングソードを引き抜いたのは凶悪そうな男の怪人。




 それが速度をあげ、他の騎兵が援護の準備を開始。弓の先に魔法陣が展開され矢を引いていく。戦闘が開始される直前、魔法陣を通過した矢の一撃が魔獣を叩いた。,




 風が舞切れる。一本の矢が風をまとって、飛来。周囲を巻き込んだ戦塵がまっていき、触れれば体が引き裂かれて血をまき散らす。それが6騎分。魔獣の群れがたった6発で半壊していった。




 また生き残った巨躯の存在。






 魔物だ






 膨張した筋肉が主張した化物。頭上には二つの巨大な角。人型であるものの、軽く腕を薙ぎ払えば、一車線ぐらいは届くのでないかと思うほどの体格さ。緑黄色のような肌をし、歩くたびに車がずしずし揺れる。




 トロールだった。




 それに応じるはBランク怪人だった。




 巨躯を生かした化物の腕が薙ぎ払われた。凶悪そうな男の怪人は慌てず騒がない。ロングソードを一線。魔獣に騎乗したままでの一撃。先行する魔獣の顔より伸ばした切っ先が魔獣の体を肉片と変えた。




 肉片が騎乗する魔獣に降り注ぐ。




 切ったのでなく、叩き潰したという表現のほうが大きい。たぶんトロールより腕力も上だと思う、うちのBランク怪人。




 そのままトロールの横をすり抜けた。




 腕をつぶしただけじゃトロールはしなない。




 だからか弓を構えた魔獣騎兵が全員、魔法を唱えた。トロールの腰部を中心として赤く光る魔法陣が展開された。




 そして動きを束縛され、頭上に風をまとった矢がふりそそぐ。




 何発も風の旋風がトロールの眼前で行われ、頭部が破裂した。巨大な体がコントロールを失い、倒れ掛かる。




 巨躯がそのまま倒れれば道路は防がれる。だけども魔獣騎兵たちは次なる魔法を展開。




 それは詠唱となって言葉に出る。




「風よ」




 その詠唱が6騎兵、ずれることなく唱えられた。トロールの死体が抱きかかえらえるように宙へ浮かぶ。見えない何かがトロールの死体を道路のわきへ放り出した。死体がわきへころがり、僕の車が先ほどのトロールの位置をすぎていく。




 魔獣騎兵も同じくすぎていった。




 進路上の魔獣は矢で射殺されるか、惨殺されるか、魔法で殺害されるかの差。車どころか馬車にすら近づけない暴力をもって先へ進む。




 後ろからは馬車がついてきた。






 止めず、進み、邪魔をすれば排除する。圧倒的武力による進み方だった。トロールは本来強い魔物だ。ランクこそ定められていないが、下手な怪人を腕力で引きちぎることなど容易だ。また再生力も高く、下手な攻撃ではすぐ回復されてしまう。




 それをやすやすと移動するついでに殺害してみせた。






 馬車が坂を上がり、下り始めるころにはトロールが圧殺され、わきに捨てられていた。




 トランシーバーが鳴る。






「そんな進み方ありえないだろ。どうぞ」




 三船の声が聞こえた。




「田舎では普通だよ。このぐらいできないと移動できないからね。どうぞ」








 僕は軽口を返した。






 だが足は止まらないと確信した。




 そのはずだった。




 ただ野田市から柏まで目の前。




 ハンドルを握る手が苛立ちに満ちていた。僕は意外と自分のペースがあったようだ。道路の端に車を止め、周囲には魔獣騎兵が囲む。その後方には馬車が止まっていた。冒険者たちは外にでて屈伸をし、商人は体をほぐしていた。




 崩壊前、この道路の制限速度は50。先ほど出していたのは20ほど。




 足がつりそうだった。




 馬車が止まっている理由も休憩中。崩壊前と違い、残ったインフラを駆使して移動しないといけない。そのために遠回りをさせられる。崩壊前では一時間ほどの距離でも車でも3時間ぐらいかかる。




 車とは違い、馬車は生物。しかも体力の余裕を残した形で進まなければいけない。何かあった際、速度を出して逃げるための余力が必要だとのこと。






 僕は本気で帰りたくなっていた。ハンドルから手をはなし、シートに頭を押し付ける。その頬には後方から差し出されたものが押し付けられた。水滴がついており、ひんやりとした感触




「つめたい、つめたいだけど何さこれ」




 思わず見れば、小さな水筒だった。子供用の虎のマークが書かれた青い水筒。






「はい」




 院長がそっと押し付けて、無表情のままうなずいた。水筒を押し付けられた以上、蓋を取り、コップにする。そのコップに中身を注げば、コーヒーの匂いが車内を包む。ブラックだった。




「僕、ブラック飲めない」




 飲まずに苦い顔をしていると、また背後から伸び出る手。手にはミルクとシロップ。それぞれ一個ずつ差し出された。




「知ってたのでした」




 両手がふさがっている以上、車のドリンクホルダーに水筒を入れようとした。だが助手席の赤メッシュの怪人の手が伸びてきた。そのまま渡し、空いた手でシロップとミルクを受け取った。






「ありがとう」




 助手席の怪人、院長に対しての礼をつげ、僕はコップを膝元においた。シロップをいれ、ミルクを入れる。手に持ったコーヒー。かき混ぜるものがないので指でもつっこもうとした。だけど今度は令嬢の怪人が前に乗り出してきた。スプーンを持った令嬢の手がコーヒーをかき混ぜていく。




 たった一杯のコーヒーに2体の怪人と一人。




「君たち連携すごいね」




 思わず苦笑し、コーヒーを口にした。




 甘くもなく、苦みが多少ある。だけども風味を殺さない。僕は中途半端なコーヒーが好きだった。本格的なものは好まない。馬鹿舌には理解ができず、お値段が高いのがいただけない。






 香りをかぐとストレスが消えていく。落ち着いた心が次の議題を運んできた。




「ところで聞きたいことがあるんだ」




 僕の論点の先は誰ともいわず院長だ。院長は助手席の怪人から水筒を受け取り、足元のバックにしまおうとしていた。




 コップ僕持ってるけど良いのかな。手元が塞がれてると鬱陶しい気持ちはわかる。だから一時的にしまおうとしてるのか






「東京にいくことにした理由?」




 院長は作業中にも関わらず、聞く内容を察してくれたようだ。そのまま院長は語りだす。






「あの人はロマンチストで、自由に汚染されているから」




 水筒をしまい終えた院長はシートに背を預けた。






 僕は意味が分からず、首を傾げた。ルームミラーに映る院長はそのまま続けた。




 院長が指を一つ立てた




「あの人は大勢のために頑張れる人。でも白岡さん、失礼、名前間違えました。浅田さんは人数の差に興味はない。好きな場所に、好きなように身軽に気軽に生きていたい。住む以上は安全で快適を求めていきたい。その場所にとどまる以上はある程度の貢献を果たすつもりもある」






 二本目の指を立てた




「あの人は都会の自由を抑えるために、浅田さんを使いたい。浅田さんは八千代町の強い人たちを全部まとめていると思ってる。悪名高いロッテンダストさん、助手席とお隣の強い人たち含めた武力。この制御装置が浅田さんと思ってる」






 三本目の指を立てた。




「それは田舎の安全を損なう可能性があっても、考えないのでない。あえて触れずに切り捨てさせようとしている。あくまでお願いであって、強制ではない建前。本人の意思として決めさせたい。なぜなら責任を負いたくないから。だから命令でも依頼でもない」




 4本目の指を立てた。






「あの人は、自由に対抗するために、自由に組したロマンチスト。人がお金や名声で動くのが前提で、それ以外の人が理解できない。自由に汚染されているから、少数と大勢の差を非常に気にしちゃう人。利益が頭から離れず、浅田さんが変わった人で、都会にくれば変えてくれるかもと願うロマンチスト」






 院長は5本目の指を立てていった。






「そんな人はいつまでも縛りつく。諦めない。粘り強く、あの場所にとどまったと思います。だから欲望を先にかなえてあげました。期間限定でも東京へ行くことにし、こちら側が歩み寄る。次に約束をしました。この場所に来ない。八千代町に来ない約束も。自由に汚染された人にとって約束は非常に重いものだから」








 院長は無表情でそういった。




「自由の世界で、約束を破ってしまえば、そこにあるのは只の無法者。自由の世界で約束ほど、怖いものはない。破れば自分が何もないことの証明をしてしまう。そうなればただの人、影響力なんて地に落ちる」




 あの人はもう来れないと院長は言った。






「浅田さん、ああいう人苦手なので、あたしが考えてあげました」






 僕は何も答えれなかった。コーヒーの味が舌から伝わり、風味が心を満たす。




 院長はにっこりと笑った。






「貴方が拾った子供は、意外と役に立つのでした」




 幼い容姿からくる笑みがルームミラーに映り、僕は見とれてしまっていた。すぐに気を取り戻し、ぶくぶくとコーヒーを息で遊んで誤魔化した。






 車の周りが騒がしくなる。馬車の冒険者たちが急に武器を構えて、後方を警戒しだした。この道は平たんで先も後ろも見渡せる。周りの管理されてない茂み以外身を隠す場所など何もなかった。


 だからルームミラーから見ても異常は見当たらない。




 窓を開けた。隣には凶悪そうな男の怪人が警戒をしている。






「あの人たちどうしたの?」






「魔獣が道路のわきの茂みから迫っております。強くはないですが、群れてますな」




 警戒しつつも陽気さを隠さない凶悪面。剣を引き抜いているのは、油断をしないためか。他の魔獣騎兵ですら弓を構えている。




「この車が安全なら援護に向かって」






「この車は安全でしょうな、わしらがおらずとも」






 僕をみて強く宣言。また助手席にも目を向け、小さくうなずく凶悪面。後部座席の令嬢を見て視線がぶつかったように見えた。




 最後に院長を見た。運転席の窓に顔を近づけ、院長へ目線を合わせた。院長は逃げることなく目線を合わせていた。






「この車に乗った二人が守ってくださることでしょう」






 院長はうなずいた。




「いつも守ってもらってる」










 凶悪面の怪人が魔獣の側面を蹴り、急激に動き出す。




「わしと2騎適当についてまいれ。剣を構え、これから後方の馬車を襲う敵を掃討する」






 その指示に2騎が従い、先頭を進む男の怪人。後方への馬車付近までよるころには魔獣が茂みから姿を現していた。牙の生えたミミズのような軟体生物が何十体も出現していく。逆側からは冒険者の腰付近まであろうネズミの化物が姿を現す。






 他の魔獣騎兵は僕の四方を囲む。後部座席の扉が開く。令嬢怪人が扉をあけ、外へ躍り出た。そのまま後ろへ周りトランクを開けた。そこにあるのは令嬢のロングソードのはずだ。






 ロングソードを手にした令嬢は肩を鳴らし、首を回し。鞘から引き抜いた。






「そろそろ来ます。敵対するものに死を与えましょう」






 助手席の前髪に赤のメッシュが入った怪人は片手を小さく上げて呪文を詠唱していた。車の外から音が減る。戦闘の音が少しずつ消えていく。完全ではないけれど、音は減った。






「この車に防御魔法を張りました。風の防御魔法ですが、血肉とか汚れぐらいはつかないようにできます」






 一人残った。それは僕のためでもあるけれど、後ろの院長のためだろう。




 身近に強いものがいると安心する。






「皆様は我らが守ります。ご安心ください」






 その言葉を疑う気もない僕は飛び出してくる殺気を笑った。運命を笑った。ルームミラーから見える院長は気にもしていないようだ。車の周りの茂みから飛び出すミミズの軟体生物の魔獣。ただ目が一つついており、牙があることから肉食系だと思えた。逆側からはネズミの魔獣だの群れ。






 車のわきの怪人が魔法を唱え、ネズミの群れの一角が爆発する。弓を構えた怪人が矢を放てば、旋風によって細切れに。剣を構えた令嬢が一線するごとに、二つの首が飛ぶ。車の頭上に降り立とうとする気配がバラバラになる音共に霧散。肉片が車体におちたであろうが、風のクッションによって防がれたのもわかった。






 風の防壁の中にいるのに。




 令嬢の怪人の声が聞こえる。






「蹂躙を。徹底的な蹂躙を。敵対者には死を。暴力をもって殺し切りなさい」






 冷静であるくせに、言っていることは死刑宣告。中身が怪人だ。人間タイプだから武器を使用している。腕力も化物タイプより弱い。だけどもどんな状況でも生き残ってきた。また素手であっても、下手な怪人すら殴り合いでも勝利できる。剣を使ったほうが効率的なだけだ。手が汚れない。






 死が舞う。




 血肉が下へ落ちていく。




 僕の車の周りの戦場はそんなもの。






 後方の馬車だってルームミラーから見える。




 蹂躙されていた。魔獣騎兵の動きがミミズを切り裂き、ついていったDランク怪人の魔法がネズミの群れを燃やし、最後の一体が放った矢が茂みの一部を吹き飛ばす。威力を抑えた一撃であり、群れの大部分が密集していたであろう地点の爆発。




 縦横無尽に駆け回る魔獣騎兵たち。




 冒険者たちも戦っている。シーフが馬車に近寄るネズミの首を短剣でつきさし、捕食せんとするミミズの動きを持っていた短剣を投擲。頭部に突き刺さり、殺害。倒れる直前死体から引き抜き、別の魔物へ。大剣持ちも同じ、一度にふれば魔物が数匹首を飛ばす。また一撃の展開速度も速いため、近寄ると戦塵によって動きがとれず、力で押し殺されていた。




 魔法使いの男が魔法を唱えれば、それらは死の踊り。火の渦が魔獣を囲み、その中心には大剣持ちだ。火のコロシアムを作成、己の周囲に展開するものは、光の弾丸が意志をもって、貫いていく。いくつも周囲に展開した光の弾丸が魔獣を殺していく。




 神服の少女も同じ、杖でたたけばネズミが気絶。意外と威力ある。動くたびに金髪がゆれうごくが、真剣そうな表情で杖を掲げた。そして光が満ち溢れ、シーフの体を包む。その魔法を受けてからシーフの動きが上がり、先ほどよりも早く殺していく。大剣持ちの体が光れば、戦塵だけで魔獣の肉体がちぎれていく。






 だが魔獣騎兵の突破力は凄まじく、ときどき漆黒の狼が前足で魔獣を踏み殺したりもしていた。




 数体をあえて見逃し、この戦闘は終了した。魔獣騎兵たちが再び車の周囲に戻る。馬車もようやく動き出したようだった。



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